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悲病語  作者: kabankaban
ありがとう
3/5

3

「沈んだ声が呼ぶもの」


 人は何を恐れるのか。


 高所、暗闇、死、孤独――。

 それとも、自分が自分でなくなることか。


 この物語は、ある高校生と、一人の少女の話だ。


 彼女は人ではない。

 だが、人の感情を食らい、人の中で生きている。


 彼女の名前は白雪八重。

 彼女はヒビョウ――感情から生まれた存在。

 だが、その存在は今、消えかけている。


 人の心の中に巣くう、言葉にならない感情。

 後悔、憎悪、愛、悲しみ。

 それが形を持ったとき、世界は歪む。


 この物語は、"異常"が日常に溶け込んだ町で、"異常"に触れ続けた少年の記録である。


 そして君がこの本を読むなら、決して忘れないでほしい。


 君の感情は、君だけのものか?

 それとも、もうすでに、"何か"に喰われているのかもしれない。



 闇の中に、息を呑むような静寂が広がっていた。


 ここはもう、空間ですらない かのように感じられる。

 無限に続く暗闇の中、海翔は一歩一歩、確かな足音を立てながら歩みを進める。


 足元の冷たさが、まるでこの場所に足を踏み入れた証のように響く。


 だが、その冷たささえも、時間が経つにつれて忘れ去られていくような感覚があった。


 記憶が薄れていくように、存在が消えていく。


 その思考が頭に浮かんだ瞬間、海翔は立ち止まった。

 背後から、何かが、確かに彼を見つめているような気配を感じる。


 振り返ることはできなかった。


 あまりにも重くて、冷たい空気が首筋にまとわりつき、反射的に体が硬直する。

 だが、それでも無意識に振り向こうとする自分を必死に抑えた。

 まるで、振り返ってはいけない という直感に導かれるように。


 「――海翔、そこにいるの?」


 その声は、後ろからかすかな囁きとして届いた。


 海翔は再び、深く息を呑む。

 振り返ってはいけない――そう思っても、声を聞くたびに、体は反応してしまう。


 だが、それが本当に八重の声だろうか?

 声は確かに似ていたが、どこかに狂気が含まれていたような気がする。


 そして、目を閉じた瞬間、体がさらに冷たくなるのを感じた。

 自分がどこにいるのか分からなくなる恐怖。


 まるで、物理的な空間を越えて、すでに異次元に迷い込んでしまったかのように。


 その時、再び、耳鳴りのような音 が響いた。


 ――耳をつんざくような音。

 「ギィ……ギィィィ……」


 それが、どこから来ているのか分からない。

 だが、それは確かに存在していて、どんどん大きくなっていく。


 海翔は、意識を失う直前の感覚に近いものを感じた。

 これは現実だろうか?

 それとも、すべてが狂気の中で紡がれた夢なのか。


 目の前に広がる闇に、すべてを引き込まれそうな感覚が広がる。

 それでも――


 ――振り向くことはできない。


「海翔」


 突然、前方から、静かな声が届いた。

 その声は、まるで声が響くことさえないかのように静かで、無理に発せられたように感じられた。


 そして、その声を発した者――


 白雪八重が、目の前に立っていた。


 彼女の姿は、最初はぼんやりとした影に見えたが、次第にはっきりと輪郭が浮かび上がった。

 その姿は、まるで幻想のように儚く、現実に存在しないかのように美しくも恐ろしい。


「……八重」


 海翔は声を絞り出す。

 その口調には、明らかに驚きと恐怖が混じっていた。

 でも、彼はそれを隠すことができなかった。


 八重の目が、無言で海翔を見つめる。その瞳の奥には、何かがうごめいているようだった。

 まるで、彼女自身が存在しないもののように感じられた。


「どうして……こんな場所に?」


 海翔は問う。

 だが、八重は答えることなく、ただ彼に近づいてきた。

 その足音は、まるで音も立てずに――


 突然、海翔の目の前に、一枚の古びた写真が現れた。


 その写真には、八重と一緒に写っている人々の顔が写っていた。

 だが、それらの顔はすべてぼやけていて、何も識別できなかった。


「これ、誰だ……?」


 海翔が写真を手に取ろうとすると、写真はふわりと浮かんで消えた。


 その瞬間、再び、耳鳴りが響き渡る。

 全身を支配するほどの強烈な音が、耳の奥に侵入してきた。


 海翔はその音に耐えきれず、叫び声を上げた――


 その叫びが、再び消えていった。


 ――その時、空間が急激に歪み始めた。


 何もかもが、歪んで見える。

 壁が沈み、床が裂け、空間が消えていく。

 まるで、すべてが瞬間的に崩壊していくかのようだった。


 その中で、八重が一歩踏み出し、海翔の前に立ち止まる。

 その瞳は、どこか懐かしく、そして――深い哀しみに満ちていた。


「忘れられることって、こんなにも怖いことだと思う?」


 その問いに、海翔は答えることができなかった。


 ただただ、心臓が苦しくなるのを感じるばかりだった。

 彼の中に、八重の言葉が、深く突き刺さる。

 消えたものは、二度と戻らない――そんな恐怖が、静かに広がっていった。


 そして――


 彼の体の中から、何かが消えていくのを感じた。



 ここまで読んでくれて、ありがとう。


 『悲病語』は、感情に潜む"異常"をテーマにした物語だ。

 これは単なる怪異譚ではない。

 ホラーであり、ミステリーであり、そして――感情の物語でもある。


 私たちは日々、多くの感情を抱えて生きている。

 だが、その感情が誰かに"喰われる"ことがあるとしたら?

 あるいは、気づかないうちに、"誰かの感情"を喰らっているとしたら?


 この物語を通じて、君の中に何かが残れば嬉しい。

 "恐怖"でもいい。"共感"でもいい。

 あるいは、"喪失"でも。


 次の章では、さらに恐ろしい"異常"が待ち受けている。

 それがどんなものかは――まだ語れない。


 だが、一つだけ言えることがある。


 "彼女"はまだ、完全に戻ってきてはいない。


 次に待つのは、さらなる深淵だ。

 もし君が、それを覗く勇気があるなら――また会おう。


 では、また次の章で。

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