三十七:ゼラニューム
side:Ci
「ようやく帰ってきたか」
男は、机の上の紙の束を見つめ、忙しなく手を動かしながら目の前の存在に声をかける。
「はっ、ただいま戻りました」
彼らの名は、左から順に斥候用星人形Cb、Ns、Ac、Asの計4人である。
そして、声を放ったのは最も左にいて、なおかつ他の者よりも一歩手前に出ている星人形、Cbである。
これだけで、彼がこの場の中で、政治用星人形Ciに次ぐ立場にいることがわかるだろう。
周りを見渡し、誰も潜んでいないことを確認すると、彼は徐に口を開く。
「報告する点は主に3つあります。……その前にお見せしたいものが」
近くにいたNsに声がかかった。
「アレを取ってこい」
「はっ」
Ciはそれを聞き、ほくそ笑む。
一体どのような兵器を持って帰ってきたのだろうか、と。
しかし、彼の思い込みは、すぐに雲散し……代わりに、彼の胸の内でたとえようの無い、さらなる歓喜の声が上がる。
Nsが戻ってきたようだ。
それを受け取ると、Cbはうっすらと笑みを浮かべた。
星人形らしかぬ笑みだったが、いかんせんやはり顔全体で見ると、胡散臭さが拭えない。
「こちらが、我々の捕獲したものでございます」
それには、白い布がかけられていた。
ばさっ
かけられていた白い布が剥がれ……真実の黒が顔を見せる。
「うぅぅぅっ!!うーぅぅ!っっ!!」
うめき声がした。
その中に浮かび上がる黒髪と漆黒の瞳。
Siは驚愕する。
「ほぉ!これはこれは……捕虜か?……まさかっ、──まさか、かのドレイヤーなのか!?」
ドレイヤーという種族と、我々星祈ナスメレ共和国にはかなり深い関係がある。
そして、それについて語るには、まずこの国と他国位置関係、あと歴史を説明しなくてはならない。
まずは位置だ。
我らの住まう場所、神祈ナスメレ共和国は、浮遊島に建国されたジウノ帝国の真下に位置し、それなりに広い領土──約17,000,000,000平方キロジェン──を持っている。
この国の北東側は巨大な2峰の山が5個縦に並んでいる、「双峰連山・五連」がそびえ立ち、圧巻だ。
一方、南側は人間種の小国、「エディナァゼ都市国家」が、そして、西側は「天覆結界」に突き当たる。
さて、ここまでの説明でわかっただろうか。
この国を落とそうと考えているのなら、それは余程の愚か者か命知らずであろう。
それほどまでにここ、「神祈ナスメレ共和国」は堅牢なのだ。
また、ここには霊種に限るが、それでもさまざまな種族を受け入れている。
例えば、普通は子供を食べるとされる小鬼。
例えば、歩いた後に粘性の物質がついてしまうため、厄介者扱いされていた流体霊。
例えば、病源を振り撒くと、言われのない風評被害に追われた鵺。
など、数えればキリがない。
では、これらのような外からは忌まわしいとされる連中をどうやってこの国に定着させたか。
他の国でこのような政策を行おうとしても、聞き入れられることは少ないだろう。
それに、労力や費用が割に合わない。
──では、これを、1人の御方が行ったと言ったら、驚くだろうか。
そう、我ら星人形を造り出し、この星の生まれた時から生き続けているという御方にして不老不死の霊、ストイ・ギマグゴチーニ様が。
御方は自身の真名を名乗られていない。
また、御方は、どのような者にでも変装できるため、その姿をこの目に収めたことすら無い。
だが、御方は長い時を生きてきた。
それは確実だ。
つまり、この国は御方が生き続けてる間、様々な出来事を教訓とし、よりよい国になっているのだ。
御方は強く、まさに圧倒的頂点。
それ故に生まれる自尊心は、誰にでもあるだろう?
だが、御方は決して驕らなかった。
あるときだった。
御方に楯突く者が現れ始めた。
《魔獣王》だ。
憎き《魔獣王》は、仮にも年上である御方に暴言を吐き、あまつさえ暴力を働こうとした。
許せん。断じて、許せん。
しかし、御方はお許しになったのだ!
あぁ、なんと広い心をお持ちの御方であろうか。
……だが、それも虚しく、そんな御方の厚意を無碍にするような態度を《魔獣王》は幾度も見せた。
我らでは強さに差がありすぎるため、どうすることもできないことを、あいつは知っていたっ……。
そして、ついにやつは超えてはならない一線を超えてしまう。
宣戦布告もなしに、大量の軍勢を率いて地上にある、我らの国に侵略してきたのだ。
《魔獣王》の力なのか、獣達にはとってつけたような翼が生えていて、よく目を凝らせば翼に「浮遊」がかけられているのがわかる。
我らは応戦した。
この土地を守るために。
我らの誇りを失わないようにするために。
……敵はあまりにも強大であった。
それこそ、我らの能力が2倍になってようやく……といった具合だ。
我らは皆、しばらく経つと、次々に諦めていった。
そう、1人を除いて。
「お前達は、御方から受けた、雲穿塔よりも高くっ!そして、アクア・ヴィテよりも長く恩を受けてきただろう!!素晴らしき思いがあるこの国を捨てるのかっ!?違うだろ!!私は、勝ちに、誇りを守りに、戦場へ向かう!我々は、勝ちに行くのだ!お前達に、その気はあるかー!!」
わずかな静寂の間。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
有象無象とさえ言われて迫害され、そして、ようやくここに辿り着いた者達は──戦士の雄叫びを上げる。
「この国に残りたいのなら、相手の大将を打ち取ってこいっ!」
叫ぶ彼は、御方の補助執政官として常に御方を支えてきた、と言われているエインベルグ=へーバー様だ。
へーバー様は、国に回る金・銀の流出を防ぎ、活発な交易活動を推進しつつ、決して国民の誰も取り残さないように御方に進言したという。
さて、霊種、というものは、おおよその者が生物の本能の強烈な祈り、願い、叫びを受けることで強化される。
そして、それは霊種同士で作用し合う。
選ばれし6人の星祈官が、その力を一斉に祈り始める。
「「「「「「星よ、守り給え、我らの、切実なる願いを、聞き入れてくれるのなら、どうか、我らを、守り給え」」」」」」
その瞬間、歴史上類に見る強力な「星祈礼楽」が発動した。
──何も起きなかったように見えた。
はじめはみんな、落胆した。
しかし、その「星祈礼楽」の効果は、この星祈ナスメレ共和国……ではなく、彼のジウノ帝国に作用していたのだ!
ここから、我らの復讐が始まる。
相互で影響を与え合い、うねり、絡みつく「礼楽」が「星祈」に訴えかける。
細い細い白い糸も、編んでいくことで布となる。
星への願いは、今ここに降り立った。
その願いを叶えたのが、まさに獣種ドレイヤーという種族なのだ。
かねてより、ドレイヤーの一族は《魔獣王》の行動に疑問を感じていたという。
しかし、力が無かった。
財力が無かった。
権力が無かった。
だが、知恵だけはあった。
そして、ついに、国家転覆を目論む彼らに、我らの祈りが届いたのだ。
彼らは力を得た。
彼らは真摯に訓練に取り組んだ。
訓練すればするほど強さを学び、
戦えば戦うほど強さを吸収する。
まさに、戦いの獣、戦獣であった。
準備に準備を重ね、何度もシミュレートした計画が、回り出す。
──彼らは、《魔獣王》を暗殺しようとしていたのだ──
……しかし、我らも望んでいた《魔獣王》暗殺は、結局不発に終わる。
だが、よかった効果もあった。
何か?
帝国内で混乱が起きたことにより、侵略が一旦途絶えたのだ。
その年から、ジウノ帝国からの攻撃は一気に減った。
今は年に3回あるか無いかである。
もちろん仕返しをすべきだ、と声高に主張する者もいなかったわけでは無い。
しかし、御方は、その威厳だけで周囲を鎮めてしまった。
そして呟く。
「争いは、いかん」
痛いほどの沈黙が広がる。
──兎にも角にもこういうことがあったのだ。
ここまでで、我ら「星祈ナスメレ共和国」と「ジウノ帝国」、そしてドレイヤーという種族について、簡潔に説明した。
そして、目の前にいるドレイヤーの少女、一眼見ただけで相当な可能性を秘めていることがわかる。
これは……喜ばずにはいられん。
だが、不可解なことがある。
「なぜ、その子は檻の中に入っているのだろうか」
本来なら丁重に扱うべきなのだが……。
ああ、そういえば、これも言い忘れていた。
過去にドレイヤー達が一斉に処刑されたとき、その生き残りに御方が自ら会いに行き、いつでも「星祈ナスメレ共和国」に来ていいという旨を伝えたらしい。
客人としてもてなそう、と。
……申し訳なさという、庶民的な感情でさえ、御方はお持ちになっていたのだ。
我らと彼らには、絶対的な信頼があったのだ。
そんなことを頭の片隅から引っ張り出しつつ、Siは、コレを持ち帰ったCbに尋ねる。
「して、これはどういうことだろうか」
神祈ナスメレ共和国の領土は、ロシアの約3000倍の大きさを想定しています。
ちなみに、サガクムシンの表面積(正確には「地載」結界の面積)は約847,800,000,000平方キロメートル、つまり地球の約1600倍です…………想像もつかない。




