私はただの令嬢ですが?
「マローメ! やっぱり……」
王都にある貴族学校へ転入した私の挨拶は、途中で邪魔された。
生徒達の、驚愕と恐れの声で。
「……何がやっぱりですか?」
「……いえ、何でもありません」
私の挨拶を邪魔してまで、何を確認したいのだろう?
名前がマローメなのが、余程、珍しいのかしら?
「今は挨拶の途中です。私語は謹んで下さい」
「いえ、構いません。自己紹介はもう終わりましたから」
「そうか? ……なら、席の案内に移るとするか」
気にはなるが、ワザワザ問い詰めるのも礼儀に反する。
第一、私は今日、この学校に来たばかりだ。
彼はきっと、別の誰かと勘違いしてるのだろう。
それならすぐ、別の人だと分かってくれる筈。
こちらから事を荒立てる必要もないし、今は大人しくしておこう。
席に座り、これから行う授業の説明を聞く。
その間も、何人かの生徒がチラチラと見てきた。
……初対面なのに、どうして気になるのかしら?
疑問に思いながらも、淑女らしく無視する事にした。
何日かすれば、きっと収まるだろう。
その望みが、いとも容易く裏切られると知らずに。
そもそも、私は王都の貴族でない。
バルデリ辺境伯、つまり国境沿いにいる貴族の娘だ。
辺境の治安を維持する、国防の要と言われる家。
その娘として、近くの貴族学校で育てられてきた。
前の貴族学校での生活は、ずっと過ごしやすかった。
出席している子息令嬢は顔見知り、友達として過ごしてきた。
学校が潰れ、離れる時も、再び揃ってお茶会をしようなんて約束する位。
……あのまま、父の提案を聞いておけば良かったのかな。
「マローメ、後一ヶ月で学校にいられなくなる。よって、別の学校に転入するか、家庭教師を付けるか選んでもらう」
「そんな……どうしてです?」
「人が足りず、運営の為の費用が賄えないのだ。遠方から呼ぶ教師の費用も嵩む。それなら潰して、他の学校と合併する方がいいだろう」
「残念ですが……仕方ありませんね」
居心地の良かった場所が無くなるのは残念に思う。
けど、そこで無理を言っても仕方がない。
別にそれで人生が終わる訳ではなく、別の道を歩むだけだ。
「それに、悪い事ばかりではないぞ。政府が、途中まで払った学費が無駄にならない様にしてくれるそうだ。転入する学校の学費を無償にしてな」
「では、私はそちらに?」
「そうしたい所だが、ちと遠くてな。寮で生活する事になる。不慣れな土地で大変だろうから、家庭教師も考えたのだが……」
「構いません。私、転入します」
そうして私は、アンデオル貴族学校に転入した。
国境沿いから王都まで移動してまで。
個室ではあるが、知らない学生の寮に住む覚悟を決め。
なのに、迎えた初日は失望に終わる。
これでは、前の学校の様に友達を作る、なんて出来ませんわね。
授業が終わり、次の授業までの僅かな休憩。
先生がいなくなってから、私に向ける目線は更に厳しくなった。
それどころか、ヒソヒソと噂話まで。
「……間違いないわよね? マローメと言ってたし」
「上だけだろ? 最後まで聞けてないし、何とも言えないよ」
「よくも堂々と、私達の学校に入れたわね。教師は何をしてるのかしら」
「やめてよ、まだ決まってないし」
あきらかに私が別のマローメだと決めつける人。
疑いはしても、近付いて確かめようとしない人。
ただの勘違いだと話し、自分を納得させてる人。
ほんの少しの間に、様々な話が飛び交った。
……そして、話の中に気になる所があった。
「やっぱり本物よね? あんなに美人だし」
「だよね、でないと、あんな事はしないし」
私が、美人?
確かに王都の人達とは、少しばかり顔立ちが違うと思う。
けれど、それだけで美人とは言えない筈。
前の学校でも、精々、中くらいだし。
恐らくだけど、そのマローメという人は、美貌で何かしでかしたのだろう。
男を誘惑したとか、婚約者に不倫を誘ったとか、そんな感じの。
そんな人と間違われるなんて、不幸なのか何なのか。
美人と言われて気分が悪くなるなんて、初めて知ったわ。
この最悪な印象で始まった転入の日は、何とか無事に過ごせた。
挨拶を除いて、一度も口を利かないお陰で。
……こんな事なら、家庭教師を雇えば良かったわ。
それからの彼女は、学校生活を無言で過ごした。
挨拶や、最低限の会話だけで済ませ、深く立ち入らない様に。
一ヶ月後、彼女はそれでも寂しさを感じたまま。
少しでいいから忘れようと、休日を使って里帰りする事にした。
「……勘違いで無視を一ヶ月? 最悪だなぁ」
「それ、虐めだよ。先生に報告した方がいいわよ」
そう話すのは、家に招いた元・同級生。
離れ離れになった友達に会おうと、家に呼んでおいた。
皆でお茶会を楽しめば、少しは気が楽になると思うから。
……こうして本音で話せるの、随分と久し振りね。
「辺境伯の令嬢ともあろう人が、その程度で弱音を? お断りですわ」
「そう言わないの。話してみたら案外、すぐに解決するかもよ?」
「気持ちは分かるぜ。まっ、気が向いたらで大丈夫だよ」
「気が向いたら……考えておきますわ。それより、このお菓子は誰も食べないのです?」
「あっ、なら俺が」「ちょっとぉ~」
毎日の授業はいつまでも終わらない。
なのに、お茶会の時間はあっという間。
友達と、何の気兼ねなく話せる時間はそう来ない。
……また、明日から学校と考えると。
気分が落ちても学校は続く。
立派な淑女となる為の教育は、何があろうと学ばねば。
父上は学校にいる間、婚約者を探しておけとも言ってたけどね。
この感じでは、婚約者どころか友達すら不可能よ。
そうして半年、漸く一人の学校生活にも慣れた頃。
私の今後を大きく変える事件が起こった。
外国の学校へ一時、出国していた王子が戻って来たから。
ジレット王子、私と名前だけ同じ人が迷惑を掛けた王子が。
ジレット王子が帰国する数日前、私はランジュという令嬢に呼び出されていた。
学校のサロンに招待され、紅茶を囲いながら。
「どうぞ。アンタなんかに紅茶は勿体ないけど、マナーだもの」
「それはどうも。……どうして私を?」
「惚けてるの? まぁ、今まで大人しいフリをしてたものね。教えてあげる。邪魔だからよ」
「邪魔って……私、何もしてないけど」
「何も? ……そこまで言うなら、今後もしないで。ジレット王子は私と婚約を結ぶの。いい?」
「話はそれだけ? 私は構わないけど……」
「良かった。でも、アナタの事だから、後で裏切るかもしれないわよね? だから、いい話も持って来たの」
「……はぁ」
「協力すれば、貴女の家に援助するわ。幾ら辺境伯でも、国防だけでは生活してないでしょ? 政治や商売は、侯爵家の私に頼るの。いい?」
あくまで私の方から、はいと言わせたいらしい。
けれど、この話は私にとっても好都合だった。
ここへ転入したのは婚約者を探す為なのに、誰一人として声を掛けられていない。
なら、代わりに侯爵家と繋がりを持てれば、お土産代わりにはなる筈。
「構わないわ。私、王子には興味ないの」
「嘘仰い。……それが本音である事を祈るわ」
その後は他愛もない話で、お茶を濁して終わる。
……厄介な事にはなったけど、結局は王子様と会わなければいいだけ。
そうすれば、いつもの日常に戻るわ。
その日常は、ジレット王子が帰国する日までしか続かなかった。
「君は……マローメなのかい?」
彼の帰国を称える会が終わり昼休み。
なぜか、彼の方から話し掛けて来た。
……困るわ、アナタと話すだけで怒られるのに。
「えぇ、マローメです。では……」
「待ってくれ」
呼び止める彼を無視し、私は教室を出た。
困るわね、今まで昼休みは椅子でジッとしてれば済んだのに。
もし、彼と会話して怒られたら、学校にいられなくなるし。
……まぁ、暫く無視すれば、向こうから離れていくわ。
その考えが甘いと思い知らされるのは、数日後の事であった。
「マローメ、話がある」
いつもの放課後、彼から離れる様に帰る私を引き留めてきた。
腕をしっかり掴まれ、振り解こうにも力が足りない。
……ワザとではないし、恨まないでよね。
「……何でしょうか。私、忙しいので」
「すぐに済む。こちらに来てくれ」
連れて行かれた場所は、学校のサロン。
中にいた人を出してまで、二人きりになりたい様子。
……コレ、後で彼女に問い詰められるでしょうね。
ソファに並んで座り、彼がしっかり私を見てる。
当然、意識せざるを得ないけど……恥ずかしいわね。
今まで見てきた中で、一番の色男が隣に座ってる。
そう考えると、顔が赤くなる気がした。
銀の流れる様な髪の中、純真な青い瞳に見つめられる。
色っぽい唇は、けれど固く閉じられたまま。
どうしても私から、話させたいみたいね。
「……先程も言いましたが、私はマローメ、バルデリ辺境伯の娘です。それが何か?」
「辺境伯……おまけに姓も違うな。ならどうして、ここに転入した?」
「前に通っていた学校が、運営費用を賄えなくて潰れましたの。それだけです」
「なら……本当に、勘違いという訳か」
何があったのか知らないが、誤解は解けたみたい。
なら、後はここに長居する必要もないわね。
「分かってくれた様で助かります。後は、用事がなければこれで……」
「どうして、違うと言わなかった?」
「……面倒だからですわ。それに、淑女がみだりに騒ぐなど、父の教えに反します」
「だからって、名前を言うだけで解ける誤解を放置するなんて……お茶、飲んでいかない?」
「……お茶?」
突然、何を言い出したかと思えば、すぐに紅茶を注ぐ準備をし始めた。
どうやら、彼は何としてでも、もう少しだけ話をするみたい。
あまり長居したら、彼を狙ってる令嬢に怒られそうだけど……。
まぁ今更、手遅れだし、もう少し居ても変わらないわよね。
「……話したいなら、そう言って下さればよいのに」
「すまない。でも、どうしても気になって。アイツだと誤解されても我慢したまま、なんて令嬢がどんな人か気になって」
「ただの辺境伯の令嬢ですわ。それに、話せるとしても地元の話位ですけど」
「いいよ、僕が聞きたいだけだから」
そうして私は、ここへ来るまでを話し始めた。
家族の話、前の学校の話、そして、ジレット王子と出会うまでの話を。
全て聞き終わった時、漸く彼はホッとした顔を見せた。
「名前を変えたか、もしくは別の家に移り込んだと思ったけど……本当に違うんだね」
「……まだ疑っていたのですか?」
「ごめんごめん、どうしても気になって。……ありがと、聞けて良かった」
「そうですか。なら……もう二度と、話し掛けて来ないで下さい」
そうして、私はサロンを後にした。
午後の授業から、周りの雰囲気は最悪になった。
前は挨拶を返す程度には会話もあったが、それすらもない。
完全な無視を決めこまれ、周りから誰もが離れていった。
……でも、今更、誤解を解くには遅すぎるわよね。
もしかしたら、今からでも遅くないのかもしれない。
教室の皆に事情を話せば、向き合って貰えるかも。
そう考えもしたけど、結局、黙っている事にした。
どうせ今までも無視されてたのは変わりないし。
こうして、私の新しく寂しい日々が始まっていった。
「なぁ、本当にジレット王子を誑かしたのか? サロンへは彼から連れて行ったのだろ?」
「確かに見たけど……でも、今から聞きに行く? それでマローメから恨まれたらどうするのよ」
「姓が違うから別人だとも思ったけど……しっかり王子様を掴まえてるなんて。本物よね?」
「あんな令嬢、関わりたくもないわ。さっ、行きましょ」
聞こえてないと思っているのか、それともワザとなのか。
たまに、私を揶揄したり、恐れたりする話が聞こえた。
面と向かって言ったり、対立はしなかったけど……。
それでも、前よりも雰囲気は最悪になっていった。
虐め、でないけれど、確実に嫌われてる。
そう思わされるには十分過ぎた。
辺境伯の令嬢という立場が故に、表立って歯向かわなかったが。
……こんな形で名家の有難さに気付けるなんて、皮肉よね。
そして更に最悪なのは、一人だけ、私に関わる者がいる事。
本人としては、私を助けるつもりでいるのだけど。
「おはよう、マローメ。今度、僕の家でお茶会をする事にしたのだけど、君もどう?」
「お断りしますわ、王子様」
「ジレットでいいよ。ここにいる間は、ただの同級生だから」
あの日、彼が私をサロンに連れてから、なぜか距離を縮めてきた。
それこそ一部の令嬢は嫉妬し、私を目の敵にする程。
表立って敵対すれば彼や先生に見つかるので、直接は虐められてはない。
けれど、段々と悪口や陰口を言われたりしてきた。
それでも、不思議と嫌がらせは来なかった。
正確に言えば、一度だけ嫌がらせを受けた事はある。
私を呼び出し、近付くなと言ってきたランジュとは違う令嬢が。
机の上に阿婆擦れだと、悪口を書いていた……らしい。
後から報告されただけだから、実際に何を書いていたかは分からないけど。
その令嬢にとって最悪なのは、見つけたのがジレット王子という事だ。
放課後、何かを企む目線で私の机を見ていたから気付いたらしい。
当然、彼女は退学になり、それが最後の嫌がらせになった。
こうして私の学校生活は、不穏ながらも平和に過ごしてる。
「……なんか、凄い事になって来たな」
「良くは無いと思うけど……王子様が助けてくれるなら、悪くも無いと思うわ。第一、お父様から、学校で婚約者を探せと言われてるでしょ?」
「そうだけど……相手が相手よ。私なんかが簡単に決めれる訳ないでしょ?」
「だよなぁ……」
久し振りの里帰り、私は友人へ相談する事にした。
楽しいお茶会のお話には向かないけど、それでも話したかった。
どうすれば彼との関係を解消させられ、そして無事に過ごせるかを。
「第一、王子様は私を気遣ってるだけよ。婚約なんて無理に決まってるわ」
「だから離れたいと? 嫌がらせを止められる力を持ってるのは、あの人だけよ」
「ここは穏便に……今からでも説明すれば、クラスの人も聞いて貰えるかもしれないぜ?」
「それは私も考えたのだけど……厄介な人がいるのよ。侯爵家の令嬢で」
王子を狙い、邪魔をするなと言ってきたランジュが。
今はまだ、王子が近くにいるから手は出してない。
けど、もし王子と穏便に離れられて、生徒の誤解が解けたとしても、彼女だけは納得しないだろう。
「彼女、前から何度か王子にアピールして……全て失敗しているの。それが私のせいだと」
「勘違いも甚だしいわね……」
「そう思うけど、話しても絶対に納得しないわ。むしろ怒りそう」
「……俺も一緒の学校に転校しとけばなぁ」
「気持ちだけで十分よ。……折角、王子と婚約できる機会を私が奪ったなんて。離れたら真っ先に襲ってくるわ」
「王子に? 君に?」
「両方よ。もし、それで家にまで圧力を掛けてきたらと思うと……」
彼女は協力するなら、家に援助をすると持ち掛けた。
それ程の実力もあるし、嘘やハッタリでないだろう。
ならば、逆に家へ嫌がらせをする可能性もある。
学校内の話なら、私だけで何とかするつもり。
けど、それで家族に迷惑を掛けるのは……。
「……いっそ私達の所に転校する? もしくは家庭教師を呼ぶとか」
「貴族としての教養や作法を学ぶなら、俺達の所でいいだろ? アリだと思うぜ」
「……確かに! その程度なら、ギリギリ父も許すと思うわ!」
「説得する時は、私達から誘われたと言いなさいよ。淑女は騒ぎ立てないと煩い父も、納得してくれるわ」
こうして私は、友達の所へ転校する事に決めた。
幾らジレット王子や有力貴族がいても、婚約が出来ないなら居る意味がないしね。
友達とのお茶会が終わった後、父へすぐに相談する。
多少は反対されたけど、何とか説得も出来てホッとする。
……これがランジュを怒らせると、今の私は夢にも思わなかった。
里帰りした数日後の放課後、私はジレット王子をサロンに誘った。
あまり関係を持ちたくなかったが、別れるなら問題ないだろう。
それに、学校での生活が平穏に過ごせたのも、彼のお陰。
「珍しいね。いつもは誘っても来なかったのに」
「話したい事がありまして。それとお礼を」
「お礼? そんな、僕は何も出来てないよ」
「隣に居てくれたお陰で、私は平穏な生活を送れましたわ。貴方はそう思ってないかもしれませんが」
「……そうか。でも、大変だったろうに」
サロンに用意してあるお茶を注ぎ、二人で他愛もない話を楽しんだ。
学校で無視されていた事、厄介な令嬢に睨まれている事、他にも色々と。
これで最後だからと、全て語り示した。
それを隣で、ただジッと聞いてくれた。
「……まぁ、それも全て終わりですわ。もうすぐ、転校しますから」
「……すまない。先生に報告して改善しようとしたが、仲が悪いだけだと取り上げて貰えなくて」
「王子といえど、学校では同級生でしかない。無闇に強権を振るえない事は存じていますから。気にしてませんわ」
「そう言ってくれる君が、どうして転校しなければと思うよ」
「過ぎた話ですわ。……そうそう、一つ聞きたい事が御座いましたわ。どうして皆、私を無視するのです?」
「あれ? その話は前に」
「前は、マローメと同じ名を持つ別人だと確認しただけ。その人が何をしたかは聞いておりません」
「そっか。なら、話しておかないとな……」
半年前、私と同じ名を持つ令嬢がここに来た。
彼女は持ち前の美貌でジレット王子の兄や、公爵の子息を誑かしたという。
挙句、同じ男を狙おうとする者は、自前の権力で貶め、破滅させたとか。
だからこそ、ジレット王子は一時、学校を離れ外国に留学した。
「同じ事が起きない様に、学校は対策をした。権力を自分の為に使わせまいと徹底してね。君が困ってる時位、王子としての立場を使いたかったと思ったけど……」
「お気になさらず。もう大丈夫ですわ。後は転校するだけですので」
「その事で一つ、頼みがある。僕も……一緒に転校したい」
「突然、どうしたのです? 貴方がそうする意味などありませんのに」
「君を何とか生徒の中に入らせようとしたのに、連中は結局、無視したまま。そんなクラスに長居するつもりはない」
「……お好きにすれば?」
お茶を片付け、その言葉を最後にサロンを出た。
王子が一緒に転校、きっとランジュは怒るけど……断る理由もないしね。
そうして寮に帰ろうと、階段を降り始めた時。
「裏切ったわね」
どす黒い、恨みのこもった声を掛けられた。
「何の話です?」
「惚けないで、アンタが王子を誑かしたでしょ?」
「聞いていたのね。……でも、私がマローメという同名の令嬢とは違うって聞いてたでしょ?」
「関係ないわ。王子を狙ってる事には変わりないもの。言ったでしょ? 私の邪魔をするなと」
「してないわよ。勝手に強引な告白して失敗しただけでしょ? 私の責任ではないわ」
「ふざけないでよ! ……いい? これから痛い目に遭いたくないなら、王子に転校するなと伝えなさい」
「一人でやりなさいよ。王子から煙たがれる程、告白して来たでしょ? その位、簡単じゃない」
「……この、雌犬!」
突き飛ばされた瞬間、もう少し穏便に言えばと思った。
迫り来る階段、腕で守ろうとして激痛が走る。
折れる感触で頭が真っ白になりながら、誰かに掴まれた気がした。
「大丈夫か!?」
倒れ込んだまま声の方へ向くと、ジレット王子の顔が見えた。
叫ぶランジュ、駆け付ける先生の声、そして抱き締める彼の感触を最後に……私は気を失った。
それから一週間後、病院にいる私の元へ、同級生が見舞いに来ていた。
「……嫉妬で衝動的に突き落とすとはな。助けに来た王子にも蹴りを入れたんだろ? 全く、何を考えてるんだか」
「それで、彼女はどうなったの? 退学だけじゃ済まないわよね、骨折させたし」
「修道院に送られるらしいわ。親子の縁も切るって」
「それだけか? 平民になるだけだろ?」
「あのね、貴方みたいにどこでも生活できる人とは違うの。散々、贅沢暮らしなのが文無しよ。十分、キツイ罰だわ」
「でも、蹴ったのは王族に対する反逆だぜ? 見合わないと思うがな」
「そこらは後。まずは怪我した私の賠償からだって」
「なら、これからが楽しみという事か」
そんな話をしてる中、病院を駆ける足音が聞こえてきた。
院内で走るなと怒られそうだけど……知らなかった事にしておこう。
「マローメ、大丈夫か!?」
「無事です、骨折だけで済みましたから。それより、あまり騒ぐと他の患者さんに迷惑ですよ」
「あっ、ごめん……」
「学校で友達がいないと言ってたのに……ちゃっかりしてるな」
「そう言わないの。これから同級生になるのだし」
ジレット王子はその後、正式に転校が決まった。
どうしても私と婚約したいから、側にいたいと思ったらしい。
正直、彼と結婚する未来なんて考えてないから、どうしようかと悩みはした。
けど、あの学校で一人、私の側にいたのは確かだし。
「これから長い付き合いになると思うけど、宜しくお願いしますね、王子」
「だから、ジレットでいいよ。……こちらこそ、宜しく」