三十一:雲の峰
「さて、まずはお前をどれくらい強く……そうだな、お前を狙っていた脅威から10ヒン間逃げ切れるくらいの実力をつけてもらおうか」
えっと?
「俺を狙っていた脅威って……そこまで脅威足り得る者だったと?逃げるだけなら少なくとも1日は稼げると思うのですが……」
「まあそうだな。はっきり言ってお前はスピードの伸びが気持ち悪い。職業が狩人でスピードがあの値はおかしいとも言える」
「気持ち悪いって……」
ちょっとショックだった。
一応、目の前のこいつは少年の姿をしているから、一瞬なんか俺よりも幼い人に詰られた気分に……。
っと、それよりも、だ。
「でも、それならなんで?その言い振りだと俺が10ヒンも逃げ切れないような……?」
「ああ、その通りだ。今のお前だと……」
「今の俺だと……?」
「せいぜい運が積み重なって最高の結果を生み出したとしても6ミョウが精々ってところだろうな」
なんだ?
そもそも俺を狙っていた脅威とは……?
背筋が一瞬ゾクっとした。
頭を回転させて考える。
そうすれば否応なしに俺を狙う脅威とやらの可能性に気付いてしまう。
「もしかしてそれって」
「ああ、多分お前の考えている通りだ」
「「神」」
ああ、やっぱり。
「あのときに会った、あの神なのか……?」
「ふむ、自分が考えるにおそらくその神だろう。会った時に聞こえた女性の声、あれがおそらく一時的にサガクムシン上の生物の声帯と意識を借りて話しかけてきた神なのだろう」
え?
「あなたは何者なんですか?」
待て待て待て。
俺の聞き間違いが無ければ、今、「会った」って言った?
「た」……過去形だ。もしかしてその神に会ったことがある?
天使の血液に関する知識を保有している。
神とやらの支配から逃れている。
天使を殺したことがある?
天使の血液を飲んだことがある?
「つまり、あなたは」
「黙れ。“権能「絶対零度」”」
周囲の空間が零次元へ近づいていく。
俺の声が届かなくなる。
「よし、いいだろう」
そう言って背天使は権能を解除する。
「……何をする!?」
口調が一瞬素に戻る。
「まあとりあえず耳を貸せ。今のお前の言葉が発せられてしまうと自分が周囲に撒いた“権能「偽装」“が一部解けてしまう。……そこまで情報を渡した自分が悪いとも言えよう。すまなかった」
「えあ?い、いや。大丈夫、です。あ、なんかすみません」
急に謝られて調子が狂う。
だが、それは実質答えを明かしているも同義だ。
尊敬の念が少し滲んできた。
「そんなことより、先に「庭」に特訓とやらに行きましょう」
「……ああ、そうだな」
何か考えていたようだが、俺には関係ない話だろう。
そのまま歩き続ける……もう5ヒンくらい経ったのでは?
さらに歩き、俺が少し息を切らすほど歩き、1歩を踏み出すと、待ち侘びた「庭」に着いた。
「ふぅ……ここは息を切らさないと辿り着けない場所だ。ここの場所の効果で暫くその状態が維持される。注意しろ」
「へぇ……」
少しすごいなと思ったが、それよりも強くなることの方が大事だ。
「それで、特訓とは一体なんでしょう?」
「まずは……避けてみろ」
特訓、と言っていたので、厳しい訓練をするのかと思った。
つまり、俺は「死なないように」という言葉を忘れてしまっていたのだ。
「ああ、スキルは「施錠」しといたからな」
これは最早訓練ではない。
そしてここは、
地獄だ(あれ?地獄ってどんな場所なんだろう)。
とりあえず全方向から俺の肌を少し抉ったナイフが飛んできたので、
「っ!?」
避け、受け流し、少し体に当てて威力を落としたやつを掴んで別のナイフに当て、相殺し、その隙間を縫って飛んでくるナイフに飛び乗って他のナイフと衝突させ…………。
ナイフによって腕が貫かれる。
その勢いのまま体が倒れるも、体を捻って飛び上がり、避ける。
目が貫かれ、激痛に苛まれるも肌に立つ毛を逆立てる空気の一瞬の流れを読み、足で踏みつける。
右足の健が切られ、激痛が再び襲い掛かり、さらに体制が崩れかけるも頭を狙って飛んでくるナイフがあるのが分かったので、まだ持ち上げられる右腕で止める。
他のナイフとは一線を画く速度で飛んでくるナイフがあるので腕を交差させるもそれすら貫いてきたので、歯で噛んで止める。
横から明らかに巨大なナイフが飛んできたので、使い物にならない腕を回転させ、両腕を犠牲に軌道を逸らし、他から飛んでくるナイフを防ぐ盾として一瞬だけ使い、避ける。
・
・
・
そして体感で30ヒン経った頃、もうナイフが飛んでこないのがわかった。
腕は両方とももげ、足は片方で立ち、その足にも大量のナイフが刺さっている。
目、頬、額にはナイフが刺さっているものの、致命傷に至らないように調整されている。
腹にも何本ものナイフが刺さっているものの、ただの重症だ。
胸に刺さったナイフは全て心臓、肺を避けている。
瞬間、最後に1本のとんでもなく鋭いナイフが超高速で、脳に向かって飛んでくるのがわかったので、地面に倒れる様にして避け切る。
「初めてにしてはなかなかやるな。だが自分は言ったはずだ。避けろと」
体の傷が癒えてゆき、少し息を切らした状態まで巻き戻る。
考える暇も無く。
「避けろ」
再び地獄が始まる。
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side:????
「あ?ついに印が消えやがったか。お前のかけた呪いのおかげで最期は苦しみながら逝けただろうなぁ。カミサマ?ああ、俺も神だったか。ははっ、お前の大事にしている子供達と比べたら生物1体の命なんてどうでもいいってか」
「やめて……」
『情報を遮断します』
「ああ、そうか。言い間違いがあったな。あの呪い、辺り一体全てを呪いで犯すんだっけか?いやぁ景気がいいことだね!興奮してきたぜ。お前には情の1つもねえみたいだな。いつも拝んでくれるゴミどもをまとめて掃除ってか。はははあはは!傑作だぜ」
「もう嫌……!」
『情報を遮断します』
「誰か」
『情報を遮断します』
「助けて……」
『情報を遮断します』
亜麻色の髪をした少女の細胞の核全てから鎖状の物体が伸びている。
仮にそれを「生命の鎖」と呼ぶとしよう。
その「生命の鎖」1本1本ごとに呪いの言葉、これもまた「呪詛」と呼ぶことにしよう。
それは1つ1つが全て強力な効果を生み出し、効果同士が反発し、結合してどんどん絡み合っていき、幾重にも重なった網のように少女を完全に捕えている。
「あー、どうしよ。ちょっと最近つまらなくなったんだよなぁ。そろそろ壊すっかな。折角頑張って育てたダンジョン、もう3回踏破されちゃったよ。全員殺したけど」
「っ!?話が違う!」
『情報を遮断します』
「はぁ〜、行動がうるさい。“沈黙せよ“」
「ん゛ー!ん゛んん゛ー!!」
『情報を遮断します』
「よし、おとなしくなったな。とりあえず「ラストサバイバル」をこいつらはどうクリアするのかな〜?ま、俺が無理ゲーに調整してあげたけど」
そう言って男はほくそ笑んだ。
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side:セヴン・デッドリー・シンス
「そうだね、魔王を殺すのは明日にしよう。エアリにも十分な力はついたからね。少なくとも足手纏いにはならないと思う」
「はい、がんばりますっ……!」
そう言ってふんすっと鼻息を出すエアリ。
ただ……
「あてっ……いたい……」
すぐ転ぶ。
今のも歩こうと足を上げただけだ。
まあしょうがない。
ただ、それよりも大事なことがある。
そう、いかにエアリを魔王のところへ渡すか……そもそも僕は怪異から獣種に進化したかなりの異例だ。
それに、EXランクでもある。
これからいろんなことに巻き込まれるだろうが、この先彼女に更なるトラウマを植え付けたくない。
僕が考えている作戦はこうだ。
まず魔王を脅してエアリの安全を保証してもらう。
その後、すぐさま戻ってエアリと出会う。
あたかもこれから魔王に挑むようにし……上手く負ける。
そしてあからさまに自分の命を誇張し、そのためにエアリを差し出す。
魔王が取引成立の旨を述べ、恐怖を顔に貼り付けながら逃げる。
そのためには……魔王を1ヒン以内に倒し切ることが大切だ。
こちらにある圧倒的優位性を示す。
「……ししょう、またなやみごとしてる。おしえて、ほしい」
「……ああ、大丈夫だよ、エアリ。お前に怪我がないように考えているのさ」
「ししょうのほうが……だいじ……」
「安心しろって」
そう言って頭をわしゃわしゃと撫でる。
力をうまい具合に調整し、ちょうどいい感じのパワーに抑えている。
エアリは目を細め、気持ちよさそうにしている。
そんな彼女を見つめながら、ぼくは絶対に彼女を傷付けないと決意した。
「ん、ししょう……もうちょっと撫でて」
ああ、いつの間にか手が止まっていたようだ。
彼女は親の愛というものを知らないらしい。
……まあそれはしょうがない。
もうちょっと早くに彼女に出会っていれば、と後悔の念はいくらでもあるが、今はこの笑顔を守らねば。
しかし彼は気付かなかった。
彼の心の奥底に閉じ込められた黒いナニカが、ゆっくりと周りを侵食してきていることに。
彼が、エアリを守るためならどんな行為も厭わなくなってきていることに。
そして……その時エアリの顔に別の人の笑みが浮かんだことに。
ああ、まるでエアリが一瞬別の人に乗っ取られたみたいじゃないか。




