二十五:若楓それ萌え出るは
雲穿塔を踏破した次の日、
ふああと声をあげて欠伸をしたのも束の間、
「いてっ」
と声をあげる。
鞄から落ちてきた何かがちょうど当たってしまったようだ。
今俺は布団で寝ているわけだが、すぐ近くの棚の上に鞄が置いてある。
つまりは起きた直後に棚に腕が当たってしまい、その反動で何かが落ちてきてしまった、ということだろう。
「落ちやすい位置に何かを詰め込んだつもりはなかったんだがなぁ」
久しぶりの柔らかい睡眠のせいで、頭がうまく回らない。
ふと、自分の頭に落ちてきたそれを持っていることに気づいたわけだが、それに目を向ける。
「えっと……「世界の書」って書いてあるな……うわっ、ページがかなり破れてるぞ」
残念ながら俺自身はそもそもこんなものに見覚えがない。
直感だと「焔禍の加護」で知らぬ間に継承されていたか、それともキタヒルビワ、焔禍、蝋天使のどれかを倒したときに出落品として出たやつが俺の知らない間に鞄に入っていたか、だけど……まあ、今それを言っても仕方がない。気づかなかっただけだ。
「ん?この「世界の書」とやらの表紙の絵どっかで見たことあるような……?なんだっけこの……雷から蝋が滴り落ちてるような翼」
しばらく悩んでいると、気づく。
「あ」
つい声が出てしまうほどあっさりした答えだった。
首を回して背中、特に右肩を見る。
そこには雷から蝋が滴り落ちてるような翼が生えていた。
急に頭に痛みがぶり返し、頭を抑える。
昨日から感じる強烈な違和感、いや、違和感を自然なふうに装うという違和感。
その感覚は俺が挑戦者になった時からずっと感じ続けている悪寒だ。
「あ゛〜、なんか釈然としない」
それだけじゃない、蝋天使を倒した時から一切神の接触がないことがまず腑に落ちない。
人と会話することができ、怪異に人格を降ろすこともできるのなら……いや、あれは雲穿塔の神様で、だから雲穿塔の外には関与できないってか?
というか、
「なんで俺だけ第百階層までしかなかったんだろ」
っていう思いがずっと消えてないんだよなぁ。
あ、そういえば気づいた?俺が「遊場回転」を取得してないことに。
「遊場創生」が便利で変える気になれないんだよな。ま、また後で考えるか。
「第百階層までしかなかったからな。糧にはなるんだけど、もっと戦いたかったぜ」
「主はそろそろ自分が重症であることに気づいた方がいいと思う」
「おうおう、サユノマサよ、俺は至って正常だぜ」
「……」
「朝ごはん食べるか〜……」
「ああ、それなら私が作っておいたぞ」
「ほんとか!?」
いやぁ、まさかこんな優秀な眷属だとは思わなかった。
「ふむ、主の中で私はそのような評価だったのか……」
「ああ!?いやいや、あの、サユノマサはいつもすごいからね!?俺の気づかないとこ気づいたりするし!?」
「それでよし」
な、この俺が嵌められた、だと……。
「あ、そうだ。あいつらも呼んでいいか」
「大丈夫だ、全員分の料理は作ってある。主とニゲルとレンジュア、GF46-Bの好みは私でも知らんからな、だが、皆が食べれる料理にしておいたから」
「ほぉ……楽しみだ」
「図鑑」発動、残りの全員召喚。
「「おぉ!ここが外なのか」」
「キュい(ご主人様)〜!」
「なんと今日はサユノマサが料理を作ってくれてな、わざわざみんなを呼んだということだ。てなわけで手を洗ってこい。あ、ちゃんと香泡は使うんだぞ」
「ほぉ、まだこの時代には香泡を使うのだな」
「ん?レンジュアは違うのか?」
「主人は知らぬかもしれないが、昔の香泡はギトギトでな、変な匂いもあったんだ」
「へー。今のやつはいい香りがするぞ。なんかザ・香りみたいな匂いなんだけどね」
「ではあやつらに手の洗い方を教えてくる」
「あ、そういえばそうだな、あいつら怪異だった」
なんやかんやでみんな椅子につく。
予備の椅子があって本当に良かったぜ。
レンジュア用のやつは少し強化したがな。
「おぉ!これは……なかなかに美味そうなものじゃないか。すごいいい匂いがするぞ、サユノマサ」
「主人に同感だな」
「吾輩もそう思う」
「キキュ(美味しそう)……」
「ふふん」
お、自慢げだ。
久しぶりに見たな、自慢げなサユノマサ。
「それじゃあ、世界の概念を生み出してくれた概念神ディネクショネムに感謝し、そしてエネルギーと物質に感謝し、いただきます!」
「「「いただきます」」」
「キュウイ(いただきます)」
「じゃあ、この灰色のやつでももらおうか」
そう言ってはむ、と口に咥えた瞬間。
ビカーン!!
頭の中で稲妻が走った気がした。
パクパクパクパクパクパク…………。
いやもうこれ、文句なしのおいしさだな。
朝ご飯なのに手が止まらねぇくらいの美味しさ……。
さあ、このおいしさを説明してしんぜよう。
まずコップに入った魔翠。
魔翠というのは、大陸に行き渡った魔媒素の蒸気アキュアが溶け込んだことで薄緑色になった水のことだが、なんとこの中に牛豚鶏の肉が沈んでいる。
牛豚鶏、角が生えた鼻が大きい獣種で、獣種としては珍しい家畜のことだ。
なんと!これが意外とイケるのだ。
牛豚鶏はそれなりに油が乗っているため、朝に食べると胃がもたれてしまう。
だが、これに魔翠が染み渡ることで油を魔翠が吸収し、サッパリした肉の味と飲みごたえのある水が出来上がる。だが、その水も決して重すぎることはなく、うまく中和して極上の味を生み出している。
次に小さな皿に入ったファヴィ。
ファヴィとは、スミ麦を粉状にしたものに純水や卵、砂糖、乳油を混ぜた後、塩を少しずつ振り掛けながら焼き上げていくかなり作り方が難しい料理だ。
そして、その難しさに比例するかのようにそのおいしさは絶品と言われている。
スミ麦を使用しているため、やや黒みが掛かった流線型のふわふわした体。
見ているだけで食欲がそそられるその香り。
どれを取ってもこれは一級品だ。
最後にお椀の中から顔を覗かせているプブ。
これもスミ麦が元なのだが、作り方が大きく違う。
スミ麦に塩水を混ぜ合わせたものを鍋に入れ、火を当ててスミ麦に水分を吸わせる。
ふっくらと膨らんだスミ麦は粘性を生み出すため、それを潰しつつ捏ね合わせてゆくことでモチモチした灰色の物体が出来上がる。
出来た灰色の物体を適当な大きさにちぎった後、中に餡を包み込むことによって丸い体に中身が伴う。
そ・し・て、なんとサユノマサはこれをいじくりまわし、ニゲル……っぽい何かを作ったのだ!
可愛いな、これは。
「はぁ〜、至福……嫁に欲しいくらいだ」
「……っ!?」
「うまい!うまいぞこれは!」
「吾輩、感激したぞ!」
「キュ(感無量)……」
ここまでが朝の風景だ。
ゴーンという音が10回鳴った。
「あれ?もう10コクなのか。いつも5コクよりも早くに家出てるからなぁ」
「主よ、外を案内してもらえないだろうか?」
「うぅ、我はこの体のせいで外に行っても怖がられる未来しか見えない……」
「吾輩は付いてっていいか?」
「キュゥ(ぼくも行きたいなぁ)」
う〜ん
「時間的にそんなに回れないと思うよ?行きたいところは俺が説明することになると思うけど、みんなが行きたいところ全部回ったら時間がな……できれば13コクには家に着いていたい。そうだな、すまん、今日はサユノマサだけでいいか?」
ぽふん、と音を立ててサユノマサの顔に赤みが差す。
「「お」」
「キュゥ(尊い)……?」
「あ、そうか。美味しいもの食べたいって言ってたもんな。ごめん。みんなには申し訳ないけど「図鑑」に戻ってもらうよ」
「大丈夫だ」
「ありがとう」
「図鑑」発動。サユノマサ以外の全員を戻す。
「よし、じゃあ行くか。第二浮遊島ピーセッドに行こうか。美味しいものがたくさんあるので有名なんだ。ストレプトス王国で最も有名な浮遊島だぜ」
「私、肌が透けてるんだが……」
「ああ、霊種だからかぁ……ん?そうか!恋人みたいに俺にくっついてればいいんだよ。あそこは絶景スポットも結構あるからね」
「デート……」
再びぽふんとサユノマサの頭から湯気が出た気がした。
「愛いやつだな」
サユノマサは優しいし可愛いし一緒にいて落ち着くからな。
「お前は離さないからな」
「ん〜っ!?」
「よし行くか。飛空車に乗ってくれ。前でも後ろでも好きな方でいいぞ」
「じゃあ……前で……」
「よし、ベルトは締めたな?行くぞ発車!」
そう言ってレバーを引く。
車体に浮遊の状態が付与され、車がふわっと浮く、と同時に車のさまざまなところにエネルギーが供給され、飛空車の熱が上がってゆく。
瞬間、そのエネルギーが発射され、その反動で飛空車は猛スピードで飛び出す。
いつものルートを見つけ、整備された空中道路で待機。
案内機械に行き先を告げ、道を補導してもらう。ここでちゃんとお金は払わないと捕まっちゃうからな。
さて、目的地に向けて進行!
「主よ、その……テンションが高くないか?」
「おう、俺はいつもこんな感じだぜぇ!」
「ああ……よぉ〜くわかったぞ。確かにいつも通りではあるな」
「だろ!俺は何も変なことはしていない!」
こんなノリでしばらく時間が経った。
そろそろ目的地に着く頃だ。




