地獄の鬼異世界の兵士と出会う
森の奥へと歩を進めていくと、大嶽丸の鋭敏な耳に金属音が微かに響いてきた。それは剣の鞘が揺れる音や、鎧が擦れる音に違いなかった。音の主を探すべく、彼は注意深く木々の間を進む。やがて、開けた道に数人の兵士が歩いている姿を見つけた。彼らは全身を鎧で覆い、剣や槍を携えている。その顔つきには疲労の色が見えたが、油断はしていない様子だ。
「この世界の秩序を知るには、彼らに話を聞くのが手っ取り早いか…」
そう判断した大嶽丸は兵士たちへ近づこうとした。しかし、彼は自分が鬼の姿のままであることを忘れていた。
森の木陰から姿を現した瞬間、兵士たちはその巨大な体躯と赤い肌、鋭い牙を持つ異形の存在に目を見張った。
「な、なんだあれは!」
「オーガか!? いや、ただの魔物じゃない!」
兵士たちは驚きと恐怖で後ずさりながらも、瞬時に剣を抜き、大嶽丸に向けて構えた。
「待て。俺は――」と大嶽丸が口を開こうとしたが、兵士たちは話を聞く余裕もないようだった。
「喋るオーガだと!? 何か企んでいるに違いない!皆、構えろ!」
兵士たちは叫び声を上げながら、大嶽丸に襲いかかろうとする。だが、大嶽丸は無益な殺生を嫌っていた。彼は冷静に彼らの動きを見極めると、その場で身体を翻し、鋭い動きで剣をかわし続けた。その動きはまるで風そのものであり、兵士たちはその圧倒的な俊敏さに圧倒された。
「こいつ…ただのオーガじゃない…!」
「今までの魔物とは比べ物にならない!」
次第に兵士たちの顔には恐怖が広がり、攻撃の手も鈍り始めた。彼らの戦意が完全に失われたことを察した大嶽丸は、静かにその場を離れることを選んだ。
「話すどころではなかったな…人の姿を取るべきだった。」
そう反省した彼は、一度森の中で人間の姿に化け直し、しばらく時間を置いてから再び兵士たちに接触することにした。
その後、再び森の奥で同じ兵士たちを見つけた大嶽丸は、今度は慎重に接触を試みた。人間の青年の姿となった彼は、木陰から現れると、わざと疲れたような足取りで兵士たちの目の前に出た。
「すみません…助けてください…」
その声に兵士たちは一瞬身構えたが、すぐに彼の姿を確認すると警戒心を少し緩めた。
「なんだ、ただの人間か…」
「さっきのオーガとは違うようだが、念のため聞く。この辺りで何か見なかったか?」
兵士たちが再び武器を構えそうな気配を察した大嶽丸は、あえて記憶喪失を装うことにした。
「わからないんです…気がついたら森の中で倒れていて。ここがどこなのかもわからなくて…」
その言葉に、兵士たちは顔を見合わせた。
「記憶喪失…?何かに襲われたのか?」
「この森は魔物が多い。奴もその犠牲者かもしれない。」
兵士たちはようやく剣を収め、大嶽丸の言葉を信じる態度を見せた。そして、一人の兵士が彼に水を差し出しながら尋ねた。
「ここがどこかもわからないって言ったな。…ここはレオステラの国境地帯だ。森の外には砦があるが、魔物の被害がひどい場所だ。」
「レオステラ…?」大嶽丸は聞き覚えのない名前に内心驚いたが、表情には出さずに続けた。
「砦には行けますか?記憶を取り戻す手がかりを探したいのです。」
兵士たちはしばらく顔を見合わせた後、
「まあ、ここに放っておくわけにもいかない。砦まで連れて行ってやるよ。」
そう言って、大嶽丸を案内することにした。
砦へ向かう道すがら、兵士たちは人間の姿を取った大嶽丸を怪しむことなく、森の危険や魔物の脅威について語った。大嶽丸はそれを聞きながら、この世界の状況を把握しつつあった。彼は密かに、自らがこの地に導かれた理由を探るための一歩を踏み出したのだった。