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トラメル君と、いしのとうの崩壊

実は、死っていうのは世界中で起きてる事で、死の残酷さは、その人の境遇だったり、死に方だったりで決まってくる。


だから、死は、生と同じくらい、ありふれたものと言って良い。人は生きてると死ぬという常識から、どのくらい逸脱できるかで、その人の「かわいそう度」ってやつが変わってくる。


夢半ばで死んだ人にも賛否があるだろう。大成しても、社畜になって過労死するかもしれないし。それなら、煌めく夢を追いかけてる途中で死ねた方が良い。未来に希望を持ったまま、死ねた方が良い。それが、どんな死に方であれ。


……たとえば、そんなことを考えていた人が、この灰の中のどこかに埋もれていたとして。それが良い死に方だったねと言う人も、かわいそうだと言う人も、どこにいるのだろう。みんなみんな、等しく死んでしまったのに。


ここでは、一人ひとりを嘆く事は許されていない。トラメルは、エール共和国の人たちが、どんな生活を営んでいたか資料でしか知らない。

絶望に喘いでいた人は死ねてラッキーくらいに思ってるのかもしれないし、もしかしたら、最後の最後に生きたいと思ったのかもしれない。

幸せハッピーな人生を歩んでた人は、物陰で、死にたくないとずっと呟いてたのかもしれないし、そんな人こそあの兄弟はニヤニヤしながら殺すので、ロクな死に方をしていないだろう。

普通の人生を歩んでる人はどうだろうか。普通に死にたくないとか思いながら死んだのだろうか。なんか地味にインフラ施設の爆発に巻き込まれて焼け死んだり、飛んできた破片で死んだり。最後まで苦しんで、死んでったり。


トラメルは、まだ死んだことがないからわからない。けれど、あの日から、死んだ人の分の石を積み上げてきた。一個、特大サイズのでかい石があったけれど、それは勝手にごろごろ転がってって、ぼちゃんと湖の中に沈んでいった。


世界中で起きてる現象だ。生前の人たちとは全く会ったことがないから、どんな人間が死んだのかはわからない。何を思って死んでったのかもわからない。


けれど、ひとつだけ言えることがある。


彼らは、トラメルの選択で死んだ。


トラメルが、『エール共和国』を、『選ばなかった』から死んだのだ。


つまり、トラメルのせいで死んだ人たち。それはじゅうぶん、かわいそうだと言えることで。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


溢れる涙は、灰が目に入ってくるから出てくるのではなく、どうしようもない自己嫌悪のせいだ。


ーー俺が殺した。この人たちは、俺が殺したんだ。


湖に入って死んじゃった母さんも、トラメルを擁立しようとして死んじゃった大臣も、トラメルを暗殺しようとして死んじゃったメイドさんも。


みんなみんな、トラメルのせいで死んでしまったのだ。みんなみんな、苦しい死に方をした。幸せな死に方なんて、何ひとつなかった。


きっと、湖に転がっていったでっかい石も、トラメルを擁護してなければ、もっともっと生きられたし、多くの小石を拾ってただろう。


……小石。 


積み上げなければならない小石は、どれくらいだろう。ざっと、二百五十万くらい? それよりもっと多いかも。両手で抱えきれるかな。積み上げるのにどれくらいかかる? 


ーー小石は、どれくらいの大きさだろう。


「……っ」


それを考えた時、トラメルは地面に向かって吐いた。それを考えてしまった自分が、とんでもなく、悍ましいものに思えてしまったから。


口の中に、すっぱい味と共に、覚えのある味が蘇ってきた。そうだ、これは、あの無口な弟が、やたらと嬉しそうにトラメルに盛ってきた毒の味だ。せっかく克服したのに。


「おい、トラメル」 


頭がくらくらする。ダメだ、これは現実逃避だ。ちゃんと、目の前で起こっている事を、人が死んだという事実を、人が死んで灰になった姿を、見届けなくちゃ。トラメルのせいで死んだ人たちだから、きっと、大きめの小石だ。積み上げられるかな、あれ、どうして今まで、積み上げられてきたんだろう。


どうやって、小石の選定をしていたんだっけ。一番大きいのは、母さんだから、そこからどんどん、小さいのを積み上げてったはず。てことは、自分は母さんだけ特別扱いして、その他の人の死をちっちゃく扱ってたってことか? そんなわけない、だって、トラメルによくしてくれる大臣の爺ちゃんが死んだ時、とっても悲しかったもの。


でも、それっていつだっけ。


えっちなことしてくるかと思いきや、殺しにきたメイドさんを殺した七歳の誕生日。その時には、まだ、爺ちゃんは生きていた。

トラメルは、メイドさんの上に、大臣の石を積み上げたのだ。どう考えても、メイドさんの方がトラメルに親しくないし殺そうとしてきたにもかかわらず。トラメルに優しくしてくれて、危なくない食べ物を持ってくると約束してくれた大臣よりも、扱いが大きいのだ。


ーーそれって、おかしくないか?


くらくら、ぐるぐる。涙と吐き気が止まらない。目が痛くて、喉の奥がひりひりする。


トラメルのせいで死んだ人たちでできてる石の塔。罪の大きさに合わせて積まれた石の塔。だけど、石の大きさが小さくなることはあれど、大きくなることはない。トラメルが、無意識に小さくしてるからだ。自分の罪を。そうしないと、不器用な自分は、積めなくなってしまうから。


形ばかりの石の塔を作って、小さな石を積んで。夢の中に出てきた幼い自分は、知っていた。トラメルの欺瞞を。そうだ、究極的には、トラメルは砂利を積み上げることになる。


人の命を、砂粒だと思うようになる。


……それは、とても耐え難いことだ。


ーーダフィン。


心の中で呼ぶのは、唯一無二の親友の名前。でもなぜか、端っこを銀髪が横切った気がした。


ーー俺は、どうすればいい?


自己完結の癖が、ここで顔を出した。 


ーー簡単だよ、ここで、洗いざらい吐いちゃえばいい。俺がやってきた事は、弔いとかじゃなくて、自分を守るための行動だ。


ただしく人の死を評価したなら……俺の罪を評価したなら、とっくに、塔は崩壊している。


トラメルのせいで死んだを価値基準に置くなら、今回のエールの人たちは、特大サイズの石ころだ。岩と言っても良い。


それが、ごろごろと天から落ちてきて、トラメルが積み上げた石の塔を、粉々に破壊した。ざっと、二百五十万もの石だ。トラメルの体を打ち付けて死なせるには、じゅうぶんな石だろう。


「トラメル」


そんな、空想に浸っているトラメルは、


「すまないな」


思いっきり、頬を殴られて、地面に倒れた。


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