5 - ありがとう
「この町はもう、生きていない」
町が死ぬ、とはどういうことか?
人がいなくなれば、町は死ぬのか?
建物が崩れれば、町は死ぬのか?
それとも――そこにあるはずのものが、"なかったこと"になったとき、町は死ぬのか?
ここに、一つの町がある。
かつては、確かに人が住んでいたはずの町。
だが今は違う。
人がいない。
人の気配がない。
それどころか、町全体が"存在しなかったかのように"静かに沈んでいる。
この町に踏み入れた瞬間、君の心は囁くだろう。
「ここにいてはいけない」
そして、もう一つ。
「ここには、"何か"がいる」
だが、逃げることはできない。
なぜなら、この町は――
君を、忘れさせない。
夜の闇は、重く、深かった。
町の入り口に立った瞬間、海翔は思った。
ここは、生きていない。
街灯はある。だが、その光は異様なほどに薄く、まるで"光そのものが拒絶されている"ようだった。
建物は並んでいる。だが、どれも色が抜け落ちたように灰色で、時間が止まってしまったかのように静まり返っていた。
風が吹いても、音はしない。
草木さえも、呼吸を忘れたようにじっと動かない。
そして――
何かが見ている。
「……おかしい」
海翔は呟いた。
「この町、"ある"のに、"ない"みたいだ」
その言葉に、白雪八重が静かに頷いた。
「ここはね、"忘れられた町"なの」
彼女の声は、どこか遠い響きを持っていた。
まるで、この町の一部であるかのように。
「……忘れられた?」
「そう。かつて、ここには人が住んでいた。でも、ある日、"誰も思い出せなくなった"の」
海翔の背筋が冷える。
そんなことがあり得るのか?
町が消えるのではなく、"忘れられる"?
それはまるで、記憶を喰われたかのような現象だった。
二人は、町の中を歩いた。
足元には乾いた土。
まるで何十年も雨が降っていないかのような、ひび割れた大地。
店の看板には名前が書かれていた。
だが、それを読もうとすると、頭の中がぼんやりとしてくる。
記憶が削がれるような違和感。
海翔は試しに看板に触れようとした。
その瞬間――
ズルリ。
「っ!」
看板が、まるで"皮膚"のように歪んだ。
人間の肌が裂けるような嫌な音とともに、文字がずるりと剥がれていく。
そして、その下に現れたのは――
何もない、ただの闇。
「……おい」
海翔は息を呑んだ。
店の看板は、元からそこになかったかのように、"空白"へと変わっていた。
「……これが"忘れられた"ということ」
八重の声は、低く、沈んでいた。
「この町は、人に忘れられたものを"呑み込む"の」
つまり、ここにある全てのものは――
本当は、もう"存在していない"のだ。
歩き続けるうちに、足元の感覚が曖昧になっていく。
まるで、自分がこの世界に"馴染んでしまっている"ような錯覚。
そんなとき――
カツン。
音が響いた。
誰もいないはずの町で、"誰かの足音"がした。
「……」
海翔は、振り返らなかった。
振り返ったら、"そこに何かがいる"と分かってしまうから。
それでも、足音は近づいてくる。
そして、耳元で囁かれる。
「おかえりなさい」
その声に、全身の血が凍った。
「っ……!」
八重が海翔の腕を引く。
「走って!」
二人は、駆け出した。
町の奥へと逃げ込む。
だが、どこへ行っても景色は変わらない。
同じ道、同じ建物、同じ空白。
まるで、出口が存在しないかのように。
「……この町は、生きていない。でも"死んでもいない"」
八重は、息を切らしながら言った。
「だから、ここにいるものは……"生きた人間"ではない」
じゃあ、何がいるのか?
答えは簡単だった。
ここには"町そのもの"がいる。
忘れられた町は、忘れた人々を迎え入れる。
つまり――ここに入った時点で、もう外には出られない。
海翔は拳を握りしめた。
「……そんなもんに、負けてたまるかよ」
次の瞬間、目の前の道が"歪んだ"。
そこには、"町の形をした化け物"が立っていた。
――"忘却"を喰らう怪物。
個人的な問題のため、シリーズを終了します。ありがとうございます。私はこのウェブサイトの他の作品、『無職転生 ~異世界行ったら本気だす』や『転生したらスライムだった件』の大ファンなので、すぐに異世界物語を始める予定です。