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第19話 泥棒

どうしてこうなった。


いつまでもゴブリン程度に手こずる毎日にウンザリしていた。

既にこいつらを倒してもレベルは上がらない。


なのに―――何故こんなにオレは弱いんだ!?


プライドを捨てて忠告を求めたりもしたが、内纏を練習しろ、と言われるだけ。

もちろん、最初は素直に練習した。しかし、1ヵ月続けても何も変わらない。

こんなものに上手いも下手もあるものか!


オレは馬鹿にされていたのだと気づいた。


うだつの上がらない5級冒険者生活に耐え忍ぶこと数年、他の冒険者が簡単に4級へ昇格していく中、ようやくこのままの生活を続けても何も変わらないと悟った。


オレがしたのはとても簡単なことだった。

命を捨てる覚悟を持つ。死ぬつもりで森へ行き、辛うじて勝利する。

そんな薄氷を踏むような毎日を繰り返す。前に進みたいからじゃない。終わらせたいんだ。


死にたいのに抵抗するのは一般人として死にたくないという最後のプライド。せめて冒険者として死にたい。


そんなオレに訪れたのは死神ではなく、魔術の発現だった。

〈アポーツ〉。空間跳躍による物品引き寄せ。

対象は周囲にある物だけで、自分の手に握る形で引き寄せられる形状のものだけ。

範囲が非常に狭く、せいぜい1メートル程度だ。


最初は絶望には限りがないのだと思った。一体どんな使い方をすればモンスターに太刀打ちできるというんだ。

しかし、ダンジョンからの帰り道に武具店が目に入り、オレは初めてこの能力の使い方をイメージできた。


その日から能力をどう使えばより有効なのか、妄想が止まらなくなった。


数日後には妄想を現実にすることを考えていた。

下調べをし、自分の能力への理解を深め、妄想をより洗練された計画に練りなおした。


武具店のセキュリティはショーケースに取り付けられた警報装置だけ。

武具店の鍵は既に手元にある。

閉店後の店長と道端ですれ違う際に〈アポーツ〉でポケットから抜き取ったのだ。


この能力の強みはそこに在ると認識していれば視認する必要がないことだ。


深夜まで待ったが、店長が店に戻ってくる気配はない。どうやら鍵がないことに気付いてはいないようだ。あるいは、セキュリティに自信があるのかもしれない。


オレは周囲に人の気配がないことを確認し、翁の面を被り、武具店の鍵を使って侵入する。

あまりの興奮に息が荒くなる。ここまでの興奮は冒険者になってからもなかった。


すぐ入ってきた扉を閉め、ショーケースに駆け寄る。

オレはショーケースの中にある武器を認識し、手をかざす。


【アポーツ】


ショーケースの中の武器は姿を消し、オレの手に握られている。


セキュリティである警報装置は―――動作していない!

それを確認して、つい口角が上がる。喜びの声が漏れてしまいそうだ。

舞い上がっている自分に気付いてすぐに、背負ってきた収納袋に握った武器を入れる。

この収納袋は見た目はリュックサックの癖して中身は3立方メートルの収納空間が広がっている。


本来、5級冒険者の身の丈に合わない高価なものだ。

しかし、オレには何年にも渡って溜め続けた貯金があった。無趣味だったオレは、大して金の使い道もなかったのだ。


【アポーツ】…【アポーツ】…【アポーツ】…―――


遂にはショーケースの中の武器を全て頂いた。

安い武器もまだ残っているが、これ以上この場に残るリスクには見合わない。

そう判断して、店の外に人影がないことを確認すると、外へ飛び出した。


オレがやったことがバレない、などとは考えていない。

単純な話で、現場を見れば魔術を使っての犯行だというのはまず最初に疑われる。

そうなると、このギルドに登録している人間全ての魔術を確認するだろう。

新人はともかく、オレのような長年冒険者をしている人間が魔術を発現していない、などとは信じてもらえない。


それに、最近収納袋を買っている事実もある。

どう考えても、オレに辿り着くのは時間の問題だ。


長いこと住み続けて愛着もあるギルドだが、これでさようならだ。

オレはギルドを、そしてこの街ネルンを後にした。


~ ~ ~


向かう街はザンバー。

出入りする人が多ければ多いほど指名手配されていても見つかりにくいだろうし、盗んだ武器を捌くことも可能だと思ったからだ。


闇夜を歩き続け、もう日が出てもおかしくない頃だが―――どうやら天気が悪いようだ。

それも、ザンバーに近付くにつれドンドン悪くなっている。


疲れた体でこれ以上雨の中を進むのはキツイ。

一旦、街道に設置された屋根付きの休憩所で休むことにしよう。


休憩所に入ると、一人先客がいた。

あまり顔を見られたくはないが、ここで不自然な態度を取りたくもない。

仕方なく、男と離れた位置に置かれたベンチに腰を下ろし、男の方に顔を向けないように注意しながら体を休める。


「お兄さん、ネルンから来たんですか?」


オレの思惑を知ってか知らずか、こちらに興味を持たれてしまったようだ。


「……ああ」

「ネルンはどんなところですか?」

「別に特徴という特徴もない普通の街だよ」

「ネルンのダンジョンは確かDランクダンジョンでしたよね?」

「ん?……ああ」

「そこに常駐している元冒険者のギルド員は何人ですか?その能力は?」

「……一体何を―――」


男の方を見ると、そこには誰もいない。


「質問に答えてください」


オレの後ろに―――死神がいる。


モンスターに向けられる剥き出しの殺意ではない。

首にナイフを押し付けられているような感覚。研ぎ澄まされた殺意だ。


「……3人だ。能力は知らない。オレは……5級冒険者止まりだった……あいつらエリートのことなんて分かるわけがない」


ダメだ。用済みになれば殺される。そう分かっていても素直に答えるしかない。

死の際に立って考えるのは自分への問い。何故、興味もない武器の泥棒などを計画・実行したのか。金に執着しているわけでもなかったのに。


ツラいだけだった何年にも及ぶ冒険者生活が、頭の中を右から左へ駆け抜ける。

オレは―――オレは―――降って湧いた力を振るいたかっただけだった。

だって、ずっとオレは―――


「ですよね。あなた弱すぎる」


その答えに辿り着いた瞬間、首に赤い一筋の線が走った。

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