四十二:夕の陽
すぐ前には、たったさっき発動させた肉壁が、見事なまでに凍っていた──わけではなく、黒い炎で盛大に燃え上がっていた。
「あぁ──そうか、あれ、使えるな」
手を壁に突き出し、操作する。
まずは壁を崩し、次に俺の分身を一列に並べ、最後にそれらでぐるっと囲むようにして柵を作る。
「くっ……魔砲「四季」充填完了、「冬・大寒」発射!」
ん?途中で聞きなれない言葉があったな。
彼女はそれを、炎の壁に向けた。
「っ!逃げる気か!?」
驚き、苛立ち、憎み……つい声を荒げてしまった。
だが、こいつらはここで殺すと決めた。
だから、逃しはしない!
──「電光石火(黒)」には、一時的に効果を上げる能力がある。
今の俺の速度は、光の99.99%だ。
踏み込むだけで衝撃の波が飛び、走るだけで1つの島が消滅する。
その能力は、脅威に等しいが、俺は、まだ使ったことが無い。
よって、今回が初めてだ。
この能力を発現することで使える能力がある。
「亜光速脚」発動。
瞬時に背中に追いつく。
これで終わりだ──とばかりに「黎明」を即座に召喚し、振り下ろすも、そこには誰もいない。
「……は?」
後ろを見ると、「魔砲」の攻撃がちょうど届いたところだった。
「凍寒巨人の拳」
拡散していた光が、一点に収束し、貫くことに特化する。
ピキッ
……………………パキンパキン
……………………バキバキバキバキバキバキ
一瞬だけだが、完全に「憤りの炎」が、凍えさせられた。
そして、穴が空いた。
「待てぇェェェェ!」
全力で追いかける。
すぐに追いつく、はずだった。
「よくやりましたね。では、「逃げる」こととします」
スキルが発動したようだ。
その場にはすでに誰もいなかった。
俺は、あまりの呆気なさにポカンとし、
直後に
「う゛ぁぁ゛ぁぁあああ゛ああああ゛あ」
発狂した。
発狂した。
発狂した。
そして、長い時間が経った。
「……どこだ?どこに行った?どこで、何をしようとしている?」
もう喉が掠れている。
とっくにもう、戦意は喪失した。
「悪意」なる感情ももう残っていない。
冷静になって考えてみると、今までの行動は少しおかしかった。
「なぜあそこまで、あいつらのことが許せなかったのだろう。ちょっと自分でも自覚症状ないのはきついなぁ」
そう呟く。
だが、流石に何もしないわけにはいかないので、全てのスキルが解除されていることを確認し、その場に倒れ込んだ。
後ろにあったはずの扉は、すでに無い。
もう後戻りはできないらしい。
「……進むか」
俺は、再び立ち上がり、1歩1歩しっかりと地に足をつけて進む。
先程までここで激戦があったことを示す証拠は、すでに消えた。
ここは、どこだろうか?
「うーん、どちらかといえば別の世界にいる感じなんだよなぁ。例えば、雲穿塔とか」
直後、目を皿のようにして飛び上がる。
そして、思い出したことと共に、考えと記憶を照らし合わせる。
「まさかっ!」
気づいてしまった。
この、絶対にあってはならない事態に。
気付いてはいけない、事実に。
「……もしかして、1000年ごとにこれが繰り返されているのか……?」
今年は、この星が誕生してからちょうど2000年経った年だ。
短絡的だが、実は1000年前に全土参確戦争があった年だ。
「当てが外れてくれると嬉しいが、例えば、人間種同士、獣種同士、あるいは霊種同士で殺し合いが発生しているとしたら…………今すぐにそれを止めなければいけない。──19人を犠牲にして、か」
ん?
「え?今回の参加者は、20人のはずだ。だが……ここに連れられた時の放送では19人……つまり、1人取り残されている?」
このままだと何も情報が集まらない。
できるだけ早めに他の人と情報交換をしたいところだが……顔を上げる。
先程まで、俺の周囲はかなり広い空間で、うっすらと銀色の光が灯っていた。
しかし、今は「広い空間」というイメージすら湧かない。
そもそも、前、右、左にそれぞれ道が広がっている。
「どっちに進もうか」
少し悩んで、ニゲルに聞くことにした。
──疲れた。
今胸にあるのはこの気持ちだけだ。
「図鑑」発動。ニゲル召喚。
「キュゥきゅっ(ニゲル参上だよ)!」
「なあニゲル、これどっち行ったほうがいいと思う?」
「きゅ(何が)?」
「前、右、左のどっちに行ったほうがいいと思う?」
「キュ(ん)〜、キュキュ(下)!」
「へ?」
「きゅうウウ(下に隠し通路あるよ)!」
まじか……気付かなかった。
というか、まさかここまでニゲルがすごいとは思わなかった……。
なんかすまんな。
「そうか、ここに扉があるんだな。じゃあ開けてみる」
「キュッ(ファイト)!」
実際探してみると、薄らと線が走っていた。
……これ、開けられるのか?
と思うも束の間、
『熟練度が一定に達したことにより、「看破(覚醒)」の能力に、「鑑定」を統合します』
『「看破(覚醒)」と「鑑定」を統合したことにより、「看破(覚醒)」を取得しました』
「ん?新しいスキル?……いや合成か」
なんか、「看破(覚醒)」に「鑑定」の能力も含まれるようになったようだ。
「看破(覚醒)」発動。両目に僅かな熱が帯びる、と共に、頭に文字が書かれた画像が浮かび上がる。
「──これ、鍵穴あるのかよ」
流石に気付かないって……。
相当性格悪いな、この扉作ったやつ。
俺は面倒臭くなって結局前に進むことにした。
時だった。
「────何を、差し出す?
────鍵は、何を、差し出す?
────鍵は、貴様の、何を、差し出す?」
下から、声がした──不思議としか形容のできない、よくわからない声だったが、なぜか明瞭に言葉の意味が聞き取れた──。
俺は一瞬硬直し、
「えっと……束縛」
答えた。
どんどん
どんどん
──扉が派手な音を立てて開いた。
「はぁ……?」
俺が困惑しているのをよそに、扉は開いたまま喋りだす。
「貴様は「束縛」を差し出し、「自由」への扉を開くための「多大なる犠牲」という鍵を得た。ここから先は、全てお前の、「自由」だ」
その声が、急に妖艶な色気を帯び、脳を興奮させる。
足はもう、何も指示していないのにその扉に進んでいる。
1歩踏み出す。
パタン
扉が、開いた時とは打って変わって、静かに閉じた。
「……」
そこには、ニゲルが静かに佇むだけだった。
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今度は神ではなく、システムの声が響く。
『初日が、終わりました』
『残り2日ですが、進展が無いようですので、企画を考えさせてもらいました』
『名付けて』
『「心地よい夢」』
『さあ、終わりへの始まりを、開け』
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涼しげな風が頬を撫ぜた。
ここは……
「こ〜らっ!寝ない!授業中なんだから、もぅ」
……ん?
「あれ?なんか……ああ、いや、なんか変な所で戦ってる夢を見てた気がする」
目の前の少女は、ふんすと息を吐き、隣の席にいる僕に向かって指を差した。
「そんな妄想ばかりしてるから!ほらぁ、全然ノート埋まってないじゃない」
「いや、そんなこと……あったね」
ああそうだ。
この女子の名前は。
思い出そうとした時、彼女に先生からの指名があった。
今は数学の時間だ。
「天到地 周さん。この「たすきがけ」を解いてください」
「はい」
彼女は、天到地 周。
口癖は、「遍く所にあるものは全て私のもの!」
褐色か灰色か黒、あるいは珍しくても黄緑色の髪の人が多い中、彼女はさらに珍しく紫色だった。
その上、髪をドリルにし、いかにもお嬢様風を装っていた。
体の凹凸は必ずしも目に見えた変化があるわけではないが、彼女曰く、「着痩せするタイプ」らしい。
さて、ここからは僕だけが知っている彼女の秘密だ。
──そう、彼女は、吸血鬼なのだ。
信じてもらわなくても構わない。
だが、彼女は週に1度僕の首筋に噛みつき、血を貰っている。
だから、彼女には牙が生えている。
だけど、彼女はニンニクが好きで、十字架のお守りを持っていて、銀食器を使ってご飯を食べるらしい。
全然、吸血鬼っぽく無い。
その上、日にあたっても大丈夫らしい。
血を吸われる感覚?
そうだなぁ、結構、気持ちいいよ。
彼女は、僕の体を気遣いながら吸ってくれるから。
だから、僕としてはすごく気持ちがいい。
彼女が僕の血をどう思っているかは知らないけどね。
風がまた頬を撫ぜた。
空を見ると、もうすっかり秋だ。
赤蜻蛉が学校の校庭を飛び回り、早めに下校した中1達が虫網と虫籠を持って駆け寄っている。
──夕の陽は、もうすっかり傾いていた。
なんか、この世界は現実感が無くて、すごく、心地いいなぁ。




