三十五:金糸梅
side:サユノマサ
TAKE2
そんな声がした、気がした。
ここは白い部屋。
……なんか、ずっと寝ていた気がする。
(強制的に瞼を開かされたようだ。最悪だ。気分が酷く悪い)
サユノマサは体を起こす。
が、今自分の体を構成しているのが青白い、ぐるぐる廻る輪だけなのに気付く。
目の前にと太い光線が降り立つ。
頭に電気が走った。
記憶を引き継がれる。
そして、目の前に《せい》なる者が現れる。
ここまでは同じだ。何もかも、光の差す方向も、その光の強さも。
サユノマサは《せい》なる者から話しかけられるのを待ち、下を向く。
そのとき、サユノマサは気付いてしまった。
《せい》なる者の真下、つまりこの空間の下が、真っ黒であることに。
(ここは白い部屋では無かったのか!?)
気づいてしまうと早い。
意識に塗られていた白いペンキが剥がされゆく。
そこはただ黒が存在するだけ。
闇では無く、黒。
サユノマサを囲むのは、闇では無く、黒。
「 気 付 い て し ま っ た な ? 」
目の前から、悍ましい声が響く。
ザザザッザザザザッザザザザザザザザッザザザザ
意識が廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り…………………………………………。
身体が廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り…………………………………………。
感覚が廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り…………………………………………。
全ては廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り廻り…………………………………………。
──ああ、間違えてしまったな。
──それじゃあ、続けようか。
TAKE3を。
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TAKE3
今度は曖昧だが、先よりもはっきりした声がした。
ここは白い部屋。
しかし、サユノマサは自分の意思で起きる。
体を起こす。
が、今自分の体を構成しているのが青白い、ぐるぐる廻る輪だけなのに気付く。
《此星王》としての力では無く、隠蔽之魔術「風神」を発動し、風で形を模る。
スキルを発動するのは何ら問題がないようだ。
目の前に太い光線が降り立つ。
頭に電気が走った。
記憶はもう、引き継がれている。
そして、目の前に《せい》なる者が現れる。
ここまでは同じだ。何もかも、光の差す方向も、その光の強さも。
すぐさま「風神」を解除する。
彼女は変わらず話しかけてくる。
今回は、全てに目を瞑れ。
「あなたが ですか?」
(えっと……何がだ?)
「くっ、聞こえませんでしたか……。まさかここまでシステムの影響が出ているとは」
目の前にいる《せい》なる者……いや、悍ましき《し》を運ぶ者。
それは悍ましき《刺》であり《試》であり《矢》そして、《死》を運ぶ者。
「でも、あなたは本当に……。いや、でも──だから、そんなはずは──」
私の目の前に現れた時から意味不明の会話を続けている。
だが、思い当たる節はある。
声を出す時の唇の動きすらモザイクがかかったように、そこだけ認識されないようになっているが、おそらくは5文字。
そして、5文字で自分自身に関係の深いことと言えば、隠蔽之魔術「風神」だ。
しかし、だ。
今考えると、どうしても違和感を拭えない。
──おかしい。
《せい》なる者、いや、悍ましき《し》を運ぶ者は『あなたは ですか?』と聞いてきたはずだ。
──ということは、私のことをマヨイガミだと思っていた。
そんなはずは無い。
あの様子、いや、2周目に私がこの空間の秘密に気づいたとき、悍ましき《し》を運ぶ者はマヨイガミがどこにいるのか検討がついていたようだ。
──つまり、私のことをカゼノカミだと確かめようとした。
この結論に行き着く。
しかし、この結論の方が、さらにあり得ない。
なぜなら、彼女が先ほど、いや1週目に『そ、それに、そのスキルの名、な、なぜ なのか!?ああ!なぜ私達はその言葉が呟けない!!』とすでに呟いているからだ。
ここから、私が「カゼノカミ」であるとは思ってい無かったようだ。
矛盾に次ぐ矛盾。
同じ矛と矛、盾と盾を同時に出したとき、その矛と盾がどれだけ素晴らしいかを測ることは不可能だ、という言葉だ。
そこで閃く者と、閃かない者には、
天と地
雲と泥
ドラゴンとゴブリン
ほどの差がある。
そして、サユノマサは、閃いた。
状況は、さらに急転する。
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side:セヴン・デッドリー・シンス
僕は、非常事態というのがここまで切迫したものとは思わなかった。
そして、非常事態なんて起きるはずが無いとたかを括っていた。
──その驕りが最悪を引き摺り出すことも、想定でき無かった。
話は遡って日が変わる境目、つまり魔王襲撃時に戻る。
僕は早速魔王城に乗り込み、魔王の位置を「一点捜索」で見つけ、ちょうど扉の前に立った。
その扉は荘厳な雰囲気を醸し出し、その奥からはEXランクの気配がぷんぷんする。
──ああ、これならエアリを任せそうだ。
そんなことを考え、扉を開く。
軋む音もせず、何の抗力も無く扉は開く。
最初に目に飛び込んできたのは、肘を立て頬に手の甲を添える、うら若き美女だった。
僕の目と彼女の目が合わさった瞬間、場には緊張、警戒、品定めの様々な視線が双方で飛び交う。
僕は口を開く。
「どうもこんにちは、《魔獣王》様。《大罪王》のセヴン・デッドリー・シンスと申します」
妙齢の美女、《魔獣王》は
「ふふ、それで、どうやら余と交渉しに来たようだな────命知らずが」
言葉を紡ぐ。
もちろん最後の言葉は聞こえないように。
「ん?どうしました」
「いや、なんでも無い」
《魔獣王》は手の甲をひっくり返し、顎にあてる。
上を向いた指は絶えず動き、頬に当たる。
レンズは回り、その厚みが薄くなったり、厚くなったりするのが感じ取れた。
──まるで作戦を練っているようだな。
僕は、ついそう感じた。
しばらく待ち、彼女はようやく口を開いた。
「それでは……取引内容とは、なんだ?」
それが聞きたかった。
「保護してほしい者と、ジウノ帝国における債務奴隷の廃止を」
即座に提案を述べる。
はてさて、現実は物語よりずっと入り組んでいる、という言葉通り、ここでもまさかの事態が起こった。
まあ、双方にとっていい方の異例だけどね。
「それは、ドレイヤーの少女の保護、そしてドレイヤーという種族を含めた全ての獣種が、人間側の奴隷となることを禁じて欲しい、と余に頼んでいるのだな?」
「僕としても話が早くて助かります。つまりそういうことです。ただ──頼みではなく、取引ですので、対価は差し上げましょう」
僕は「自分の収納」から物を取り出した。
──名を、「世界の書」と言う。
さあ、《魔獣王》でさえ目を見開いて驚く代物。
──交換、で、いいよね?
そう囁きかける。
「ふふ、ふふふ、はははははは!」
彼女は唐突に笑い出した。
「いや、余は其方を試しただけなのだ。元々、ドレイヤーへの賠償と債務奴隷の禁止は考えていたのだ。だがいかんせん、我には後ろ盾も少なく、最近ようやく魔王という立場に就任したからな」
「ふーん、で、返答はどうでしょう」
「もちろん──」
彼女が答えようとした、その瞬間だった。
「ひっ……」
僕は、エアリの微かな悲鳴を聞き逃さなかった。
後ろを振り向く。
発動された「領域」が視界に入る。
と同時に、エアリの頭から、かぶりつこうとする人物がいた。
その種族の名は、霊種小鬼。
小鬼はローブを着て、その灰色の体を隠している。
ただ、その異様に肥大化した両手と折れ曲がったかぎばな、妖しげな赤い眼光が異様に目立っている。
「あーん。美味しそうな子供、みーっけ」
やけに甲高い女の声を出した小鬼を見て、僕は竜生で初めて、完然にキレた。
「大罪竜領域」発動。敵の領域を塗り潰そうと拡大し、侵食してゆく。
「人化」解除。体に溜め込まれた質量が解放され、完全な竜に戻る。
「虚空翼」発動。翼をはためかせることで、エアリと僕の空気を真空に変える。
周りの空気を吸い込む真空により、エアリは僕の腕の中に抱え込まれる。
「ごめん……エアリ」
「ちがうの!わたしが、むりやりついてきちゃって……。だって、ししょうが、かなしそうなかおしてたんだもん……」
それを聞いて、僕はハッとする。
「エアリ、本当に、ごめん」
腕の中にいる彼女の目にどんどん涙がたまる。
ぽたっ
雫が地面に落ちた。
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金糸梅の花言葉は、「秘密」。
秘密を抱え、それを打ち明けようとした、いたいけな少女。
胸には金糸梅を抱き、太陽の煌めきが如く、しかし悲しみに彩られた笑顔。
彼女の名は、堀ヱ 乎奈。
──彼女の秘密は、いや、彼女らの秘密は、いつか打ち明けられるのだろうか。




