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家畜とその他

お友達に美少年。イケメンそして婚約者。

美味い血、同族。


王城の廊下を歩きながら、トラメルは、自分が勝っているところを指折り数えてみた。けれど、いつまで経っても指は折られないまま。心の中で溜め息を吐く。


「俺って、なーんもないのな」

「そうだよ〜トラちゃんは、なぁんにもないの」


後ろから腹に腕を巻きつけてくるのは、神出鬼没のご主人様である。トラメルは、今度は実際に溜め息を吐いた。


「そんなわかりきったことをわからせるために、俺を連れ回してたんですか?」

「自分でわかるのと、人にわからせられるのは違うでしょ〜?」

「十分わかりましたよ、俺に価値なんかないって」

「ふふ〜、涙目になってる。かわい〜」


頭を撫で撫でされる。


「十七男の尊厳ぽっきり折って楽しいですか。俺は楽しくないです」

「楽しいよ〜。本当にたのしい。ね、トラちゃん、これでわかったでしょ? 貴方より優れた人はたくさんいる。トラちゃんはぁ、簡単に捨てられちゃう存在なんだよ?」


なんだか声が湿り気を帯びている。


「だから、他の女の子なんか見ちゃダメ。シアに血を吸わせたらダメ。繁殖係になったらダメ……私のトラちゃんでいなきゃ」

「思い通りになってなきゃ、ダメってことですか?」

「そういうこと。トラちゃんは賢いね〜」

「えへへー」


若干湿り気がなくなった声を聞いて、トラメルは思った。


これは、いい足掛かりを見つけたかもしれない。


 




人間ってのは、一度固定された価値観に囚われると、なかなか抜けにくい。

反対に、新しい価値観に順応するのが早い。


たとえば「家畜」。血を吸われるのがステータスになってる今の状況は明らかにおかしいのに、元王国の人間は皆順応している。そして、この価値観から抜け出せないでいる。抜け出したら、待っているのは「死」だと、肌で感じているからだ。


そんな淵に立っているから、皆、心に余裕がない。


「吸血鬼の思う壺。まったく人間は愚かだ。そうは思わないか図鑑君」

「変な名前つけないでください」


今日も美少年と飼い主のいかがわしいやりとりを遠目で見守り、そしてやっぱり抜け出して来た少年に、トラメルは話しかけた。


「僕が言ったのは、そういう意味じゃないのに……」

「じゃあどういう意味なんだよ。意味深なこと言いやがって。めちゃくちゃ惨めになったわ」

「それが狙いだったのに……はあ、楽観的すぎるのもどうかと思いますよ。トラメルさん」


なんだかむず痒い名前の呼ばれ方。トラメルは、絨毯の毛を数える作業をやめて顔を上げた。


「家畜とお友達と婚約者。もちろん殺されるのは家畜の貴方です。だけど」


ひと呼吸おいて、図鑑少年は、言う。


「レーテ様の生命に、いちばん直結してるのは貴方なんです」

「よくわからん」

「わからないんですか? 貴方、よくあの方のお友達をなさってましたね」

「なんで過去形なんだよ」


なんでお友達なんだよ。声には出さないが、そう突っ込んだ。声に出したらダメな気がした。


「僕から言えることは、ただ一つです。早く捨てられてください。そうしたら、僕たちにとっての邪魔者もいなくなります」


少年は、やっぱり皮肉げな笑みを浮かべた。ちらちらと後ろを気にしながら。 


「あー、わかった。お前……」


人を馬鹿にしないと、嘘をつけないのな。


 




人に無力感を植え付けてくるご主人様に、意味深なことを言ってくる図鑑少年。それから。


「この食糧ってさあ、どっから手に入れてくるの?」


そんなことを、「っス」の語尾が特徴的な変人(トラメルに好意的だから)吸血鬼少女に訊いてみれば、少女は固まった。固まったけれど、すぐに持ち直したようだ。


「そりゃ、海からっスよ」


昼ごはんである。パエリアである。


「でも、うちに海ないじゃん」

「隣の国にあるんス」

「隣の国もこうやって支配されてるから、食糧調達ルートがあるのか?」 


そういえば、王国は支配されたけど、隣国はどうなのだろう。そんなことを思って訊いてみたのだが、少女は苦笑いするばかり。


「まあ、そんな感じっスね」

「ふーん、そんな感じなんだ」


何か不都合があるんだな。トラメルは漠然とそう思った。


「吸血鬼って、随分と手広く支配してるんだなぁ」

「あ、あはは……トラちゃん、いきなりどうしたんスか? 何か気になることでも?」

「いや? なんとなく、気になったから」

「……これはお節介なんですけど」


パエリアの入った皿を机の上に置きながら、少女が呟いた。


「あんまり、詮索しない方が良いっスよ。特にトラちゃんは」

「? なんで?」

「レーテ様と、仲良くしていたいでしょ? 私も、トラちゃんとレーテ様には仲良くして欲しいっス」


少しだけ、困ったような顔で、少女は笑った。


「あともう少しの辛抱っスよ、トラちゃん。レーテ様が婚姻できるまでの歳になれば、トラちゃんの地位は安泰っス。ハッピーエンド間違いなし!」 


トラメルは聞き逃さなかった。


「まあ、レーテ様にとってっスけど……」

 





「それで、レーちゃんの婚約者君に聞きたいんだけど、レーちゃんと結婚式を挙げるのはいつ?」

「急に何だ君は……」

「レーちゃんに贈り物でもしようと思ってさ」


一階に泊まっている婚約者の男の元に行くと、彼はトラメル単体は嫌いなようで、しっしと手で追い払われた。それでもトラメルは鉄壁のディフェンスを発揮して、ウザ絡みをする。


「教えてくださいよ婚約者さん。呼び方がいけないのかな、よっイケメン! カッコいい! い、イケメン……」

「褒め方のボキャブラリーが無さすぎるな、お前……それに、僕はイケメンではあるが、しっかりとした名前がある。オリバー・ティアール。爵位は公爵だ。覚えておけ愚民」

「へーいっス。ん? ティアール?」


それ、どっかで聞いたな。そう考えて、「ああ!」と手を打つ。


「シアの元婚約者か!」

「あの女を知ってるのか?」


ティアール公爵が目を丸くする。トラメルは頷いた。


「俺のところにやってきておかしなことを吹き込んで牢にぶち込まれた哀れな女ですよ。まあ、俺がレーちゃんに密告したんだけど」

「また牢に逆戻りか……ちょうどいい。あの女、見た目と血筋は良いからな。慰めるふりをして手籠にでもしてやるか」

「やったあ、ゲス発言だあ!!」

「……なんで喜んでるんだお前」

「いや、俺以上にゲスな奴がいて喜んでるんです」

「なんて嫌な喜び方だ」

「ちなみに、結婚式はいつですか?」

「お前、間違っても参加するなよ! 一ヶ月後だ! 絶対来るなよ!!」

「参加しないですよ。安心してください」


胡散臭い笑みを浮かべて、トラメルは心の中で呟いた。


ーーだって、その日だけがチャンスだもん。

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