浜辺の七人
皆様は「シュールストレーミング」という食べ物をご存じだろうか?
知っている
知っている
一人飛ばして
知っている
知らない人はググってみるのだ。
一言で言えば、世界一臭い食べ物という、不名誉な栄冠を勝ち取った食べ物なのである。
しかし、あれだ。
世界一臭いと言われたら、それはそれで気になるものだ、気になるだろう?
そんなわけで、俺は女性幹事と共に、ネット通販で「勇者のクリック」をかました所から話は始まるのだった。
甘くみていた。
シュールさん、つまり、世界一くさい食べ物を食べようなんて、どこかしら脳回路が別の次元に繋がっている人しかいないだろうと、たかを括っていたのだけれど……
この奇人変人が意外と多くて、男女含む7人も集まってくれたのだ。
当日はPayPayドームにてコミケが開催されていた。
その祭典を横目に、俺たちは勇み足で通り過ぎる。
コミケと言えばオタクの祭典。
今では市民権を得た彼らも、昔は相容れない存在として一般ピープルに排他されてきた歴史があったが。
それを無視して歩き続ける我らの方が、よっぽど「一般」ではないのかも知れない。
目的は冬の海、砂浜だ。
今は1月、さすがに人も少ない。
冬の海風が容赦なく吹き付けてくるのだ、何も無いのに来たがるはずは無い。
もちろん俺たちのように、目的のある利用者はチラホラいたが、縄張りを意識した野良猫のように、お互いにあまり近づかないので都合がよい。
いや、場合によっては既に異様な雰囲気を感じ取って近づかなかっただけなのかもしれないが……
座る場所と、シュールさんを開ける場所を決めて集まったのはいいが、先ほどから俺たちの体温を奪っていく海風は止むことも無かった。
最初はうろうろと歩き回り、体を温めたりしていたのだが、「先に飲むか」の一言で宴会が開始されたのであった。
この段になってまだ缶を開けてないのは、もったいぶっている訳ではなく、まだ一人到着が遅れている者が居ること。
そして、誰が開けるか……つまりのところ犠牲者(と書いて勇者と読む)を決めかねていたということだろう。
かなりの勢いで俺が押されていたことは間違いないのだが……
――そして
開始予定時刻から一時間半を経過し、ようやく全員がそろったのだった。
犠牲者(と書いて勇者と読む)を決めると言ったが、なぜ開ける時に危ないのかを軽く説明しておく。
もともとシュールさんというのは発酵食品の缶詰なのだが、この醗酵が進むと缶がパンパンに膨れるほど高圧になるため、空けた瞬間に世界一臭い汁が空高く噴出すのだそうだ。
つまり場合によっては、ヤツの返り血を全身に浴びる可能性があるわけだ。
犠牲者(勇者)はその名のとおり
RPGの勇者だ
【装備】
武器:缶きり
防具:雨合羽(水耐性上昇)
手袋:ゴム手袋
という装備でシュール(魔王)に挑むわけだ。
そして結果的にその役は俺に決まった。
ほぼ満場一致なのがにくい!
これが民主主義の落とし穴というやつか?
と言うよりも、どうやら俺の用意周到さが仇をなしたようだ。
参加者の中でかさばる変えの服を持ってきたのは俺だけだったのだから。
時に勇者はでっち上げられ、魔王や鬼退治に向かわされる。
勇者はなるべくしてならされるものだと大人の世界を垣間見た瞬間だ。
当然。
勇者と呼ぶその声の複声音には「犠牲者」という言葉が見え隠れしていたのは間違いない。