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不滅の花

丸くこんもりとした庭木は、トラメルのお気に入りだった。


一年を通して深い緑を保ち、春になれば可愛らしい淡紅色や白色の花をつけるそれは、彼が生まれた年に植えられたものであるという。


吸血鬼の皆さんは庭に興味がないらしく、二年間放置された植物は伸び放題に枯れ放題。


だから、トラメルがせっせと剪定しては水をやり、雑草を抜き、世話をしている。


かといって、トラメルもこのアホみたいに広い庭を一人で管理するのは無理なので、最低限の範囲しか世話をしていない。それが、この庭木周辺なのである。


春を終えてすぐに剪定した庭木は、新しい芽をつけ始めている。また、あの高貴な香りを周囲に漂わせてくれるかと思うと、自然と頬が緩んだ。


本当は、あの花の周辺も手入れしてやりたいところだが、今はこれで精一杯。いつか、暴力的なまでに成長したあの花も、二年前のように可憐な姿に戻してやりたいと思っている。


黙々と雑草を抜く作業をしていたトラメルは、手の甲で、顔を流れる汗を拭いた。


「まだですかぁ、トラメルさん」


太陽から身を守るために木陰に佇み、さらに日傘を差していたレーテの部下が、早く帰りたいとぼやく。


「あともう少しー」


それに返事をして、トラメルは集めた雑草を、より日の当たるところに持っていく。


「何してるんですか?」 

「干してるんだよ。臭いがするし、虫も湧くから。完全に乾いたら捨てるんだ」

「捨てるってどこに?」

「さあ。いっつもレーテが捨ててくれるからわかんないけど」


なんて会話をしつつ、トラメルはとことこと監視役の部下の元に寄っていく。


「俺が言うのもなんですけど、トラメルさん逃げようと思わないんですか? 手入れされてない広い庭だったら、隠れる場所はいくらでもあるでしょ?」

「本当に“俺が言うのもなんだけど”だよね。俺は、君たち吸血鬼を舐めてるけど舐めてないよ」

「どっちですか」


苦笑いする部下は、トラメルの首輪に鎖をつけた。


「さ、帰りましょうか」






扉を開けた途端に拳が飛んできた。

しかも、完全に殺意を乗せた拳である。トラメルはぼへーと突っ立っていたが、目の前に誰かの背中が現れたことによって「うおおおおお!?」と叫んだ。


ばしぃっ!!


激しい音が聞こえ、無駄に長い紫色の髪が見えた。


「危ないですね父上。大切な家畜を肉片にするつもりですか」

「別に大切でもなんでもないわ、こんなドラ猫。というか、お前が我を煽ったからこうなったんだろうが」

「父上……?」


トラメルは、謎の男と吸血王を見比べた。


「に、似てねえええ」


強いて言うなら、謎の男とレーテはよく似ている。紫の髪に金の瞳という色合いに、神様が与えてしまった美しさ。


「な、ナザル様……」


レーテの部下が緊張感のある声で呟く。ナザル。そういえば、そんな名前を聞いたことがある。


トラメルは、言い合いをする吸血王とナザルを放っておいて、こめかみをぐりぐりして思い出そうとする。


「ナザル、ナザル……えーと、ああ! 繁殖係の!!」


よく会うおっとりした同僚が言っていた。レーテが食糧係の統括とすれば、ナザルという男が繁殖係の統括であると。


「てことは、繁殖係になりたい俺はあんたに媚びれば良いわけですよね!!」

「そうだね。全力で媚びてきていいよ」


後光さえ差しそうな笑みと共に腕を広げられて、トラメルはすごすごとレーテの部下の後ろに隠れた。基本的に馴れ馴れしさで邪険にされるので、こんなに露骨にウェルカム反応をされると危機意識が働くのである。


「部下さん、あいつやばいですよ。どのくらいやばいかっていうと、レーテの十倍やばいです」

「トラメルさん黙りましょうか。なにさらっとレーテ様もやばい奴認定してるんですか」


部下が、ちらちらとレーテの方を見て言う。レーテは実の父と兄が戦っているにも拘らず、にこにことこちらを見ていた。トラメルが手を振ると、手を振りかえしてくれる。不毛な親子喧嘩を潜り抜けて、トラメルはレーテの胸に飛び込んだ。


「トラちゃんお帰りなさい。お庭はどうだった?」

「相変わらず草ボーボーでしたよ。天才庭師トラメル君の腕にかかったら、大したことありませんけどね」

「トラちゃんは何でもできるんだね〜」

「えへへ」

「クソ甘判定すぎる……」


ぼそりとレーテの部下が呟く。トラメルもそう思う。常識人なので。


しかし、偉い人の褒め言葉は謙遜せずに素直に受け取ることこそが、世の中を生き抜いていくコツだったりコツじゃなかったりする。


こんな、人間が被支配階級に落とされた世界では、常識なんてかまっていられないのだ。なのでレーテの飼い主バカ丸出しの言葉でも、ありがたく受け取ることが必要なのだ。あと、褒められると単純に嬉しい。


「レーテ、その家畜が、君の?」

「ええ、そうですわ、お兄様」

「ふーん、それでいいんだ」


やっぱりナザルお兄様は苦手なタイプだ。これなら、あの傲岸不遜を絵に描いたようなティアール公爵の方が良い。


簡単に頭に血が上らないやつは、扱いにくい。


それでもトラメルはなんとか煽ってみようと試みた。不確定要素は潰しておきたい。レーテの胸から脱出して、ナザルに揉み手で近づく。


「ナザルお義兄様は、普段はどんな血を吸ってるんですか? やっぱり美少女ですか? 俺に紹介してもらってもいいですか?」

「何でお前がお義兄様って言うんだよォォォ」


違うのが釣れた。トラメルは動揺のあまりに繰り出される吸血王の拳を華麗に躱した。それを見ていたナザルがきょとんとして言う。


「もしかして、私が庇う必要はなかったりする?」

「いえいえ、貴方様が庇ってくれなかったら俺は今頃ミンチになってました。ありがとうございます」

「父上は強いからねえ」


その父上と同等に戦うこいつも強いというわけである。


「そいでどうなんですか? やっぱり美少女食い放題?」

「いいや? 私が飲むのはただ一人の血だよ。ただ一人の、眷属の血だ」

「眷属ぅ?」


その瞬間、ぐんっと鎖を引っ張られ、トラメルの体はレーテの元に戻った。レーテは長い爪をトラメルの肩に食い込ませ、ナザルに向かって微笑む。


「ご自分のお庭にお帰りくださいな、お兄様。貴方の眷属ごと殺されたくなければ」


びりびりと空気が震えている気がする。レーテの部下が、白目になって気絶しそうになっている。


「ふむ、これはいわゆる殺気という奴だな」


気絶しそうな部下をつんつんと突くと、部下は「はっ」と意識を取り戻した。


「お、おやめください、レーテ様、ナザル様! あなた方が本気で戦ったら、城など一瞬で崩れてしまいます!!」

「え、ていうことは、ドタコンとナザルお義兄様は本気で戦ってなかったの? 八百長じゃん」

「八百長じゃないわ! 我はこの城が気に入ってるから壊したくないだけだ!」

「直す人いませんもんね」


うんうん、とトラメルは頷く。やっぱり人間の一部を修繕係に任命した方が良いのでは?


なんて呑気に思っていると、ナザルの方が折れたらしい。というか、話題を変えてきた。


「時に家畜くん」

「なんですかお義兄様」

「君、話を聞いていると庭いじりをしてきたんだよね。今の季節は何が綺麗なんだい?」


いまいち意図がわからない。トラメルはぱっと思い浮かんだものを答えた。いつかは手を入れたいあの花は、今が見頃だ。


「えーと、ユリとか?」

「ユリ? 背の高いあの?」

「そうですそうです。本来は綺麗なんですよ。今は二メートル級の化け物ですけど」

「その花は手入れしないの?」

「別の花で精一杯なんで」

「別の花、ね」


何か含むような言い方をされて、トラメルは知らずに唾を飲み込んだ。ナザルが金の瞳を向けてきた。そういえば、ユリには毒があるんだっけ。トラメルは、漠然と思った。


「それはたとえば」


『俺は必ず戻ってくるぞ国民ども! なにせ俺様は、不滅だからな!』


なぜだか、一瞬だけ視界があの頃に戻って、誰かの声が聞こえた気がした。

ナザルが口の端を釣り上がらせる。




沈丁花(じんちょうげ)、とか?」


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