四十一:赤蜻蛉放たれ空舞え
「私の名はブレイ。ただのブレイです。そちらの名は?」
「フール=リッシュエスタだ」
会話は手短に終わらせたい。
が、まだ聞いていないことがある。
「おいおいおい、お前の連れ?名前は知らんが、いきなり殺しにかかってくるって無いだろ。俺は防衛をしたまでだ。そもそも何で俺を見て殺しにかかるんだ?」
そう、純粋な疑問だ。
「お前らには、俺を殺す理由が無い。お前の連れとかいうやつの序列も少なくとも16以上だろ?なら、」
1回言葉を区切る。
牽制の意も込めて
「なぜ俺を殺そうとする?」
と尋ねる。
だが、彼女に一切の恐怖エネルギーの揺れは無いようだ。
さて、どのような答えが返ってくるのだろう。
心寄せにしつつ、耳を澄ませる。
彼女は口を開いた。
「実は……あなた達、序列19位、18位、17位の人を1人でも殺すと、私達序列16位以上の者の序列も上がるのです」
「ん?」
話が噛み合っていないようだ。
俺が聞きたいのは“なぜ俺が殺されなきゃ行かないのか"、だ。
序列が上がることは聞いていない。
彼女の方もそれを察したのか、再び口を開く。
「そして、これは予選です。これが終わった後に、本戦があるのです。……本戦では、この中から1人しか残らない。つまり、序列が高く無ければ、死にやすくなってしまうのです。また、あなた達の体には私達にしか見えない印がついています。あなた達は死にやすく、しかし、これさえ乗り切れば序列が上がる、一発逆転の機会なのです」
俺はそれを聞いて、思った。
「は?」
心のについた導火線に、火が垂れてしまった。
殺意が体にみなぎる。
「絶対に、こんなクソゲーを考えたクソッタレを殺してやる。まずは、お前からだ。お前を殺して、俺は生き残る」
隠蔽之魔術は、おそらくEXランクである《王》を殺すためのスキル。
俺は、そう感じた。
どうやら「クソッタレ」は俺のことを簡単には死なせてくれないみたいだ。
「電光石火(黒)」発動。
すると、今までには無かった黒い雷のエフェクトが現れる。
頭から2本の触覚のようなものが垂れ下がり、黒き雷で作られた新たな腕が上がる。
背中にある片翼「蝋翼」を覆うようにして薄い羽が背中の方に靡く。
『条件が一定に達したことにより、称号《悍ましき死を運ぶ者の眷属》を取得しました』
『条件が一定に達したことにより、「蜚蠊変化」を取得しました』
『ユニークスキル「カンサー」の発現を確認』
『「蜚蠊変化」による体の損傷をシミュレーション……』
『シミュレーション中……』
『シミュレーション中……』
『身体に大なる損傷を与えることを確認。統合します』
『ユニークスキル「カンサー」と「蜚蠊変化」を統合します』
『ユニークスキル「不滅の黒き彗星」を取得しました』
『条件が一定に達したことにより、スピードの限界が取り払われました』
「サア、戦イダ」「戦オウ」「戦エ」「戦ウベキダ」「戦イ」
「戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ戦イ」
手を広げる。
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
顎が噛み合わさり、歯が打ち鳴らされることによって不協和音が奏でられる。
合計4本の腕の掌からエネルギーが漏れ、黒い光が迸る。
漏れた光は地面に触れる直前にドロリと溶け、再び体に吸収されてゆく。
「ア゛アアア゛あ゛あああ゛」
仮面では完全に隠しきれなかった金髪を振り乱しながら、真っ赤に充血した目を今殺すべき敵に向ける。
ユニークスキル「不滅の黒き彗星」を発動。
体に纏った「電光石火(黒)」のさらに上に、黒き鎧が覆い被さる。
俺が歩く度に、いや、進む度に、体から漏れた黒き光が尾を引く。
その光が揺れる。
足が消える。
一拍遅れて上半身も消える。
直後、彼女らの目の前に黒い何かがよぎる。
「くっ……!?「自在転移」発動……いや、「絶対回避」!」
「……「遊場廻転」発動」
場が現れ、「遊場廻転」が展開する。
俺はこの中において絶対的な立場にいる。
この空間の中だったら、俺は全てを知ることができる。
敵が回避した瞬間、「電光石火(黒)」発動により恒常的に上がっているスピードで回り込む。
今、俺は光の97%の速度を出している。
しかし、敵は恐ろしく速い。
俺の手から獲物を奪った時なんて、本当に見えなかった。
このままでは、置いてかれる。
だが、俺は歩き続ける。
この先にある障害は、全て取り除く。
俺は、最強になるために生まれてきた。
彼は、全てを殺して頂点に立つまでその歩みを止めない。
「とりま、俺の糧となれ……」
フシュー フシュー フシュー フシュー
噛み合わせた歯の隙間から熱い吐息が漏れる。
その目は一体、何を映し出しているのだろう。
拳を構える。
後ろに引き、体を弓のようにしならせる。
即座に「虎狼痢」を付与した「黎明」を右手に召喚して持ち、大きく振りかぶって…………。
ダッシュで駆ける。
「……っ!?」
どうやら驚いているようだ。
一瞬動きを止めた。
だが、この刀には「虎狼痢」が付与されているため、その一瞬の戸惑いが、
最大の命取りとなる。
キーーーーーーーーーン
と、空気と金属が擦れる甲高い音が一瞬したかと思うと、
ドカァァァァあああアアあアあアアン
爆発音が続く。
「ちっ、外したか……」
もうすでに「射的」を発動して、1発でも当てれば動きを一瞬止めさせ、「遊場廻転」でねじ切れるようになっているはずなのだが……。
なぜか、どの攻撃も当たらない。
そんな気がしてくる。
俺がどんな攻撃をしても、彼女は時々驚きながらそれでも回避していくのだろうか。
と、考える。
ふつふつと腹の底から怒りが湧き上がってくることを感じた。
あぁ、憎い。
俺よりも避けるのが上手いのが、憎い。
俺よりもスピードが速いことが、憎い。
俺よりもランクが高いことが、憎い。
俺よりも強いことが、憎い。
憎悪は黒く粘々していて、醜悪な姿だった。
憎悪のエネルギーですら、魔媒素を触媒として、そして魔媒素と共に蝋エネルギーに変換されてゆく。
足の裏から、黒いドロドロしたナニカが辺りに広がってゆく。
ぽちゃん、と、意識の外で水が跳ねた音がした、気がした。
かくんと膝を曲げ、唐突に消滅したかのように見えたフール=リッシュエスタ。
対するブレイは、《臆病王》である。
ダメージを与えられるはずはないのだが、それでも嫌な予感を拭えずに彼女は後ろに下がる。
「ブレイ様!右に跳んで!」
横から彼女の連れであるケッキカン・ショーョーはすぐさま従うべき者に進言する。
ケッキカン・ショーョーは、身体能力が記されている欄になぜか「直感」というものがあった。
彼女の鑑定によると、ブレイの直感は999999が最大値の中、565553、つまり約半分だったと言う。
ケッキカン・ショーョー自身の直感はMAXとなっており、上げることが不可能となっていたらしい。
さて、もちろん俺はそんな情報は知らない。
ただ、走って殴ろうとしただけだ。
そっちにとっては、やばいかもな。
だが、まだ諦めてはいないようだ。
「魔砲「四季」充填完了!「冬」発射!」
もう詠唱は完了したようだ。
「一点化」
ふむ、これは知らないやつだ。
とりあえず、結局使うことの無かった分身を肉壁として大量に生産する。
そして、全て俺の「不滅の黒き彗星」の影響下にある。
気温が下がった。
寒くなった。
空中から水が落ちてきた。
少しずつ、本当に少しずつ、黒いドロドロとした液体が凍っていく。
「凍寒」
──は?まだあるのかよ……。
俺の周囲だけ、急激に温度が下がった。
それは黒き液体に伝播し、即座に辺り一面、見渡す限りを凍らせる。
それにより、足から粘々した液体を出していたせいで、動けない。
憎悪の炎が湧き上がり、さらに体を縛るも、体の拘束は外れてはくれない。
憎悪の炎が燃えに燃え、心の灰が溜まってゆく。
急に体が寒くなる。
生命としての活動を維持するほどのエネルギーの供給が、どんどん減ってゆく。
──ああ、寒いなぁ
そして、疑問に思う。
なんで俺が、凍えらなくちゃいけないのか。
なんで俺が、攻撃を受けなければならないのか。
なんで俺が、最強じゃないのか。
たった今、ついに理解した。
これが、
憤り
なのだと。
そして、怒りというものは、表面に現れる。
凍って、動けなくなっていた体の表面から黒い炎が湧き上がり、凍った沼を溶かしつつ広がってゆく。
動けなかった体に命令し、1歩ずつ、歩みを進める。
「っ!?まだ動くの……!?」
まだだ、まだ、終わっていない。
まだ、ラウンド2は、終わっていないだろ。




