トラメル君の、爆速推理ショー
「よしっ!!」
形から入るタイプのトラメルは、ナザル統括におねだりして持ってきてもらった衣装に袖を通した。インバネスコートを羽織り、鹿撃ち帽を被れば、名探偵トラメル君の爆誕である。
「お前の仇は絶対にとってやるからな!」
縄でぐるぐる巻きにされ、布を噛まされて床に転がされているシザーにサムズアップ。ちなみにこれをやったのはトラメルである。同じような格好で床に転がされるイレイスと、放っといたらギスギス喧嘩し始めるので、面倒臭くなったトラメルが二人まとめてふん縛って床に転がしたのである。
「そんじゃ、よろしくお願いしますね!」
爽やかな笑顔を浮かべるトラメルに、ナザルは珍しく困り顔で笑みを浮かべ、二人を指さす。
「えーと、私は何をすれば良いのかな?」
「統括は、この二人が逃げないか監視しててください!」
「統括、統括ね……」
「素敵な響きですよね統括!」
「そうだねぇ。レーテには可哀想だけど、良い響きだ」
さて、始まりましたるは、トラメル君の爆速推理ショー。
ぶっちゃけたところ、殺っただの殺らないだの、偽善だの露悪だのに構ってる暇はないのである。トラメル(とシザー)が繁殖係に来たのは、ナザル統括の弱点を探る為であって、シザーとイレイスのギスギスを解決する為じゃない。
じゃ、それを無視すれば良いかといえば、そうとも言えない。ギスギスは、弱点を探るのに絶対邪魔になってくるし、それに、これは人助けだ。角が立ったままにしておくと、その角で人が死ぬ。
トラメルが目指すべきは、角をまあるくすること。人が死なない程度の、掃いて捨てるほどに溢れてる真実という、まあるい何かにすることなのだ。
これは、わかりきったことだ。演繹だ。
「さてと」
とある扉の前で立ち止まり、トラメルは息を吸う。
「たのもーう!!」
ばたんっと扉を開けると、ついさっきの面々が、揃いも揃って、ぽかんと口を開けていた。
一人のイケメンが言う。
「お前、そのアホ面……シザーと一緒に来た奴か?」
「人のことを不名誉な側面で認識しないでもらえます? ていうか、やっぱり、シザーとお知り合いだったんですね?」
トラメルがにっこり笑って言うと、イケメンは視線をふいと逸らした。思った通り、流石のイケメンも、初対面の相手に殺すぞとは言っていなかったらしい。あの時、トラメルの後ろにはシザーがいた。イケメンはトラメル越しに、シザーへの殺意を口にしたのである。複数形は合っていたわけだ。
「ということは、シザーが何をしたかも知ってるわけだ」
「当たり前だ。今更のこのこ帰ってきて、何をするつもりだ、あの悪魔は」
すごい嫌われよう。これは、シザー本人によるものか、それとも、ケビンの為人ゆえか。うん、ケビンさんの方だな。
「そんなにケビンさんって、良い人だったんですか?」
そうやって訊いてみれば、イケメン達は、各々ケビンについて語ってくれた。
「ああ、良い奴だったよ。常に俺たちのことを心配してくれて」
「故郷に残してきた恋人との思い出を、ずっと大切にしていてな。なんでも、すごい美人だとか」
「俺たちは割り切ってたけど、アイツは違った。希望を捨てない奴だった」
概ね好印象。
「じゃ、シザーの方は?」
「アイツは、ヘラヘラ笑っていてよくわからねえ」
「繁殖のことを、作業としか思っていない感じだったな」
「態度が一定なぶん、付き合いやすかったには付き合いやすかったけど」
悪魔とか言って嫌われているのは、ケビン事件の印象が強いんだろう。概ね普通の印象だ。
「みなさんは、どうしてシザーがケビンさんを唆したと思うんですか?」
「ケビンが死ぬ前の七日間、アイツとよく一緒にいたからだ。アイツはイレイスを遠ざけて、ケビンに脱獄をさせるように仕向けた」
「なるほど、ちゃんと、期間がわかってるんですね。七日間より前は、ケビンさんとシザーとイレイスさんで、仲良くやってたわけだ?」
「そうだ。あの三人は、親友だったからな」
「それなのに、シザーが心変わりをして、ケビンさんを唆しちゃったわけだ?」
「ああそうだ。実際、アイツはそう言っていた」
「それは、おかしな話ですね」
糸口を見つけて、トラメルはにっこり笑った。懐から虫眼鏡を取り出して、イケメン達を覗き込む。レンズから目を離してみると、イケメン達は逆さまに見えた。
「どうして、密告という手段を選んだのに、わざわざ皆さんにゲロっちゃうんでしょうか?」
「ゲロ……?」
「白状するって意味です。だってそうでしょ? 密告したことを言って、シザーに何か得することはありますか?」
「それは、罪悪感の表れとか」
「本当に罪悪感を抱いてるのなら、ケビンさんの跡を追うし、そもそも繁殖係から出ていかないですよ」
「それは、そうだな?」
案外、素直なイケメン達である。トラメルは、灰色の脳細胞が詰め込まれている箇所を指差して、「ふっふっふ」と笑みをこぼした。
「つまり、シザーが密告をゲロったのは、何か別の目的があるってことです!」
「何か、別の目的って?」
「さあ?」
トラメルが肩をすくめると、イケメン達が物の代わりに心ない言葉を投げつけてきた。
「本当はわかってるわバーカ! お前らのこと守ってるんだからな、トラメル君の空よりも広く海よりも深い心に感謝するがいいわ!!」
ばたんと扉を閉めてから、そう叫ぶトラメルは、「ま、そういうことだよな」と呟き、
「ナザル統括、女の子のいる場所に行きたいんですけど」
こいつゴミだな、という目で見てくるイレイスに構わず、媚び媚びな態度でナザルに言った。暇そうな顔をしていたナザルは、二つ返事でオーケーをくれる。
「縄で縛っているんだ。よく考えたら、私が見ている必要はないんじゃないかと思い始めてね」
「ちっ、気付いたか」
それでも、見ていて欲しかったのだが、仕方ない。トラメルは、どっちにするかを悩み、結局シザーの方を連れて行くことにした。
「ふむぐっ、むごむが」
「あっはっは、イケメンが台無しだぞシザー君。ざまみろ」
動かない腕と脚をばたつかせ、何かを言ってくるシザーに、トラメルは勝ち誇る。ちょっと虚しい。
「さあさあ、物語はフィナーレだ! 前座はとっとと終わらせて、ナザル統括の弱点を探ろうじゃないか、シザー君」
「本人の前でそれを言うんだね」
イレイスさん一人を部屋に放置し、トラメルとナザル統括と、ぐるぐる巻きのシザーがやって来たのは、禁断の花園。女の子の繁殖係がいる場所である。
「レーテに知られたら、なんと言われるかな」
心配そうに呟くナザル統括に、トラメルは、
「またまたぁ」
と、半眼を向ける。
「俺を探偵役としてこき使ったくせに、今更そんなこと言うんですか? ナザル統括も、シザーに関する疑惑を知ってたから、俺を受け入れたんでしょ?」
「驚いた。お見通しだったのか」
「さっき、シザーを呼び出した時からね。シザー本人だと本当のことを言ってくれないから、俺にイレイスさんを接触させて、ケビンさんの真実を探させようとしたわけだ」
だから、敵対組織の議長をいとも簡単に引き入れた。一度は自分が懐に入れた人物の、不確定な要素を潰しておくために。
「心配しなくても、シザーはシロですよ。俺が保証します」
シザーの手首から伸びている縄を引きながら、トラメルはのんびりと言う。それに、ナザルは苦笑する。
「名探偵どころではないね。まるで、真実が最初から見えているみたいだ」
今度は、トラメルが苦笑する番だった。
「そうじゃないですよ。俺は、シザーを信じてるだけです」
そう。トラメル君の爆速推理ショーは、既定路線で幕を閉じる。
「ふふふ、ケビンかぁ。懐かしい名前」
くすくす笑う美少女の、残酷な一言さえも。
決められたエンディングへの、一過程に過ぎないのである。




