四十六:廻燈籠を捧げる
俺は「神之剣」を握りしめた。
決して離さぬよう。
……いや、流石に攻撃したら手を離すけど。
俺は今、俺が吐き出した「悔しさ」の巨体の影に隠れ、姿を隠させてもらっている。
それを利用し、影から俺は「神之剣」を振りかぶる。
目指すは《直感》。
彼女は確かに美しい。
だが、あまりにも危険だ。
「魔砲」の能力を侮ることなかれ。
あれは、凶器だ。
従者とはとても思えないほどの高い能力を持つ彼女は、先に潰しておくべきだろう。
それに、俺は先ほど彼女に勝利したからな。
もう、俺が最強に至るハシゴとしては必要無い。
そして、何より彼女を殺すことで《臆病王》を誘き出すことが可能だ。
《臆病王》はEXランクである。
今の俺にとって遥か先の高み。
そして、決して覆ることない力関係。
しかし、おそらくは《王》の中で最弱だ。
彼女の能力は、「逃げる」という一点においては最高にして至高。
俺の速度でも、彼女の「逃げる」に追いつくことは不可能だろう。
だが、俺が唯1人、勝てる可能性のある相手でもある。
彼女は決め手となる攻撃手段を持ち合わせておらず、また、「逃げる」ことに対しても少なからず俺とは違って魔媒素を消費するだろうから(……いや、スタミナが∞の可能性があるな)頑張れば捕まえられる……はずだ。
それ以上考えると、屈辱で体が破裂しそうなので、自分を卑下することもここまでにしておく。
「俺が、最強だ」
そう暗示のように呟き、正確に寸分の狂いも無く、丁度「射的」を付与した一点に向かって「神之剣」を投げた。
ただ、それだけだった。
音も立てず、《直感》の心臓を抉り取るようにして突き刺さる。
すると、隣の水晶が割れる音がした。
当たり前だ。説明する必要もない。
激怒した《臆病王》が、こちらを睨め付けてくることも。
「お前、だな……?私のケシーを殺したのは」
瞬間、俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と割と本気で思った。
最早その丁寧な口調は殴り捨てられ、目に宿るのは怒り、悲嘆、憎悪。
「あぁ、いい!その目、その口調、その雰囲気!素晴らしいじゃあないか!」
……気付けば取り返しのつかないことをしてしまった、という感情はもうすでに無くなっていた。
俺は、この姿になるとどうにも感情の制御がしづらくなってしまうようだ。
だが、どうでもいい。
「亜光速脚」の効果により、光の99.9%の出力を出せる。
足がもげそうなほど痛いが、我慢すればなんとかなるくらいだ。
これくらいの体の損傷なら約20ヒンは持つ……いや、そういえば「カンサー」が解放されたのか。
なら、永遠に持ち続けるな。
体のことなどどうでもいい。
どうせ治る。
そう結論付け、俺は「黎明」を手に召喚し、地面を強く、強く蹴った。
1歩目でもう敵の眼前である。
さて、改めて考えてみると、俺が持つ「黎明」は変化した後の「亭午」の「血前刀」や「魂後刀」と比べると弱体化しているように思えるかもしれない。
だが、それは、違う。
「黎明」の真髄はそこにはあらず。
「黎明」は、切りたいと本気で思ったものならなんでも切れるのだ。
なので、俺はただ刀を振る。
心に巣食う、「悪意」という感情を一心に込めて。
後ろを付いてくる「悔しさ」は、俺を襲おうとする「巨人軍」を全て飲み尽くし、肥大化する。
「悔しさ」は強くなる度に分裂を繰り返し、今ではかなりの大きさの「悔しさ」が無数に「巨人軍」を飲み込んでいることだろう。
また、相手が逃げようにも「憎悪」の沼と「憤り」の炎で相手を徹底的に足止めする。
狙うは《臆病王》……ではなく、《不折王》とその従者《鼻》。
《臆病王》が干渉して来たところで、俺に一切の影響はないだろう。
《鼻》を目がけて最速で刀を振り切ったはずだが、感触がない。
こんなに早くに逃げられるのか?と思考している内に、眼前から槍が飛んできた。
俺は何度も驚愕する。
「これでも思考は加速しているんだがな……」
見ると、《臆病王》の「領域」が、発動されていた。
「まずいっ!」
本能がそう叫んでいる?直感が訴えかけている?
そんな生易しいものではない。
これは、敵の能力を全て把握した上で、それを模倣することができるという、規格外の「領域」。
そして、この場において彼女に一切の死角はない。
《臆病王》は、《直感》が倒れているところまで近づき、そっと額に口付けをした。
そのまま地面に落ちた「魔砲」を拾い上げる。
ふと異様な色が空間に混じっていることを感じた。
「魔砲」を覆うようにして桃色の花弁が積み上がってゆく。
「登録主を《臆病王》に変更。重なった花弁を全て消費し、「春」を発動させる」
積み上がった花弁がゆっくりと砂となって崩れ落ちる。
そして、その砂は渦を巻いて砲口に吸い込まれていく。
「色「春」解放。完全充填、完了。「絶対貫通」付与」
いつ聞いても呪文のようで、美しい。
案外俺は《直感》に一目惚れしたのかもしれない、と苦笑する。
「恨み、呪え!そして、その願いは決して叶うことはないだろう!さあ、絶望せよ!」
それらしい文言を口に出し、大声で叫ぶ。
だが、俺には一種の確信があった。
俺は、負けない。
絶対に、負けることなどない。
「電光石火(黒)」においてよく行なっていたエネルギーの放出、「虎狼痢」を付与したエネルギーを放出する。
今、「電光石火(黒)」の能力は「不滅の黒き彗星」によって強化されているため、放出できるエネルギーの操作。
具体的に言えば密度、速度、範囲、それによって発動可能なスキルの幅、が一気に増えている。
「遊場廻転」を発動し、あたり一体に、半透明で一部がところどころ回転する結界が現れる。
発動条件に達したことにより「虎狼痢」を発動可能──。
「発射」
その言葉がつぶやかれた直後には、既に目の前に桃色の光線が迫っていた。
──想像よりも発射されるのが早いが、焦ることではない。
だが、それにしても恐るべき速度だ……と少々恐怖する。
……恐怖?
ふと、自分の置かれている立場を再認識する。
EXランクの《王》達に囲まれ、明らかに活動をしている《王》2体とその従者1体。
さらに、内1体の《王》は激怒し、既にその攻撃は眼前まで迫っている。
ああ、怖い。
思い始めたら、もう止まらない。
こんな状況を冷静に判断できなかった。
ああ、俺は終わりだ──!
怖い怖い恐怖恐怖
恐怖恐怖怖い怖い
《悍ましき死を運ぶ者の眷属》という称号を持っていながら恐怖するフール=リッシュエスタの姿は、ちぐはぐで、噛み合っていなくて、そして、とても嫌悪感を抱くものだった。
──俺の皮膚から流れる冷や汗に、ふと黒い滲みが見えたが、誰も気付かない。
いや、気づく方がおかしい。
だが、それに気付かなことは、致命的なミスであった。
瞬間、大量の黒い蒸気が俺の体から溢れ出した。
辺りは明るいはずなのに、一切の光がその蒸気を透過しない。
発動されようとしていた「虎狼痢」を付与されたエネルギーと共にその雲は際限なく広がろうとする。
……「虎狼痢」の威力をどこまでも増大させつつ。
「……怖い」
そう一言呟くごとにその蒸気の効果が増す。
不思議なことに、俺はなぜか霧の中を見通せた。
なので、もちろん背後からの攻撃にも気付けた。
50以上の武器が襲いかかってくる。
その1つ1つがおおよそ普通の力、および一般的な能力では到底破壊することは叶わない、凶悪な兵器であった。
「看破(覚醒)」によってわかるだけでも、
1つは全土参確戦争にも使われた、その時のすべての技術を総動員して作った爆弾「叡智の火」を中に200以上内包していると思われる「叡智の器」。
1つは対象者に当たるまでどこまでも追いかけ、その上貫通力という点において徹底的に鍛え上げられた「燕槍」。
1つは相手に触れた瞬間「身体発火」「肺水没」「血液強制排出」「病毒汚染」「毒素分解機能停止」「再生機能破壊」……等々、凶悪極まりない上、対象者に当たるまで分裂し続ける矢「果てしない病魔の矢」。
そして、50以上の兵器をさらに上回る速度、威力で迫ってくる「魔砲」の色「春」。
「ああ、俺は忘れていたみたいだ。まさか自分の感情に振り回されて策を忘れるとは、な」
急に頭が冴え始めた。
この状況を打破するのに最適な解。
それは、スキルでは無い。
“権能「パラフィン」"発動。
俺が繰り出す攻撃、今からその全てに“権能「パラフィン」"の効果が付く。
この“権能"の効果は、無限に温度を上げることでも、すべての体積を0に変えることでもない。
もっと、凶悪だ。
さあ、覚えているだろうか。
雲穿塔での対蝋天使戦を。
あの時、蝋天使の攻撃を喰らったせいで俺は減るはずのない魔媒素を無闇に消費してしまった上、体の機能も少しずつ破壊されてしまった。
つまり、これは、ありとあらゆるものを「拒絶」する“権能"。
……あくまで仮説の域を出ないが、俺が「蝋翼」を奪ってしまったせいにより蝋天使自身にも“権能「パラフィン」"の効果が影響を及ぼしてしまった上、俺が作った弱点が両翼だったため、奪われたことによって消失した翼が引き金となって彼が設置した爆弾を爆発させたのではないのか……と言ってもまあ、俺が生き残った理由についてはまだわからないが。
さて、このありとあらゆるものを「拒絶」する“権能"をついに使う時が来た。
手順としては別に難解でも何でもない。
さあ、あたりを見渡してみれば、一面の黒霧に覆われている。
そして、これは俺の攻撃を即座に拡散してくれる。
よって、俺はユニークスキル「蝋翼」を消費し“権能「パラフィン」"をできるだけ俺自身に影響の出ない範囲で発動させ、体に纏わせる。
かつ、「絶対防御」を発動する。
これで「絶対防御」の残り使用回数が残り5回にまで減るが、俺の予想通りならこの中の誰か1人が殺された瞬間に回数制限のある能力もまた元に戻るはずだ。
だから、別にこれと行って困ることではない……いや、模倣されるのは……少し、いやかなり嫌だが、背に腹は変えられないという。
しょうがないと割り切るしかないだろう。
"権能「パラフィン」"に触れた瞬間、相手の発動したどの攻撃よりも早く「絶対防御」し、その攻撃を「拒絶」する。
攻撃はきっと一瞬でも止む。
だが、俺はその致命的な間を見逃さず、この五里霧中な中で《鼻》の首を刎ねる。
完璧な、作戦だ。
……そして、俺は今、最っ高に気分が良い。
なぜだか知らないが、身体能力が、「最高」で埋め尽くされている気がする。
「あなたはやはり、怖いですね……」
自分のすぐ横で聞こえた、《鼻》の声を聞くまでは。
「は?」
俺は、即座に“権能「パラフィン」"を発動した。
まずい、やばい、危険だ、逃げなくては。
様々な心の声が胸の中で渦巻くのを聞きながら。
……そう、完璧な作戦が崩壊する音を聞きながら。
サユノマサはこの後廻燈籠を飾り、輪廻転生する魂の道標になるようにと「願い」をかけました。




