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11、まっすぐなグリーンアイ

 レオンが帰ってきたのは晩餐の直前だったので、詳細を話せませんでした。アルマンとマルグリットの子供ですと正直に伝えたことで、ある程度は察したのでしょう。ローランを見て、顔をしかめていました。


 いけませんよ、あなた。子供は傷つきやすいのです。悪いのはアルマンとマルグリットであって、かわいそうなローランではないのですよ。


「ところで、ノエルはどうしたのだ?」


 レオンは口ひげについたスープを拭いながら、尋ねました。最近、グレーのヒゲが白っぽくなってきて、またそれもよし、ですわね。


 ノエルは晩餐の席に姿を現しませんでした。急遽、食事を一人分増やしてもらうため、子供たちから目を離したのが徒労に終わりましたね。

 

「あとでお話しします」


 ローランはピクッと、わずかに体を震わせました。


 状況を精査していないので、正確にお伝えすることができません。ローランの前で、ノエルに損な情報だけを言いたくなかったのもあります。

 あんなことのあとなのに、ローランの食欲は旺盛でした。


 ケガのダメージが深部まで及んでいる場合、食事どころではないはずです。精神的なダメージも(しか)り。たくさん食べられるのは健康な証です。

 わたくしは胸をなでおろしました。いろんな意味で不健全な子が子供らしい一面を見せると、保護心が湧きます。


 身長がノエルより数センチ高いのにもかかわらず、ローランの体重はノエルより軽いと思われました。痩せ過ぎ感は否めません。裸を見るまで、痩せていることに気づかなかったのは、わたくしの観察不足です。彼は着太りするタイプでした。


 ひょっとしたら、まともに食事を与えられていなかったのでは?――と、疑心が浮かび、わたくしは慌てて打ち消そうとしました。


 華美な服を着せ、朝から晩まで専属の教師をつけているという話でした。マルグリットはアッパークラスを狙う教育熱心な母親ですもの。食事をおろそかにするなんてことは……

 そこまで考えて、わたくしは気づきました。それこそ、なんの根拠もないです。教育する金があるなら、食べるのには困らないはずだと、わたくしは勝手に決めつけていました。教育<食事という真っ当な考え方が、すべての親に当てはまるとは限りません。


 マルグリットは小さな子に暴力を振るう、あるいはそれを黙認するような人です。借金があるからと育児放棄して、親戚の家に子供を置き去りにするような人ではありませんか。


 わたくしは偏見と感情で憶測するのをやめました。目の前に虐げられている子供がいたら、助けなくてはいけません。

 今日一日預かったら、レオンと相談してローランを送り返すつもりでしたが、気持ちが変わりました。


 食事もまともに与えられず、暴力を振るわれている子を見捨てたくありません。


 夫婦のベッドにて、わたくしはローランをしばらく預かりたい旨、レオンに伝えました。

 ランタンの淡い光に映し出された旦那様は、衰えの知らぬ筋肉を薄い夜着で覆っています。この筋肉、さわり放題なんですよ。血管の浮き出た上腕筋も、カッチカッチの大胸筋も、六つに割れた腹筋も……妻にだけ許される特権ですわね。

 それはさておき、レオンは険しい顔になりました。


「君がそうしたいと言うのなら構わないが、容易ではないよ」


 承知していますとも。レオンには今日一日の顛末(てんまつ)を話しておりました。


 補足として、乳母の子の証言も付け加えています。夕食のあと、わたくしは聞き取りをしました。


 乳母の子の話では三人で遊んでいたところ、ローランが意地悪をしてきたといいます。


 ノエルに対してではなく、乳母の子に対してです。

 この心理は理解できました。使用人の子と遊ばせない貴族の奥様は多いですから。言葉遣いや所作に悪影響が出るとお思いなのでしょう。ノエルも“おれ”とか言い出したので、影響は皆無ではありません。わたくしは、かなり寛容なほうなのです。

 

 子供が差別意識から意地悪をするというのは、自然な流れでした。度を超えていなければ……。


 最初は口で罵倒するだけだったのが、転ばせてきたり叩いてきたり、物理的な暴力に転じたそうです。  

 あげくの果てに、下げていた飾り物の剣を振り上げたので、ノエルが止めに入りました。飾り物といえども、突き刺せば命を奪えますし、金属ですから木剣より危険です。


 しばし、打ち合いになり、ノエルがローランの肩を打ってしまいました。すると、ローランは「よくもやったな!」と短剣を抜きました。そして、生け垣の葉を切り落とし始めたのです。

 わたくしが駆けつけた時、地面にたくさんの葉が落ちていたのは、もみ合っていたからではなかったのですね。


 この行動は不可解でした。レオンに聞いたところ、挑発行為と返ってきました。ノエルがさらなる一撃を与えてくるのを、期待したのだといいます。ローランの目的は被害者になることでした。


 「やめろ」という声をわたくしが聞いたのは、この時だったと思われます。乳母の子は助けを呼びに行き、その後のやり取りは見ていませんでした。


 新しいケガは肩以外にありませんでしたし、ノエルは挑発に乗らなかったのでしょう。わたくしの足音を聞いて、被害者ぶるためにローランはしゃがみ込んだのかもしれません。


 ノエルに非はありませんでした。

 それなのにわたくしは、ノエルが悪いと決めつけて叱ってしまいました。後悔先に立たずとはこのことです。わたくしは愛息子を悪者にし、彼を害した人をかばいました。最低な母親です。

 

 聞いたあと、すぐにノエルの寝室へ行きましたが、時すでに遅し。もう就寝していました。誤解したことを謝罪し、抱きしめてあげたかったのに……


 ですが、腑に落ちない点があります。

 どうして、ノエルはあの時、だまっていたのでしょう?

 正当防衛ですし、乳母の子という証人もいます。わけを説明すればいいだけの話ではないですか。


 旦那様は、わたくしの目の下に指を這わせます。にじみ出る涙は甘かったでしょうね。優しく説明してくださいました。


「いいかい? ルイーザ。ノエルはローランと幼なじみを守ったのだよ」

「どうして? 幼なじみはわかりますが、ローランは自分に汚名を着せようとした相手ですよ?」

「ローランというよりか、矜持(きょうじ)を守りたかったのさ。弱きを助け強きをくじく……自分の信念を貫きたかった」


 まっすぐなグリーンアイは、わたくしを温かく守ってくださいます。強い心がノエルに引き継がれたのは、とても喜ばしいことでした。


「本当のことを言えば、ローランは追い出される。共に育った乳母の子にも、迷惑をかけることになるだろう。ローランが何を言うかわからないからね。貴族の子に逆らったなどと、悪評を吹聴されては居づらくなる」


「でしたら、ローランを預かることで、ノエルを傷つけることにはならないでしょうか」

「いいかい、ローランはノエルが不利になると知って、自分が打たれたことしか言わなかった。ノエルはそんな奴をかばったのだよ」

「ええ。誇らしく思います」


 そうですね、あなた。かしこまりました。わたくしは別の覚悟をすることにしましょう。あなたに似て気高いあの子なら、きっと大丈夫。


 オレンジ色の光に包まれたベッドは、幸せに満ちていました。何があっても、このポカポカした場所に戻ればいい。わたくしは愛息子を信じることにしました。


 こうして、ピヴォワン家でローランを預ることになったのです。

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