え、誰
3、願い、始まり
「お願いがあるんだけど‥」
少しドキッとした。
「めんどくさいなら聞かないからね」
「わかった。今日の夜ね、お兄ちゃんの大学の友達が家に来て、なんかわいわいしていくらしいの。」
「だから?」
「だから、今日の夜ご飯の買い出しに付き合ってほしい!!」
桜は、どうしてものお願いっと言うばかりに、両手を合わせていた。
「それじゃあまんじゅうひとつおごって。そしたら手伝ったげる。」
いつも、人のお願いは引き受けていた。
それゆえ、今考えると損をしたことも多かったが
桜なら、大丈夫。
そんな桜の存在に、密かに感謝した。
桜の家の近くにあるスーパーで買っては運び入れ、それを繰り返してなんとか約束の5時までに終えた。
ふぅ、という達成感のため息とともにソファーに座り込む。
はい、これ。約束のまんじゅう!ゆう?ゆーう?
と買ってきた桜の声が遠くなり、私はソファーに倒れ込んだ。
4、思いがけなかった音
なんだろう。うるさい。騒がしい。
沢山の人の声が聴こえる。誰の声だ?
涼香か?
とにかく人のいないところへ行こう。
そう思うとともに、私は目を開けた。
その瞬間、私は寝ていたことを理解した。
目の前に、黒髪の顔立ちのきれいな男性が、私を心配そうに見つめていた。
「え、誰」
そのまま辺りを見渡すと、数人の大人と、桜の兄らしい人と、桜の姿が見えた。
「お、おきた?おはよう。」
ゆったりした口調。見た目は桜に似ているが、性格は正反対の桜の兄、翔さんだ。
「ごめんね〜、桜。寝ちゃったからベッドまで運ぼうと思ったんだけどしょーが起こすと悪いって聞かなくてさ。驚いたでしょ。」
その瞬間、私はすべてを理解した。
ここにいる桜以外の人は翔さんのお友達、つまり
大学生だ。
一気に知らない人からの視線が集まる。
ゆうが一番敵とする場面だ。
どうしよう、喋れない。何を話す?
自己紹介かな?いや、きっと事故紹介になる。
すると目の前の黒髪の男性とずっと目があっていたことを思い出し、思わずフッと勢いよくそらしてしまった。
そして慌てて座り直す。
そうした後で気がついた。やばい、失礼なことをした。そうしてまた焦る。パニック。すると、
黒髪の人が
「ご、ごめん。翔のうちに来たら、桜ちゃんじゃなくて君がソファーに横たわっているから、
まさか意識じゃないんじゃないかと思って‥」
黒髪の人が、少し焦りながらもいまだ心配そうに喋りかけてきた。
すると翔さんが
「ばぁか、こんなところで意識を失っている女の子がいると思うか?それにこのおせっかいの桜がほっとくと思うか?普通寝ているってわかるだろ。
そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
と、淡々と説明していた。そして最後に、黒髪の人が
「そうだよね。そんな簡単に、人は死ぬわけにはいかないよね。」
と、小さい声でいった。
そして、ごめんね、とばかりに手を合わせてほほえみ、みんなのもとへ戻っていった。
なんで私だけ生き残ったんだろう。未だに納得はしていない。
どうせなら、一緒に逝けばよかった、そう思うときもないと言えば嘘だ。
けれど、いま一瞬だけ、許されかけたような気がする。完全ではない。
「人は簡単に死ぬわけにはいかない。
人生ではやりたいこと、やらなければいけないことがたくさんあるから。」
私の心に、きれいな音がした。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、
まっすぐ生きていいんだよ。と言われたような気がした。もちろん、その人はそんな重たい意味でつもりで言ったんじゃないってわかってる。
桜が、「佐村木さあん!、肉焼けましたよおー!早く来てください!あ、ゆうもゆっくりしていってね。」
と言ってくれた。
黒髪の佐村木さんは、「うん、行く!」
という短いちょっと幼い返事で走って行った。
いろいろな人たち。それが重なり合って音になり、響く。
ゆうの人生にどんな音を鳴らすのか、
見守っていただけると嬉しいです。