二十:時雨降る
彼は何をしようとしていたのか。
いや、何をさせられていたのか。
今の彼は「蝋天使」。
思考も行動も神に操られていると考えられていい。
「“権能「パラフィン」“」
全く別の声が響く。彼の声でもなければ、先の神(であろう者)の声でもない。
完全に別の声だ。
その声が部屋中に響く。と、急に魔媒素の動きがおかしくなり始めた。
さながら、体という液体に溶けていた別の物質がその液体と反発するようになったかのようだ。
「“権能「パラフィン」“エグいな……」
「ならここは我の出番か」
「ふむ、私はこれでも拳闘士なのでな、共闘しようじゃないか」
「おう!」
「お、任せちゃっていいのか」
「「任せろ」」
頼もしい限りだぜ。
さて、どうするか……。
「看破(覚醒)」発動。「螺気纏」を確認。「魔媒素解放」を確認。
「魔媒素解放」により、魔媒素を介し「螺気纏」の「雅素輪」への「気渦翔」を確認。
蝋天使となった彼の体から何かのガスが吹き出る。ただし無色透明なので、「電光石火(黒)」による「エネルギー視」のおかげで見れている。
そのガスが魔媒素と混ざり合った瞬間、蝋天使の体にあるエネルギーの増加が爆発的に増える。
「なんだあれは!?まずい、お前ら早く戻れ!」
「あ?どうし……」
「主よ、何か見え……」
ああ!このままだと間に合わない!
このままだと図鑑も使えなくなるかもしれないため、即座に「図鑑」発動。ついでその内の「召喚戻し」発動。全ての眷属を戻す。途端、予想通りに「図鑑」が使えなくなる。
「あっぶねー……」
だが、もたもたしてはいけない。休む暇もなく「電光石火(黒)」発動。実体を持たない分身を大量に生成する。
この時、この空間全てを埋め尽くすように生成する。
すぐさま実体化!
と、同時に、彼も手に隠していたエネルギーの塊を発射!
「雅素輪」を薪としてその手の中に押さえ込んだ膨大なエネルギーは、手を開きその姿を表すと同時に指向性を持ってこちらに飛んでくる。
追加でこちらは「遊場創生」も使って壁を作り、かつ「電光石火(黒)」の爆発で相手のエネルギーを減少させる。さらに「電光石火(黒)」でエネルギー放出を行い……「電光石火(黒)」のエネルギー放出が使えない!?
くそっ、エネルギー放出で威力減衰させないとかなり苦しくなるぞ……。
と、頭の中で念じた瞬間、
「ああああアアアアアアアアアア!!」
「雅素輪」の塊が腕を貫き、激痛を伴って片腕が消し飛ぶ。
「修復」させようにも「修復」が発動しないため、使えない。
さて、ここで俺は考えた。そもそも「修復」は俺の場合魔媒素を消費しないはずだ。なのになぜ使えない……?
「脳」をフル活動させて考える。時間にしてわずか0.1〜3ミョウの極めて短い時間。
そして、その問いに対する答えを俺は見つけた。
この問いに対する答えを見つけられたのは、「エネルギー循環」を意識的に発動した時。
この時、俺は気づいた。そもそもエネルギー自体が体から離れていってるという事実に。
と同時に、エネルギー自体が離れていってしまうため、通称「座標ズレ爆発」(分身を使った爆発のこと)の威力もかなり落ちてしまい、再び発射された光線にもう片方の腕も貫かれてしまう。今度は「雅素輪」に“権能「パラフィン」“を混ぜ合わせているのがわかる。つまり、時間が経てば経つほど体内のエネルギーが抜けていってしまう、ということだ。
そうだ、「電光石火(黒)」で少しでも「雅素輪」の指向を曲げればいいのではないか、と思い立ったのも束の間、「電光石火(黒)」が解除され、急に負荷がかけられたような感覚が体を襲う。
まだ「挑戦権」が発動していたおかげですぐに立て直すも、目の前には蝋天使の蝋の翼が見える。
さあ、絶体絶命の状態だ。どうする?どうすべきだ?
思考の波に埋もれかけたとき、ん?待てよ、相手は蝋の翼だよな?と、一つの打開策を思いついた。
俺はとある神話を思い出す。
その神話とはこういうものだった。
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あるところに島があり、そこでは2人の兄弟が暮らしていた。2人の両親は彼らがまだ幼いうちに亡くなってしまったため、この兄弟は今まで多くを2人で過ごしていたという。
お金は雀の涙ほどしか残されていなかったため、配給によって配られるご飯に頼って生きるしかない。
美味しいものを食べたくてもお金がほとんどないため、栄養のあまりないパンをちまちまと食べるしかなかった。
だが、唯一家だけは残されていたため、2人の感性はそこまで歪まずにすんだ。
そんな環境で過ごしていくうちに、兄は賢しく、狡猾で、処世術もいつの間にか体に身につけるようになっていた。
一方、弟は勘が鋭く、洞察力があり、嘘を看破するのが得意になったものの、愚かであった。
ある日、自らが貧しいにも関わらず、自身よりもさらに貧しい人に1日分のパンを分け与えたせいで弟は倒れてしまう。
それを聞き、兄は激怒すると同時に考えた。
どうすればこの貧しさから脱出できるのかと。
そしてついに彼は考えつく。
「そうだ!翼を作ればいいのか!ここから出て、新たな島を目指そう」兄はこの考えを弟に打ち明けた。
だが、弟は「兄さん、僕達そんなお金持ってないよ」と言う。
兄は続けて考えた。
弟の言う通りだったのだ。
さて、兄はいくつもの案を弟に提示した。
「お金を盗むのはどうだ」「ダメだよ兄さん」「お金を作ったらどうだ」「ダメだよ兄さん」「お金を借りたらどうだ」「この島出るんでしょ?返せないよ。だからダメだよ兄さん」しかし、兄の提示した案はことごとく弟に却下される。
そこで、兄は最後の案を思いついた。
「弟よ!そうだ、働いてお金を稼ごう!」弟はそれを聞き、「それがいいね、兄さん!」と賛同した。
2人は翼を作るため、来る日も来る日も働いた。年月が過ぎ、いつの間にか1アルク経っていた。
「弟よ!翼を作ろう!」ついに翼の材料を買うためのお金が集まった。
そこで兄は弟にお金を渡し、「俺はまだやることがある。弟よ、お前が材料を買ってこい」と言った。
弟はそれに頷き、材料を買いに行った。
だが、ここで異例が起きた。
弟はその愚かさゆえ、今まで貯めてきたお金の内、3割も他の人に渡してしまったのだ。
そして、今まで貯めてきたお金は兄と弟で半々だったため、弟が使えるお金は元の2割しかない。
弟は兄に悟られないため、翼と同じ薄黄色の蜜蝋を買い、拾った羽根を蜜蝋で固め、翼を作った。
その後弟は兄に翼の材料を渡すと、兄は「これは地図だ」と言い、2枚の紙の1枚を弟に渡した。
さて、実際に飛ぶ日になった。
その日は天気が良く、雲ひとつなかった。
兄の翼を大きく羽ばたき、空に向かって大きく舞う。
弟の翼も、なんとか耐性を保ちつつ飛び上がることに成功した。
さて、飛んでいると、鷹が現れた。
鷹は「食べ物を寄越せ」と言うが、兄は渡さない。
しかし、弟は雉の肉を渡してしまった。
また飛んでいると、鳶が現れた。
鳶は「食べ物を寄越せ」と言うが、兄は渡さない。
しかし、弟は鶏の卵を渡してしまった。
その後も次々に鳥が現れて食べ物をねだり、兄は渡さず、弟は遂には自身の肉まで差し出すようになってしまった。
しばらく経ち、太陽が最も高い場所に位置する頃、弟の腕は骨が剥き出て、腹からは内臓が溢れていた。
弟は軽くなり、蝋の翼は弟を高く、高くへ連れてゆく。
太陽のすぐそばまで来た途端、弟の蝋の翼は太陽の熱によって融けてしまい、弟は空から落ちる。
兄は地図通りに進み、無事に島まで辿り着き、その後、金塊を掘り当てて大富豪になった。
一方、空から落ちた弟は大きな音と水柱を立てて海に沈むと、大量の小魚に体をついばまれて、骨だけになってしまい、死んでしまいましたとさ。
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このストーリーにおいて「弟」が蝋の翼で飛ぶうちに太陽に近づきすぎてしまい、蝋が融けてしまったという事実、これを適用できないだろうか。
さて、今改めて戦闘を振り返った時、俺は気づいたことがある。そしてそれはそのまま彼の弱点となる。まず彼は蝋天使となってから2回攻撃した。
光線を1回目に発射した時、蝋の翼が一回り小さくなったように思えたのだ。
初めは気のせいだと思った。
だが、2回目の攻撃で確信した。
彼に攻撃はできなくとも翼は破壊可能だということを。
だが、蝋の翼が弱点であることを確信したわけではない。
また、蝋の翼は再生する。
それでも、まだ俺は幸運には見放されていなかったようだ。
まだ使えるスキルがある。
「射的」発動。弱点生成。
これで相手の弱点が蝋の翼に固定された。
お、気づいたか?
お前の弱点がもうバレていることを。
俺は反撃しようと、姿を戻した「黎明」の塚をを口で咥えた。
別に油断していたわけではない。
ただ、「雅素輪」の発動を少しでも躊躇しててくれれば反撃の機会はあると見込んだ。
残念。そんな声が聞こえた気がした。
蝋天使は「雅素輪」を手に貯める。
彼の蝋の羽が熱で融け、垂れ落ちる。
「雅素輪」の塊は2つに分かれ、そのまま2振りの剣を象る。
そして、仕上げとばかりに形の安定しない「雅素輪」の上に蝋がかかる。
「雅素輪」による熱によって融けていた蝋がピタッと止まる。
そして、蝋によって固められた蝋の剣「硬蠟」がその場に顕現する。
それは鈍い光を放つ銀の炎を纏った天使の剣。
それは2振り揃うことによって効果を発揮する双子の剣。
そしてそれは、相手に触れた瞬間に魂まで薪として焚べ、さらに燃える破魂の剣。
どこまでも相手を破壊し尽くす殺戮の剣を手に持った蝋天使は、ただこちらを無機質な鈍色の瞳で見つめるだけだった。
本文中の「神話」の内容は「ギリシャ神話」のイーカロスについての話を元にしています。




