表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲病語  作者: kabankaban
ありがとう
4/5

4

「深淵の向こうで待つもの」


 目を閉じたとき、そこにあるのは闇か、それとも――誰かの視線か。


 光が届かない場所では、自分がどこにいるのかも分からない。

 壁の感触を確かめても、それが本当に"壁"なのかも分からない。


 音がない。

 だが、何かがいる。


 この物語は、日常の奥に潜む"異常"を描くものだ。

 何かを"忘れる"ことは、何かを"喪う"ことに等しい。

 もし、君の記憶から、誰かの存在が静かに消えたとしたら――

 その喪失は、本当に"ただの記憶違い"だろうか?


 これは、"存在"と"忘却"の物語。


 君が今、確かにここにいるのなら、それを忘れないでほしい。


 夜は深かった。


 いや、"深い"という表現では足りない。

 この夜は、まるで"何かが喰らい尽くした後"のような暗闇だった。


 街灯の光は、妙に弱々しく揺れ、あたかも自らの存在を疑っているかのようだった。

 道端に並ぶ家々の窓は閉ざされていて、光一つ漏れていない。

 それどころか、まるでそこに住人が存在しないかのような静けさだった。


 海翔は、ゆっくりとその道を歩いていた。


 何かがおかしい。


 "異常"がすぐそこにある。

 それは確信だった。


 ――カツン。


 足音が響く。


 自分の靴音のはずだった。

 だが、遅れてもう一つの音が重なった。


 ……誰か、いる。


 海翔は静かに息を呑んだ。

 背後には何もない。

 それでも、確かに"誰か"がついてきている感覚がある。


 幽霊か?


 違う。

 幽霊であるならば、"見えないもの"として理解できる。

 だが、これは"見えない"のではなく――"存在しないはずのもの"がいるのだ。


 記憶の中にない"誰か"が、そこにいる。


 海翔の鼓動が速くなる。

 だが、怖がってはいけない。


 彼はゆっくりと振り返る――


 ――何もいない。


 ……はずだった。


 だが、確かに"何かの影"が地面に伸びていた。


「……海翔」


 かすれた声が、どこからともなく響く。

 その声には、聞き覚えがあった。


「八重……?」


 海翔は思わず名前を呼んだ。

 だが、声は返ってこない。


 代わりに、影がじわりと揺れた。

 まるで、生きているかのように――


 その時、耳をつんざくようなノイズが響いた。


 ――ギィィィィィ……


 まるで古いスピーカーから発せられる異音のような、不快な音。

 脳に直接入り込むような、痛みを伴う響きだった。


 海翔は思わず耳を塞いだ。

 だが、それでも音は止まらない。


 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


 景色が変わった。


 海翔が立っていたのは、見覚えのない廃屋の中だった。


 ボロボロの壁、剥がれ落ちた天井。

 床には埃と紙くずが散乱している。


 そして、そこには誰かの影があった。


「……海翔、私を見て」


 その声に、海翔は顔を上げた。


 そこにいたのは、確かに八重だった。

 だが――


 彼女の顔は、ぼやけていた。


「っ……!」


 何かが違う。

 何かが、決定的におかしい。


 八重はゆっくりと手を伸ばした。

 その指先が、海翔の頬に触れる――


 ――その瞬間、全ての音が消えた。


 海翔は、息が詰まるような圧迫感を感じた。

 世界から"自分"が消えていくような感覚。


 これは、忘却だ。


 このままでは、自分が"存在しなかったこと"にされる。


 海翔は、必死に声を出そうとした。

 だが、喉が動かない。

 声が出ない。


 視界が暗くなっていく。

 思考が、掻き消されていく。


 ――海翔の"存在"が、消える。


「……ダメだよ、まだ、消えないで」


 次の瞬間、八重の声が響いた。


 その声は、どこか哀しげだった。


 海翔は、はっと息をついた。

 視界が一瞬、戻る。


 八重が、目の前で微笑んでいた。


 その顔は、どこか寂しそうで、どこか懐かしくて――


「……八重、お前は……」


 だが、その言葉の続きを、海翔は言えなかった。


 八重の顔が、涙で滲んで消えかけていたから。



「存在の意味、忘却の恐怖」


 もし、自分がこの世に存在しなかったとしたら?


 誰かが、君のことを"忘れた"としたら?


 それは、本当にただの記憶の欠落なのか。

 それとも――"喰われた"のか。


 この章では、"忘却"の恐怖をテーマに描いた。

 海翔は"消えかける存在"と対峙し、彼自身もまた、その渦に飲み込まれそうになった。


 八重は、何を隠しているのか?

 海翔は、何を喪ったのか?


 次の章で、さらなる深淵が待っている。

 それでも君がこの物語を読み続けるのなら――


 次も、"君の存在"をここに刻みつけてくれ。


 では、また次の章で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ