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遠い昔、名高い貴族の家に生まれたお嬢様がいた。名前は、リリーといった。末っ子ということもあって甘やかされ、自由奔放でわがままな人間に育った。持ち前の美貌で数多の男を夢中にさせた。好きじゃない男であっても、妻子ある男であっても、手に入れられない男はいないと彼女は思っていたし、実際にそうだった。恋愛は、彼女にとっては暇つぶしの遊戯感覚でしかなかったのだ。
しかし、普通の男では満たされなくなった彼女は、あろうことか、自分の姉の夫である皇太子の男までも手に入れようとしたのである。彼女の姉エミリは、彼女ほどの美貌はないものの心優しく愛嬌のある女性で、彼女の夫も心から彼女を愛していた。リリーは彼に特別な感情は抱いていないようだったが、2人の仲睦まじさが面白くなかったのだろうか、彼をあの手この手で誘惑したのだ。しかし、最後まで彼が彼女になびくことはなかった。そのうちリリーのしたことは国に知れ渡り、彼女は家を追い出された。遠く離れた土地ではやりの病にかかり、かつての美貌が嘘みたいにやつれきったリリーにエミリが会いに来て、死ぬ間際にいった。
来世では───────
私は、これを18の誕生日を迎えた日───ちょうどリリーの命日───に突然に思い出した、思い出したという言い方には、少々語弊があるかもしれないが。
その日の朝は、目覚めると、なんだか、とても不思議な感じがした。ふと鏡を見た瞬間、形容しがたい違和感があった。「私」って、こんな感じだったっけ、と意味の分からない疑問を持ったその時に、まるで走馬灯のように、前世の記憶が一気に流れ込んだ。気づいた瞬間、私は思わず叫んだ。
そうよ、思い出したわ!私はリリーだったんだ!どうして今まで忘れていたんだろう!
洗脳が溶けたみたいな輝かしい気分になって、途端、あることに思い当たった。
じゃあ、今までの人生が上手くいかなかったのは、お姉さまのせいなのね…………?!
死に際に言われたあの言葉。病で意識は朦朧としていたが、あれだけは一言一句、はっきりと覚えている。
────来世では、誰にも好きになってもらえないように呪ってあげるわ。
お姉さまは、私の手をとりながらそう言った。雷が体に走ったみたいな感覚に襲われ、ほどなく私は息絶えた。
────もし本当にそうなら、お姉様のこと絶対に許さない。
高校三年生、橋本樹里。それが現世での私。
前世とは似ても似つかない平凡な容姿。大家族の長女に生まれ、忙しくて家を空けがちな両親に代わって、私は家事のほとんどや、弟や妹の世話までしなればならなかった。
それでも私は真面目に、一生懸命にやってきた。それが当たり前みたいに。
けれど、確かに私は誰からも好かれなかった。親は私に無関心だし、きょうだいは私のことをお世話係程度にしか思っていない。近くしていた人は過去に何人かいたが、良いように使われたり、陰口を言われていたりと、いい思い出はただの1つもない。人間不信に陥って、私は人と関わるのをやめた。関わらなければ、傷つかずにすむから。言うまでもないく、恋なんかできるはずもない。
自業自得だって言いたい?前世での罰が当たったんだって言いたいの?
違うのに、と私は唇を噛みしめた。あんなの全部、お姉さまの自作自演なのに。
一言で言えば、私はお姉さまに嵌められたのだ。お姉さまは、お父さまに似て頭が良かった。いつどうやって私を陥れるか、あれは、ずいぶん前から綿密に考えられた計画的犯行だった。
悔しくてたまらない、でもこの世界にはもうお姉さまも、大切にしていた家族もいないから、謝罪を請うことも、誤解を解くこともできない。こうなったら復讐だ、と私は思う
誰からも好かれないこと、それがお姉さまからの嫌がらせなのだとしたら、
───絶対呪いを解いて、幸せになってやる。
せいぜい地獄から見ていなさいよ、と私は毒づいた。