牛と山羊
あばばばばば。
震えないようにするのが、精一杯だ。
「裏切り者がいる」
ルーラーさんは、ヤボクの周囲にいる人間と、吸血鬼を見回した。まるで、その中に裏切り者がいるとでも言うように。
周囲がざわつく。なぜなら、今ヤボクの周りにいる者達は、皆レーテのスパイであるからだ。
議長の不在によって集まった五人。人間三人に、吸血鬼二人。
つまり、ルーラーさんは、
「同盟としての裏切りではなくて、スパイとして裏切った人がいるってことですか」
ヤボクが質問すると、ルーラーさんは「そうだ」と首肯。
ーーそれって、俺のことでは!?
ヤボクが青い顔をしていると、ルーラーさんは、す……とヤボクを指さした。
「お前を除いて、五人。トラメルがいない間に片付けたい」
初耳だった。自分の他にも、裏切っている者がいる?
「どうやってわかったんですか、それ?」
「なに、簡単なことだ。ペトラが違和感に気付いた」
「わざわざ、ここで言う意味は?」
「……俺は、長らく、組織の首領をやっていた」
唐突に始まった自分語り。だが、ここには「隙あらば自分語り」と茶化すトラメルはおらず、ルーラーさんの異様な雰囲気にびくついてる哀れな子羊っていうか、子山羊たちがいるだけである。
「最初の頃、裏切り者は、必ず自分の手で始末した。だが、組織が膨れ上がっていくにつれて、自分で始末することの非効率さに気付いた。自分一人に、悪感情が向けられることの非効率さにな。だから、俺は、“処刑役”を作った」
ーーなにその物騒な名前。
たぶん、この場にいる者達はそう思ったに違いない。だが、誰も突っ込めないので、淡々と話は進んでいく。
「処刑役は、その名の通り、俺に代わって組織の裏切り者を始末していく役だ。その処刑役も裏切ったから、俺が始末したがな……俺が何を言いたいかわかるか?」
「わ、わかりません!」
いや、たぶん「こうだろうな」という予想はある。だが、それは当たってほしくない予想だ。
「お前を、処刑役に任命する。この中で、スパイだと思う者を一人殺せ」
「な、なんで俺が」
「お前が一番信用できるからだ」
俺、速攻で裏切りましたよとは言いづらい雰囲気。
「間違った人を選んだら?」
「そいつは、それまでだったということだ。お前に罪はない」
バッサリ言ってくる。間違った人を選んでもオーケーということか。
立ち返って、先程の疑問。わざわざここで言う意味は。
「ふざけるな、俺は裏切ってない」
「私もです……夫が人質に取られているのに、どうして裏切れるんですか」
「……」
「調子に乗るなよ人間」
「何でお前が仕切ってるんだよ」
疑心暗鬼を招くため。最後に関しては愚問である。なぜなら、『仲良し同盟』内における全権は、なぜかこのルーラーさんに任されているからだ。
それは、犯罪組織の首領を務めていたからか、それとも、何か別の思惑があるのか。ヤボクにはわからない。
わかるのは、自分が否応なしに、皆から恨まれる立場にされたことだけ。
ーーやっぱりこの人、俺のこと疑ってるんじゃないか?
そんな疑問が浮かぶのも、致し方ないことだろう。だが。
「レーテの忠実な部下であるお前の判断を、俺は信じる」
信じる。失礼な話だが、この人に似つかわしくない言葉だと思う。
だけど、これって都合が良くないか?
結局、処刑役とやらを、ヤボクは引き受けた。なぜなら、自分が関わることができるから。
ーーあの人の狙いはわからない、けど。
もしも、スパイの側に、本当に裏切り者がいたなら? その人をみすみす殺させるよりも、生かしておいた方が良い。
ーーでも、生かしておくと、ルーラーさんが俺のことを怪しむ。それなら、関係ないスパイを殺して目眩しをしたらどうだ?
そう考えて、ヤボクは一人、心の中で首を横に振った。そんなの、自分にはできない。あの人の味方になるというのは、たぶん、こういうことも含まれているだろうから。
ーーじゃあ、殺したふりをして逃がすっていうのは?
やり方は難しいだろう。だが、やりようはある。
ーーたとえば。
この監獄周辺の地形を、ヤボクは頭に思い浮かべた。この監獄は、山を切り崩して作られている。そして、その山にはもともと、流れの激しい川があったが、土砂で川岸を埋め立てられ、川底を上げられたことにより、より流れが激しくなったとか。
以降、脱走しようとする囚人たちの前には、この川が立ちはだかっていたのだと、トラメルに聞いたことがある。
殺したふりをして逃すとして、吸血鬼は灰を持ってくれば良い。そこらの木を燃やした時の灰と変わらない。では人間の場合はと考えると、その川を使うことが考えられるのである。
ーー“処刑役”は俺。ということは、殺して証拠隠滅したことを含めて処刑ということにすれば。
裏切り者が人間だったとしても、誤魔化すことができる。生かすことができる。
考えがまとまって、ヤボクは頷いた。
「なぁんか、今頃監獄ではデスゲームでも開催されてそうだよねぇ」
聞き込みは行ってるけれど、進展なし。シザーと情報共有がてらの雑談で、トラメルは、ぽつりと呟いた。
監獄は五棟あるとはいえ、そこから動けない以上、立派な閉鎖空間だ。そんな閉鎖空間でデスゲームを開催したら、さぞや効果は高かろう。
「この好機を逃すことは無いと思います、はい」
曲がりなりにも、ルーラーさんと組んでトラメルの頭を殴ってくれちゃったシザーが、ちょっと疲れたように言う。
「そういうの好きそうですから、あの人」
「……今頃ヤボク君が大変な目に遭ってるんだろうなぁ。シザーズ君の代わりに」
「うっ」
「あの圧を一人で引き受けてるんだろなぁ」
「ぐっ」
トラメルがシザーをいじめていると、こんこん、扉をノックする音がした。
「誰だ、こんなに冷静にノックしてくるやつは。どうぞー!!」
実のところ、足音は聞こえていた。トラメルは、扉の方を見た。
「え、えへへ、トラちゃん。久しぶりっスね」
若干照れながら入ってきたのは、オレンジの髪に紫色の瞳を持った、吸血鬼の少女。
と。
「トラメル君、君はずっと、繁殖係になりたいと言っていたね」
なぜか、ちょっとわくわくしてるナザル。リリーの肩に背後から手を置いて、言う。
「それなら、リリーと繁殖行為をさせてあげよう」
「え?」
トラメルは間抜けな声を出した。リリーが、もじもじと体をくねらせ、やがて、決心したように、真っ赤に染まっている顔を、トラメルに向けた。
「そういうわけでトラちゃん、わ、私とっ、こ、子作りをしてくださいっ」
「あ、間に合ってるんで大丈夫です」
シザーがトラメルの頭を叩くのと、リリーが泣きそうな顔をするのは同時だった。
今日も今日とて、ニノンが敬愛するシアの元にルーラーからの刺客が送られる。一日目と二日目は人間、次に送られてきたのは……。
「いつまで仲良しごっこをやってる、ん゛っ」
最後まで言うことを良しとせずに、シアが問答無用で吸血鬼の顎を殴り飛ばす。
殴られた吸血鬼が、床に突っ伏しながら言う。
「な、なんで、だ」
「人間ならともかく、吸血鬼なら殴りやすいなって思って?」
表情ひとつ変えずに、むしろ疑問系で言うシア。ニノンは主人の冷静さに感服していた。
ーーさすがシア様!
これには、見ていた爆弾魔先輩も口笛を吹いた。
「なんだ、やればできるじゃねえか。その調子で人間もシバけばいいのに」
「人間をシバいたら、死んじゃうじゃない」
「お前……」
人間には言葉を、吸血鬼には暴力を。その二つを使い分けるシアに、爆弾魔先輩は、「ちゃんと考えてたのか」とかなり失礼なことを言ってきた。
S級一の常識人は、「あー……」と、言いにくそうに頭を掻く。
「昨日は、疑って悪かったな。すまん」
「良いのよ。むしろ、人間のことをすぐに死んじゃう生き物と考える私の方が、失礼だったかもしれないから。これからは殴るわね」
「それはやめとけ。僕が爆破してやるから」
和気藹々とした雰囲気が、徐々にだが、醸成されつつあった。ニノンは、今度は離れたところにいるルーラーを、ちらりと横目で見た。
何なら、得意げな視線を伴って。
「っ……!」
「ニノン?」
「いえ、良かったですね。シア様」
見られていた。
人間ごときにーーいや、人間ごときと思うのは、主の意向を尊重すれば、正解なのかわからなくなっているーー見られただけで。
ニノンは、ルーラーから見えないところで拳を握った。
ーー私が、恐怖を感じただと?




