第5話 とっとと退散ですがなにか?
いきなりの追放に、さらに婚約破棄を宣言されて。
よよよ、と打ちのめされたようにその場を離れる私を、遠巻きに見守るように、コソコソ話が聞こえてきた。
「ミレーネ様は間違ってないわ。婚約者のいる男性に対して、あの娘はあまりにも気安い態度でしたもの。自分で刺繍したタイやハンカチを差し上げたり。身に付ける小物に刺繍を入れて差し上げるのは婚約者のみに許された行為ですのに」
「お礼と言って舞踏会でサッシュベルトに差す生花を選んで欲しいと言ったそうですわ。破廉恥な」
腰につけるサッシュベルトとか、そこにつける装飾品を贈るとか求めるのは、……つまり深い仲になりましょう、という意味で。
もっとも、ヒロインは世間知らずなふりをして、そんな隠喩知りませんでした、って装ってて、男性側はそんなこと知らずに『うぶだなぁ』『他の人には言っちゃいけないよ』なんて苦笑しただけだと思うけど。
というか、シナリオにあったし、その場面。
意味を知って赤面するヒロインを、分かってるよ、という笑顔で見守るフレデリック様のスチル、あったし。
「ええ、そもそもミレーネ様は一度二度注意した程度で、それでも態度を改めないことに呆れて『関わらず放っておきましょう』と仰っていらしたくらいですもの」
「『フレデリック様もいつかは分かっていただけるはずですわ』と仰って、逆に私達を宥められていらしたのに、こんなことになるなんて」
そこ、強調!
つまり、私は苦々しくは思っていたけど、放置してた、というスタンス。
注意を促しても聞く耳持たない、貴族の常識が分からない平民育ちの少女。
彼女にのぼせ上がって、こちらも聞く耳持たない世間知らずな王子。
そのうち分別もつくだろう、学園生活の範囲でなら多めに見よう、と寛容な態度でいたのに。
公衆の面前で、証拠もなく一方的な証言だけで婚約者を糾弾するその姿に落胆し、グダグダ言い訳するのを良しとせず、諦めて身を引いた悲嘆の伯爵令嬢。
世間一般の認識を、ここに持って行きたかったのよ!
あとは、ピーチクパーチク、そこらじゅうで噂してくれるのを期待!
まあ、シナリオ通りなら、このあとヒロインの出生が明かされて、めでたく婚約の運びとなるんだろうし、そうなれば表だって非難も出来ないだろうけど。
だからこそ、水面下で陰口……もとい、噂話は広がる、一時的でも。
そのうち、ドラマチックなシンデレラストーリーに飲み込まれて、運が悪かった『だけの』伯爵令嬢の存在は、もしかしたらちょっと悪役令嬢になるかもだけど。
いいのよ。公的に瑕疵がなければ。
追放された、のではなく、自ら身を引いた、という記憶が残れば。
それでお兄様の将来に傷がつかなければ御の字!
あー、王宮の舞踏会でなくてホントよかったわぁ。
学園のイベントだからって、来賓はなし、参加者も学生に近い年代の親族や友人知人に限ってるから、王子であるフレデリック様を諌めることができる人は皆無。
国王陛下や王妃様がいたら絶対途中で止められていたもんね。
だいたい、第二王子のフレデリック様に私を追放するとか退学させるとかの権限は、ない、実際は。
婚約破棄ですら、政略によるものだから怪しい。
でも。
私が、婚約者の公の場での暴言に対して、傷心を抱えて学園を辞めて領地に帰ったとすれば、少なくとも王家の歩が悪い。
私は爵位的にも縁故関係的にも、軽んじてよい存在ではない。
そのままなら、元通りにされてしまうかもしれない。
けれど、ここでヒロインの出生の秘密が生きてくる。
どこの侯爵家か忘れたけど、この騒ぎでヒロインの存在を知ったどこかの侯爵様が、『我が子かも』と名乗り出てくるのだ、たしか。
で、調査したら、ヒロインを拾って育てた家族の証言やその他諸々の状況、何より死んだ妻に瓜二つという侯爵様の確信により、晴れて侯爵令嬢としてフレデリック様の婚約者となる、流れ。
幸い元の婚約者は身を引いてるし、侯爵家からの要望もあるし。
とりあえず、四の五の言わず、さっさと領地に退散しよう。
問い合わせがあったら、しおらしく『仰せのままに。おしあわせに』と返答するとして。
まあ、最初は叱られると思うから、フレデリック様、きっちり油絞られてきてね!
そっちが浮気しておいて、人前で散々人を貶したんだから、そのくらいの制裁は受けてもらおう!
ま、分かってて放置しておいたんですけどね。
最愛のお兄様にすがりつくようにして退場する私に哀れみのこもった視線が送られているの感じた。
「おいたわしや、ミレーネさま。あんなに憔悴されて」
内心飛び上がっていますけどね!