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事案と図鑑

「不審を打とうか」


ある日、人の進行方向を塞いできたナザルお義兄様は、そんなことを言い放った。お義兄様のことを苦手と思っているトラメルは、そっと脇を抜けていこうとしたが、肩を掴まれて押し戻される。やんわりとした力だ。手加減するのに慣れているのかもしれない。


仕方ないから、トラメルは乗ってあげることにした。


「不審ですか? 誰の? ティアール公爵の? レーテに相応しくない行動をしてるとか?」

「いいや、君の不審だよ。家畜くん。君がレーテの家畜に相応しい行動をしていないという点についてだ」


そう言われて、トラメルはぷんすか怒った。


「失敬な。俺ほど家畜として優秀な人材はいませんよ。日々人間たちを懐柔しにかかってるし、レーテの言うことはなんでも聞くし、吸血王の話し相手になってあげてるし」

「そうだね。君の家畜としての働きについては文句はないよ」


文句ないんだ……とトラメルは思った。レーテが血を吸ってくれないので、血の気が有り余っていたりするのだが、そこは良いのだろうか。


「私が言いたいのは、もともとこの国を治めていた彼らの話だ。特に、君は彼に未練があるようだね」

「いえいえまったく」

「沈丁花ばかり世話をしているのに?」


トラメルはあちゃあ、と額に手を当てた。その言い方からすると、この国の王族の決まり事を知っていると考えた方が良いだろう。


……この国の王族は皆、花の名前をいただいている。


生まれた年には、広い広い王城の庭園に、名前と同じ花の種を植える。


願掛けみたいなものだ。この花と同じようにすくすくと育ちますように、死にませんように。この花が身代わりになってくれますように。


まあ結果は、吸血鬼に支配されて行方不明になっているけれど。願掛け意味ないじゃんと言いたくもなるものだ。


つまりナザルお義兄様は。


「沈丁花ばっかり世話しないでレーテの世話もしろってことですね」

「まあ、そうなるね」


違うだろ。


基本的にナザルお義兄様はトラメルのボケを肯定してくるので、トラメルが内心で自分のボケに時間差ツッコミを入れることになるのである。虚しいったらありゃしない。


その全肯定は、核心に触れられたくないトラメルにはありがたいが、同時にナザルお義兄様の圧倒的優位も示している。


ナザルお義兄様は、下等な家畜であるトラメルの話を否定する必要がないのである。なんたって、殺せば済む話なんだから。


「家畜は家畜らしくいろってことでOKですか?」

「まあそうだけれど、家畜くんにそれは無理だろうから、家畜くんは家畜くんのままでいいよ」

「てことは、俺は不審を打たれ終わって無罪なわけですか。俺の溢れんばかりの愛がレーテに伝わっているわけですか」

「まあそうなるね」


否定しろや。


二回目の「まあそうなるね」を聞いて、トラメルの心境は複雑である。話聞いてたのかな、この人。実はトラメルの声の一部分が鳴き声かなにかに聞こえているのかもしれない。


「でも、疑いが晴れたならよかったです。俺の家畜ライフは安泰ですね!」

「まあそうなるね?」


なぜ疑問形。






ナザルお義兄様との心臓に悪い会話をした後は、ちょろい公爵様と話すに限る。


「と、俺は思うわけですよ」

「お前は人を舐めないと会話できないのか?」


なぜか不機嫌丸出しのティアール公爵は、やっぱり一階の客室に留まっていた。


「頭おかしいシアちゃんに会いに行きました?」

「会いに行ったよ。レーテと一緒に、結婚することを報告しに。湯気が出そうなほど怒ってたな」


少しだけ笑うティアール公爵。性格が悪い。


「へー。地下牢ってどこにあるんですか?」

「それは教えられない。というかお前……なんでもない」

「え、何ですか? 気になるじゃないですか」

「じゃあ言うが。お前、ノウゼン嬢のことを、レーテの前で言うのはやめろ」

「ノウゼン嬢?」

「シア・ノウゼンのことだよ。お前はレーテの家畜だろう。よそ見をするな。レーテがヘソを曲げる」


それを聞いて、トラメルはお腹を抱えて笑った。


「あははははっ!! まっさかー!! レーテには、たくさんご贔屓にしてる美少年がいるんですよ! 今更俺が別の吸血鬼に尻尾振ったところで、ヘソを曲げるなんて……マジ?」


ティアール公爵は笑ってくれるかと思いきや真顔だった。


「レーテとノウゼン嬢は、もともと家柄的にライバル関係にあるんだ。だから、よりによってお前がノウゼン嬢に尻尾を振ることは、レーテにとって耐え難いことなんだよ」

「ええー、俺を美少年たちの巣窟に連れて行ったり、ティアール公爵とのイチャイチャを見せつけたりしてるのに、自分は浮気されるのが嫌なんですか? まったくレーちゃんは我が儘だなぁ」

「レーテは不器用なんだよ。だがそこがいい」

「はいはい惚気惚気」


どうやらティアール公爵、ゲスな発言をするわりにはレーテのことには本気らしい。


ーー良かったな、レーちゃん。


気分は保護者である。あの時々怖いおっとりお姉さんも、ティアール公爵の純真さがあれば幸せになれるだろう。


「そしたら、俺はお払い箱かぁ。新しい寄生先見つけないとな」


初めて会った時の言葉を思い出す。二人が結婚した暁には、いらない子のトラメルは屠殺されちゃうのだろうか。


そんなことを言うと、ティアール公爵がでかいため息を吐いた。


「だったら良かったんだけどな……喜べよ愚民。お前は家畜から愚民にランクアップだ」

「は?」

「レーテは秘密にしているが、お前は殺されないよ。どころか、僕たちと同じになれる。どうだ、嬉しいだろう?」

「僕たちと、同じになれる……?」

「つまり、眷属。おんなじ吸血鬼ってことだよ。よろしく、未来の同胞君」






「クソッたれが。今日男としか会話してないぞ俺」


今日はレーテに吸血されていない。レーテは昼間も美少年たちのところに行っている。


メイドは王城にいるけど、前と違ってよそよそしい。というか、トラメルを見たら逃げる。


いつも来るお届け係は、あの「ごめんね」事件から来ないし。「またね」って言ったのに。


代わりに来たのは、庭いじりの時に同行してくれるレーテの部下。この二年間トラメルに付き合わされた彼は、やたらと植物の話題をトラメルに振ってきた。それはそれは楽しいけれど、お届け係のオニユリ色の少女が来なくなったことを話したら、顔色が青ざめてもっと楽しかった。


調子に乗って問い詰めたら、「許してください」と土下座されて、足に縋って泣きつかれた。


「それは言えないんですぅ。トラメルさんには、心穏やかにレーテ様の結婚式を迎えて欲しいんですぅ!」

「俺、ティアール公爵に出禁にされてんだけど」

「も、もちろん結婚式には出れないですけど! そうじゃなくて、レーテ様は不器用だから」

「また出た不器用」


みんなそれが好きである。


「そ、それより、最近俺、植物に詳しくなったと思いません?」

「たしかに。俺より詳しいよね」

「じゃじゃーん!」


なんて効果音をつけながら、ごそごそ持ってきた鞄を探って見せてくれたのは。


「植物図鑑じゃん」

「そうです! しかもこれ、見てください。写真付きなんですよ!!」


興奮した様子のレーテの部下は、図鑑をばんばん叩く。


「給料叩いて買いましたよ。いやあ、図鑑って高いですよね」

「そうだなあ。俺も前買おうと思ったけど、高くて手が出せなかったからなぁ」

「でしょでしょ! ね、見てください」


言われるままに、トラメルはページを捲ってみた。春をとばして、夏、秋、冬……そして。ぱらぱらと捲り、ぱたんと閉じた。


「すごい綺麗だね。細かいところまで見れるし、いい買い物したじゃん」

「ありがとうございます。ね、トラメルさん、元気出ました?」


不意打ち気味に言われて、トラメルは口をぎゅっと閉じた。


「人間でこれですもん、レーテ様が結婚したら、もっと楽しくなりますよ」






「ぜんっぜん楽しくない、レーテめ、死ね、死ね」 

「ありがとうございますぅ!!」

「お前に言ったんじゃない」


暗い地下牢。結婚のご報告をしてきたレーテへの呪詛を吐きながら、銀髪の少女は、餌と称される人間の血を吸っていた。

今日はでっぷり太った豚みたいな男。男は特殊な趣味をお持ちなようで、「美少女の吸血サイコー!」とかなんとか叫んでいる。脂ぎった血はシアの大好物だ。それなのに、レーテが煽ってきたせいで、全然楽しくない。それに、それに!


「はうぅ〜またあの血が飲みたいよぉ」


あの夜に飲んだ血の味が忘れられない。平凡にも程が過ぎる少年の血の味が。


「しゅごい美味しかったのに、ううっ、私可哀想……」

「シアちゃんには僕がいるじゃないですか」

「うっさい黙れ」

「ありがとうございます!!」


ひもじい思いをしながら、シアは地下牢で嘆く。


「美少女の私がこんな扱いを受けるなんて、世の中間違ってるよぉ」


彼女は、案外図太かった。











「なあ、ダフィン」


一人になった部屋で、トラメルは呟いた。


「あの図鑑の奥付、いつのものだったと思う?」


知るか、と記憶の中の彼は言った。傲岸不遜な態度で。だから、トラメルの中では、自己完結する癖がすっかりついてしまっている。


「あれね、一ヶ月前に発行されたっぽいよ」


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