コード“偽”13
再び入ってきた翔に黒鴉はため息をついて手でシッシッと帰るように促す素振りをする。
「いや、携帯返して…」
翔の勘弁してくれと泣きが入る。
「返すわよ、でもちょっと貸しなさい」
黒鴉は勝手に操作を始める。
ロックをしていなかった事を半ば後悔する翔だったが記憶の戻るきっかけになればと仕方なく了承して立ち尽くす。
そんな翔にムッとした黒鴉は携帯を黒姫にパスして翔を押して部屋から追い出す。
「はいはい、乙女の園から出ていきなさい」
「また強引だな…俺の部屋分かる?携帯返せよ?」
黒姫が流石に酷いと姉を止める。
妹の頼みと仕方なく黒鴉は手を止める。
「…でもやっぱり部屋の外で待ってなさい」
顎を使って出ろと口に出さずとも指示されて翔は諦めて部屋を出る。
廊下の壁に寄りかかり独り言で推測しようとする。
「二人を含む何人かの記憶が消えて…まるで今までの事全部無かったかのように…クラスメートって事はそうだよな?」
黒姫の言葉をヒントに推理するが不可逆で完全に記憶が消えて戻らない場合を考えてしまい身震いする。
「もし治らないならキツいな…いっそ俺も記憶無くなってくれたら楽だったろうに…」
自己嫌悪になりながらじっと二人が携帯を返してくれるのを待つ。
暫くすると黒鴉が一人出て来て翔に声をかけてくる。
「浜松、いいかしら?」
普段通り名字を呼ばれて翔は少し明るい顔になる。
「どうかしたのか?」
「なにマヌケ面してんのよ、外の空気吸いたいから案内しなさい」
まだ駄目かと翔はガクッと姿勢を崩すが断る理由も無いので研究所の入り口まで送ろうと歩きだす。
道中黒鴉は翔と妹の関係について幾つも質問し、それを踏まえて自分の事を聞いてくる。
「私とアンタはどういう関係なのよ?」
「そっちからは好敵手だとか部下だとか言われてたな…俺からはー…仲間?」
「何で疑問系なのよ!」
背後からどつかれて翔は前のめりになって黒鴉は翔を追い越す。
「だらしないわね、苛々する…」
「…なぁ、もしかしなくても記憶戻ってない?」
「はぁ?もう少しデリカシーってものを持ちなさい」
前を歩く黒鴉の姿に翔は呆れながら着いていく。
ラウンジまで来て黒鴉が伸びをして窓の外を見てため息をつく。
「あー、怠い…頭痛もするし」
ゆらゆら頭を揺らして大袈裟にアピールするので翔も無視出来ずに心配する。
「珈琲でも飲んで落ち着くか?」
「それは名案ね」
待ってましたと言わんばかりに席について澄まし顔をする黒鴉に翔は青筋立てて怒りそうになるが深呼吸して冷静に対処する。
「じゃあケーキもお願いね」
「…へ、へぇ、何でそういうのもあるって知ってるんだ?」
黒鴉は誤魔化すようにテーブルにあるメニューを指差す。
「そ、そういう詮索良くないわよ?」
ため息混じりに注文の品を翔が持ってくると黒鴉はすぐに表情をコロッと変えて食事を始める。
欲深いのか黒鴉はここぞとばかりに翔に対して記憶の為にあれがやりたい、あれが欲しいと要望を幾つも挙げる。
「…お前なぁ、調子に乗りすぎだぞ」
「悪かったわね、ちょっとぐらい我が儘言ってもいいじゃない」
「…ちょっと?」
翔の威圧に屈して黒鴉はたじろいで我が儘を取り下げ諦める。
そこに息を切らして黒姫がやってきて姉を呼ぶ。
「姉さん!何やってるんですか!」
「ヤバッ!」
黒姫は二人に近付いて翔に携帯を返して感謝の意を伝えて姉をじっと見つめる。
翔も事態を察して黒鴉を睨み尋ねる。
「いつから記憶が戻った?」
「いつでもいいじゃない!…我が儘は未遂だった訳だし?」
汗を流しながらなんとか言い逃れようと手八丁口八丁を尽くそうとする。
「姉さんばっかりズルいですよ?私も翔君に甘えたかったです」
黒姫の斜め上な発言に翔と黒鴉は違う違うとジェスチャーを交えて伝える。
「こいつは人を良いように使おうとしただけだ」
「そうよ!甘えてないわ!」
否定しないで開き直る黒鴉を翔が軽く小突いてからため息混じりに紅茶を注文しに行く。
紅茶を受け取った黒姫は機嫌を直して朗らかな表情で飲み始める。
「取り敢えず一時的な記憶喪失で良かったよ…」
同じテーブルの席に座り安堵の言葉を漏らす。
黒姫がホッと一息入れて不思議そうに呟く。
「ここ最近を含めて…スッポリ抜け落ちてました…写真を見て急に戻ってきて…」
「ホント、何故かしらね…まぁあの機械が私達にはヤバい代物だって事が分かって良かったわ」
黒鴉の言葉に全員がウンウンと頷いていると黒姫がふと疑問をぶつける。
「姉さんは何を切っ掛けに思い出したのですか?」
「…へ?私?…さ、さぁ、何だったかしら」
カチャカチャと珈琲カップを鳴らし挙動不審になりながら答えを有耶無耶にしようとして黒姫は訝しみながらもそれ以上追及はしなかった。




