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勝ち取れ!外交権!

「足りねぇ」


何かと何かがぶつかる音が、静かな監獄に響く。


数多の人間を手にかけてきた人間は、その双眸を、鋭く光らせた。


昼であっても、この監獄には暗がりがある。暗がりがあってもなお、浮かび上がる貪欲な瞳。


格子越し、片膝を立てて座る男は、苛立っているようだった。


彼は、飢えている。彼の血液は、()()によってできているといっても、過言ではない。


「なぁ、そうだろ、トラメル?」


ゆったりと、しかしドスを効かせて紡がれる言葉。ひゅ、とトラメルの横髪がなびき、かん、と、やはり、何かと何かがぶつかる音が、響いた。


トラメルは、男が投げたそれを拾った。銀色のそれは、別に、ナイフでもなんでもない。


それは、スプーンである。


「この監獄には、刺激が足りねぇ」






「ということで、我々『なかよし同盟』の次なる目標は、“現王政派を脅して、外交権を勝ち取る”です。拍手〜」


まばらな拍手が、看守室に響く。拍手をしているのは、B級犯罪者であるカレー好きの人と、S級犯罪者であるシャーロットちゃん、同じく〇二四三番さんである。名誉ある初期メンからは、シザーしか拍手してくれない。


もちろん、急に連れてこられたラクタ君は、目を白黒させていた。


「いっつも“ということで”ではじまりますけど、僕は前後がわかりません」

「同じく!」


シアが、しゅびっと綺麗に手を挙げて同意。


トラメルは、カレー好きの人をちらりと見た。彼がいちばん、この事態をよくわかっている。カレー好きの人も、トラメルの視線に気づいたらしい。重々しく頷いて、口を開く。


「つまり、美味いカレーを作るために、現王政派を脅す、ということだ」


ダメだった。余計難解になった。掠ってるには掠ってるんだけど。


ーーくそ、この人、俺が初めて会った時はツッコミ属性だったのに! 


カレー好きと判明してからボケ要員にまわりやがった! 


このままでは、ボケの申し子トラメル君がツッコミの申し子トラメル君になってしまう……そんな無駄な危惧を抱いていると。


す、と挙げられる手。吸血鬼は、手を挙げるのがブームなのだろうか?


「はい、ニノンさん」

「貴様の許可など求めてない!」

「じゃあなんで手を挙げたんですか?」

「シア様とお揃いだからだ!」


ぶ、ぶれねえ。


とはいえ、彼女もなかよし同盟の一員である。嫌な予感はするが、発言を待ってみることにする。


「つまり、美味いカレーとやらを作るためには多くの食材がいるが、この監獄にはそれがない。だから、他国に食糧を貢がせている現王政派と交渉して、『仲良し同盟』本部に、他国から直接食材が流れてくるようにしたい、と、そういうことだろう」

「そうだけど……よくわかったね?」


あの説明で。


「吸血王様が、人間は食への探究心が強いとおっしゃっていたからな」


少し懐かしそうに言う。彼女の言う吸血王とは、もちろんドタコンではなく、シアの父の方なのだろう。


「ことカレーに至っては、多くの匂いが混ざっていたからな。入れる食材が異なれば、また別の味がすると、そういうことなのだろう?」


苦々しい表情。


「私たちは、ああいう刺激的な匂いは好まないが、人間は違うのだろう?」

「もしかして、ひとつひとつの匂いを嗅ぎ分けられたり?」


質問すると、頷かれる。なるほど、人間はカレーの複合的な匂いを楽しめるが、吸血鬼にとっては、アレと同じくらい、刺激的な匂いが散らばって襲いかかってくるわけだ。


ーーていうか、カレーの匂いを嗅ぎ分けられるくらいに鼻がいいって、


「なんか、犬みたいだね」

「それ、褒め言葉?」

「かもしれない」


シアちゃんは、満足げに笑って、上げていた拳を下ろした。怖い。


「さすがに、外交権っていうのは、無理があるんじゃねーか?」


そんな恐怖の光景に首を突っ込んでくるのは、やりとりを静観していたシザーである。


「たしかに、他国からというのが一番いい。現王政派を通すと、食糧にどんなもんが混ぜられるかわからないからな。だけど、俺たちが直接他国と通じ合うことを、あっちが認めるとは思わねえ」

「せいぜい混ぜるとして、眠り薬ですが……料理ならともかく、材料ですからね。そんな遠回しな計画を実行する前に、ここに殴り込んで来ていますよ」


最近牢屋から出てきたヤボクも、もっともなことを言う。トラメルは、少し悩んだ後、最初に拍手してくれた〇二四三番さんの方を見た。


「どう思います?」

「俺も、シザーとヤボクに同意かな。外交権は、後で勝ち取ればいい」


ふむ、なるほど。別に判断材料にはならないが、参考にはなった。


「いや、外交権は、必要だ」


す、と手を挙げるカレー好きの人(別に手を挙げなくても良いんだけど)。


彼は、眼光鋭く、室内の人々を見回した。


「なぜなら、俺が至高のカレーを作るために必要なのは、香辛料だからだ」

「こーしんりょー?」

「カレーの中に入っている、あの刺激的な匂いを発する源のことです」


首を傾げるシアに、ニノンが優しく教えた。そして、カレー好きの人が言わんとすることに気づいたらしい。


「そうか、そういうことか」

「ああ、そうだ。俺が欲しいのは香辛料。だからこそ、外交権は、勝ち取れる」




 


籠城において、必要なのはまず食糧。そろそろ来る頃かとは思っていたが。


「あひひひひ!! こぉんな城、すぐに爆破しちゃえば良いんだぁ〜!!」

「俺は至高のカレーを作れなかったら自決する覚悟だ」

「てことで、外交権をください」

「馬鹿なの?」


食糧すっ飛ばして外交権とか、面接した時のやばい奴らが娑婆に出てることとか、敵対勢力の本陣に乗り込んでくることとか。


久しぶりに会った馬鹿は、やはり馬鹿だった。吸血王は、感情の処理の仕方がわからなかった。


ーーえ、今ここで、この馬鹿捕まえればよくない?


ていうか、どうやって入ってきた。


「入口爆破しました」

「あぁ〜っ!!」


吸血王は頭を抱えた。絶対爆破したの、変な笑い方してる火傷男じゃん。なんかポケットの中ごそごそしてるし。


「それで、どうしますか建築能力も何もない吸血王様。外交権貰えないなら、この城爆破しますけど」

「そ、その前にお前たちの監獄を爆破してやるわ!!」

「じゃ、今爆破しよう。なんてのは冗談で」


トラメルが、よっこいせと背負っていた風呂敷を、机の上に置いた。


「なに、それ」

「カレー粉」


たしかにその匂いはするけれど! 吸血王は、鼻を摘んだが時すでに遅し。鼻の奥まで入った刺激臭は、なかなか拭えなかった。


トラメルが、少し寂しそうな顔をしながら言う。


「残念ながら、ダフィンとの思い出が詰まった城を、俺は爆破することなんてできません」

「さっき入口爆破したって言ったじゃん」

「入口には、特に思い入れないんで……こっちの爆弾も、城ごと吹き飛ぶ威力のは、流石にないですね」


それが嘘か本当かはわからないが、爆破なんてしたら、トラメルたちも死んでしまうことは事実。いや、この男なら自分の命なんてぽいっと放りそうではあるのだが。


「俺たちにできるのは、せいぜいこの城を三日間、カレー臭で満たすことだけです」

「……は?」

「爆風で城にカレー粉を行き渡らせることぐらいしかできません。ちなみにこのカレー粉は、カレー好きの人監修により、刺激臭ましましです」


カレー好きの人と言われたやべえやつは、うんうんと頷いている。


やめてほしい、切実に。


「わ、わかった。外交権はやる。だから、城をカレーまみれにするのはやめろ」


この城は、吸血王にとって、命よりも大事な証なのだ。それを悟られるわけにはいかないが、純粋にカレーまみれにされるのも困る。


「よっしゃ。命拾いしたなドタコン!」

「黙れ殺すぞ」 

「これを断ってたら、カレー好きの人が囚人を一人一人殺しに行ってましたよ」 

「お前はよくそれと付き合えるな?」


類は友を呼ぶ、そんな言葉を、ふと、思い出した。それは、遠い昔の記憶である。


「それに、アレもあるし。本当、俺たちに外交権を与えて正解ですよ」

「アレ?」

「そうです。このカレー粉には入ってないけど、カレーを美味しくするためには、アレが必要なんです。ね?」


トラメルが、カレー好きの人とやらを見ると、彼はこくりと頷いた。


「ガーリック、だ」


つまり、それって。


その臭いを思い出しただけで、吸血王の顔は歪んだ。玉ねぎにも似た白い形の悪魔。またの名を、にんにく。別に死にはしないが、できるなら避けたい食材である。


「ね、俺らが直接取引した方が良いでしょ? それとも、間、取り持ってくれます? 城の食糧庫、にんにくだらけにしてくれますか?」


こいつぅ……!


レーテのお気に入りじゃなきゃぶっ殺してやりたい。


わなわなと震える吸血王、と。


「それなら、うってつけの国があるよ」


ナチュラルに盗聴していた馬鹿息子が、堂々と扉を開けて入ってくる。


「外交をするんだろう? 楽しそうだね」

「ええ、まあ、はい」


トラメルの表情は硬い。苦手なのだろうか?


ナザルは、そんなトラメルに、機嫌良く微笑んでみせた。


「レッサリア王国というんだけど、どうかな?」

「持て余してるからって、押し付けないでもらえます?」


トラメルもまた、にこやかに微笑みながら、ナザルの提案を秒で却下したのであった。

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