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メイドさんとおしつけられるヤボク君

「罠だな」

「罠だ」

「罠ですね」

「いや、罠じゃないんじゃない?」


三者三様の異口同音。それに反してトラメルが発言すれば、伏せていた顔を上げて、ぱあっと表情を輝かせる、王城からの脱走者。


「トラちゃん!」


ぶんぶん振られる、嬉しそうな尻尾が見える気がするこの人は、レーテの部下にはレーテの部下だが、トラメルによくしてくれたメイドさんである。


「あぅ〜ごめんね、トラちゃん、結婚式の前に冷たくして……レーテ様が、『トラちゃんと話したメイドは殺す』って言ってたから、近寄れなかったの」

「そうだろうなって思ってたよ」


シアが、「トラメル知り合い?」と首を傾げて訊いてくる。トラメルは、ざっとメイドさんのことを説明した。


まだトラメルが吸血奴隷だった頃、王城にカチコミに行った時に、「また来たの〜? よーしよしよし」と頭や顎を撫でてもらったりしたこと、お菓子をもらっていたこと。


「完全に野良猫扱いじゃねえか」


などという、爆弾魔先輩の失礼な言葉と、ラクタの同意するような頷きは無視することにする。


「まったく、レーテも困ったもんだね。俺が大好きすぎて」

「その自信はどっから来るのよ」 


というシアちゃんは、なんだか面白くなさそうだ。赤い瞳を不機嫌そうに細める。 


「このメイドは、レーテの部下だったんでしょ。だったら、レーテ側から送られてきたスパイっていうことで、確定でしょ」

「ふっさすがシア・ノウゼン。冴え渡るような推理ですね」

「推理……?」


ふわっふわな前髪をくしゃりと撫で付け、格好をつけ始めたメイドさんに、困惑するシア。メイドさんは、意味深な笑いを浮かべていた。


「さすが、かつてはレーテ様と肩を並べていた令嬢なだけあります。認めましょう」

「肩を並べてたんじゃなくて、追い抜かしてたもん!」

「その上で、私はこう言います…………違うんです〜私はトラちゃんのもしゃもしゃの毛の感触が忘れられなくて!! はあ、はあ、トラちゃん、そのくるくるした髪の毛触らせて?」

「こいつぁとんだ変態だぜ!」


爆弾魔先輩が、何かを諦めたようにトラメルにサムズアップしてくる。お前がどうにかしろというジェスチャーである。


メイドさんは、トラメルにうるうるした瞳を向ける。片手が震えていた。 


「結婚式の日からね、私の右手は、もしゃもしゃを求めているの……もちろん、トラちゃんとノウゼン嬢の演説にも心を打たれたよ。でもいちばんは、あの感触を味わいたいっていう気持ち」

「少し、待ってくださる?」


静観を破って一歩踏み出したのは、シャーロットである。彼女の表情は、緊張に満ちていた。


爪先立ちになり、そっと、トラメルに手を伸ばす。おそるおそる一撫でし、


「たしかに」


納得したように言う。


「何の時間だったの、今」

「トラメル様の、御髪の感触を味わ、こほん、検証する時間ですわ。私にはわかります……この方は、嘘をついてはいません。純粋に、この素晴らしい感触を味わいたく、脱獄を手配したのでしょう」


信憑性に欠ける論を展開するシャーロットは、檻の中のメイドさんに微笑みかけた。 


「まるで、春の園にいるような気持ちになりますわね。一帯に咲く花々の甘い香りが、風に吹かれて運ばれてきましたわ」

「……人間、わかっているじゃないですか」


ふっ、と笑うメイドさん。あれ、吸血鬼って、花を愛でるものだっけ。 


「なるほど、こうどなたたかいだ」


完全に思考を放棄した爆弾魔先輩が、うんうんと頷きながら言う。


トラメルは、隣に立つシアを見る。


「どう思う?」

「おんなじ感想よ」

「そうだよな、いくらなんでも、俺を撫でたいがために脱獄してきたって信じられないよな。でも」

「私もトラメルの血を吸いたいからわかる。だから、あの女……シャーロットと、おんなじ感想」

「はぇ?」


間抜け声が出てしまった。


シアは、瞳を輝かせ、握った拳をぶんぶん降っている。


「あの女は、本能に従って同盟に加わりにきたのよ!!」




 


同盟幹部の女子組は、普段はギスギスしているのに、この時ばかりは意見が一致していた。


「あの」

「トラメルが死んじゃったら、美味しい血を味わうことも、髪の毛わしゃわしゃすることもできなくなるものね。わかるわぁ」

「シャーロットちゃん」

「ごめんなさいトラメル様、私も、大切な人には(私が殺したいから)生きていてほしいのです」


今、なんか聞こえたような。


「メイドさ」 

「えっ、幹部とヒラは接触禁止!? それならどうやって私はトラちゃんを可愛がればいいの!?」


この世の終わりみたいな顔をするメイドさん。さっそく同盟の掟を教えているシアとシャーロットは、加入させる気満々だ。


いや、別に加入させるのは良いんだけど。


トラメルの、さっきの「でも」の続きは、そんな趣旨だったし。


ーーあからさまに、“罠”だよなぁ。


レーテに「殺す」と言われて、トラメルに接近して来なかったメイドさんは、つまりレーテの恐ろしさをわかっているということ。レーテを裏切れば、待っているのは死ということを。


それなのに、今回わざわざ人間十数人を逃して脱獄してきたのは、やっぱりおかしい。無謀にもほどがある。 


ーーヤボク君はレーテに、未だに〇二四三番さんに接触できないことを言ったんだろうし、このタイミングでこの人が送られてくるのは、〇二四三番さんとヤボク君を接触させるためだろうし。


それに、ヤボクと同時期に逃げてきた奴らを見極める機会にもなる。


レーテのことだ。人間と吸血鬼、両方にスパイを潜り込ませていることだろう。このメイドさんを投入すること自体が、何かの合図なのかも。


「……それで、どうする、トラメル?」


渦中の人が、ゆっくり口を開く。珍しく自分のテリトリーから出ている〇二四三番さんだ。


「その女を殺すか生かすか、どっちにする?」

「物騒な二択ですね!」


なんで一番目に殺すが出て来るんだ。


「裏切り者か、裏切り者じゃないかの二択だ。裏切り者だったら、早めに始末した方が良い」

「〇二四三番さんは、どっちが良いと思います?」

「お前に委ねるよ」 


教える気はないらしい。外交には難渋を示していたくせに、メイドさんのことは、どうでもいいという態度。


ここで“殺さない”を選択してくれたら、どんなに楽だろうか。そうしたら、メイドさんはスパイで確定だったのに。


「……わかりました。俺はーー」






「まったく、〇二四三番さんにも困ったもんだよね。殺すか生かすかの選択しかないみたいに錯覚させようとするなんて」

「はあ……」


ぷんすか怒るトラメルはじょうろで沈丁花たちに水をやった。ヤボクはその隣で、肯定とも否定ともつかない返事。


「おんなじスパイ仲間として、なんか言ってやってよ」

「いや無理ですよ。あの人怖いですし、せいぜい情報交換が関の山ですし。できてないけど」

「だから、今度ヤボク君と〇二四三番さんの密談をセッティングしといたからね」

「なんてことしてくれてんだアンタ!?」 


座っていたヤボクは、勢いよく立ち上がった。


「ていうか、トラメルさんに知られてる時点で密談じゃないし!? ていうか、なんでいきなり俺とあの人を接触させようとしてるんですか!?」

「いや……あの人単体だとボロを出さないから、ヤボク君で足を引っ張ろうかなと」

「本人の前で言いますか、それ」 

「これ、褒めてるんだよ。俺、あの人の前だと生まれたての子鹿みたいになるからさ」

「生まれたての子鹿ぁ?」 


トラメルも立ち上がって、それを再現してみせた。ヤボクが吹き出す。


「そんな、ぶふっ、トラメルさん、それは過剰すぎますって!」

「これ、ホントの話」


トラメルの真顔に、ヤボクの笑顔がかき消された。


「ホントの話」

「え」

「がんばれ、ヤボク君」


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