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トラメル君と、犬と猫

「そういうわけで、カレーの人と、残りのS級犯罪者三人も、なんやかんやで仲間になったのであった」

「まさか、全員が了承してくれるとは思いませんでしたね!」


トラメルの説明台詞にも、特に突っ込むことなくはしゃぐラクタ君。最近ダフィンのことならなんでもわかる同志が現れたから、テンション上がっているんだろうか?


「さてラクタ君。これで我らが『なかよし同盟』は、二桁になったわけだがーー」

「トラメルさんと、シザーさん、シアさん、ニノンさん、それと、僕。シャーロットさんをはじめとしたS級五人と、カレーの方で十一人ですね!」

「そのとおり! さてそこで問題だシザー君。このあと俺たちは、何をすべきか!?」

「えっ俺」  


突然の指名に驚くシザー。そう、攻撃は思わぬ方向からやってくるのだ。


「俺の元同僚の君なら、俺の考えてることわかるよな? 一緒に血を吸われた仲だもんな?」

「それはそうだけど、俺はほとんどお前に振り回されていたからな? けっこう引き気味に話を聞いてたからな?」


と、苦笑いで言われて、トラメルはショックを受けた。攻撃は思わぬ方向から以下略。


「それはそうと、そうだな。次に俺たちがやるべきはーー」


シザーの瞳が鋭くなる。


「捕まえた人たちの解放、じゃないか?」

「えっ、そうなの」

「えっ」


トラメルは、口元に手をあてた。


「すっかり、忘れてた……!」






「あぁ〜やっと解放されるんですね、良かったぁ〜」 


カレー大作戦の後に監獄に来た彼は、トラメルの顔を見るなり、半泣きで檻を掴んだ。


「まさか、新派閥……なかよし同盟でしたっけ、に入りたいって言ってここにぶち込まれるとは思いませんでしたよ」

「ごめんごめん、外から来た人たちはみんなスパイだと思ってるからさ」

「さらっとひどいこと言いますね……でも、そのくらいが丁度いいか。俺なら、なおさら」


自嘲するかのような言い方。


彼のそばには植物図鑑が置いてある。ここに来る時に持っていたことからしても、かなりのお気に入りのようだ。トラメルは訊いてみた。


「“図鑑君”の襲名、する?」

「しませんよ」


彼はにっこり笑って首を振った。 


「そういえば、二年いっしょにいたけど名乗ることはしませんでしたね。俺の名前は、ヤボク。ヤボク・カルザといいます。よろしくお願いします、トラメルさん」 


檻の隙間から、ヤボクが手を差し出す。トラメルも笑った。しばらく二人で微笑み合う。 


そうして、たっぷりの沈黙の後。


「……あの」

「なに?」

「え、出しに来てくれたんじゃないんですか?」


にこやかな笑みから、ひきつり笑いになるヤボク。一歩下がったトラメルは、懐から鍵束を取り出した。 


「いや?」


これ見よがしに輪を指に引っ掛けて、回してみせる。ちゃりちゃり鳴る鍵たちを、ヤボクが目で追う。トラメルは、相変わらずの笑顔。


「だって君、レーテの部下じゃん?」

「ですよねええええ!!」


檻の外に差し出していた手を引っ込めて、頭を抱えて叫ぶヤボク。周りから「うるせえ!」とヤジが飛ぶ。


「たぶん、誰よりもスパイ扱いされてるんだろうなと思いましたよ! なんか俺の牢屋だけ鍵が二重についてるし!?」

「特別待遇だよ良かったね」

「感情のこもっていないことに気付いてください! トラメルさん、どこに行くんですかトラメルさんッ!?」

「元気そうで何よりだよ。まだ頑張れるね」

「その確認に来ただけかい!」


やっぱり元気なツッコミを響かせる彼。まだ一週間ぐらい放置してもよさそうだ。


うんうん、とトラメルが頷いていると、護衛役のシアが、ひょこひょこ後をついてきながら、「解放してあげないの?」と聞いてくる。 


「貴方に友好的だったんでしょ?」

「そうだなあ」


トラメルとしても、ヤボクに好感がないわけではない。なにせ、吸血鬼にも人間にも煙たがられていたトラメルのことを好いてくれる、奇特な吸血鬼だ。


「シア姫ッ、この人間は信用なりません。見てくださいこの下品な笑顔ッ」


今もこうして、吸血鬼に罵られている身としては、得難い存在なんだと思うのだけれども。


「おやおやぁ〜そんなこと言っていいのかな? 俺を貶す即ちシア様を貶すことも同然なんだけどなぁ〜? シア様、いっちょ揉んだってください!」

「トラメルはこんなだけど、私の立派な同志よ。下品な笑顔は否定しないけど、彼を否定するのは許さない。あと貴方は私の後ろに隠れるのをやめなさい」


そう言われて、トラメルはシアの後ろに隠れるのをやめた。


「いっけね、レーテの時のクセが、つい」

「貴方と私は対等なのよ。しゃんとしてなさい」


おや、とトラメルは目を瞠った。レーテなら、トラメルがこんなふうに小物ムーブした時に、トラメルの髪をわしゃわしゃして、「トラちゃんはぁ、甘えん坊さんだね〜」と言ってくれるのに。


ーーああ、なるほど。


「何を笑っている人間ッ」

「いや、俺も、改めなきゃなーって思って」


トラメルは、がちゃり、と牢屋の鍵を開けた。呆けた様子の吸血鬼に、手を差し出す。


「俺の名前は、トラメル・ヴィエスタ。『仲良し同盟』の議長であり、シアの同志です。よろしくお願いします」

「ふん、貴様となぞ」

「俺と仲良くはしなくていい。だけど、今だけ、力を貸してくれませんか?」


差し出した手が取られる。


「貴様の名前と、噂は知っている。だが、噂は噂だな。非礼を詫びようトラメル。私はーー」






「で、俺だけ置いてけぼりですかトラメルさん!? おーい、おーいっ!」

「何か一つだけレーテの秘密を話してくれたら解放しないこともない」

「レーテ様はトラメルさんが寝てる時にピーー(自主規制)して、ピーーしてました!!」

「元主人の秘密を簡単に話してしまう時点で信用できません。不合格」

「理不尽!!」


だんだんっ、と床を叩くヤボク。その振動と大声に、「うるせえ」とテンション低い苦言が飛んでくる。


「おい兄ちゃん、こいつも連れてってやれよ。毎日めそめそめそめそしやがって、こっちがストレスだわ」


優しめな囚人がそんなことを言ってくるが、ノーと言えるトラメル君は、腕を交差してバツを作る。


「絶、対、に、出さん!」


 




「いや、出してやった方がいいんじゃないか?」

「? なんで?」   


〇二四三番さんは、S級犯罪者で、巨大な犯罪組織の首領。数々の部下を使い殺してきたくせに、そんなことを言う。


「それだと、お前が疑われることになるからだ」


トラメルは、首を捻った。〇二四三番さんは、自分のテリトリーである牢屋で、トラメルに諭すように言う。


「強情なのは、疑われる要因にもなり得るということだ。考えてもみろ。お前も、レーテの部下のようなものだろう」

「はぇ?」


変な声が出てしまった。


「俺が、レーテの部下ぁ?」

「実際、旧王政派とやらに敵対視されていただろう?」

「そーいえば、噂がなんとかって言ってたな。その噂って、まさか」

「そう。お前がレーテの飼い犬だと思われてるってことさ」


我が意を得たりというように、淡々と、〇二四三番さんは騙る。


「だから、お前がヤボク君だっけ? そいつを否定すればするほどに、お前のことをよく思ってない奴らからは、こう思われる。“トラメル・ヴィエスタは、レーテ側の人間だ。同じくレーテ側のヤボクを否定することで、自分がシア側だという印象を植え付けようとしている”」

「あはは、まっさか〜」

「捕まえていた人間と吸血鬼は、みんな解放したんだろう? “仲良し同盟”の基盤は出来ている。いわゆる、俺たち幹部組しか知らないことは、新しく参加した奴らには聞かせていないーー線引きは、十分だ」


背中を押すような言葉。たしかにそうだ。基盤を固めたのなら、あとはスパイが紛れてようがなんだろうが、幹部以外が核心に迫ることはない。同盟の瓦解はしない、そのはずだが。


「ーーだがそれは、相手側を騙すことにおいても、好都合だ」

「……どういうことっスか」

「簡単なことだよ。お前はどちらの味方にも、どちらの敵にもなれば良いんだ」


悪意を持った人間が、笑う。狡猾さにおいては、どんな生物にも勝る生き物が。


「スパイも取り込んで騙し抜け。そいつらには今まで通り、レーテのワンちゃんだという証明をするんだ。あとは、作戦会議とか言って、レーテ側の情報を抜き出せば良い」

「で、肝心な時になったら?」

「お前が天下を取った時、シアにしようとしていることをすれば良い」


そこまで読まれている。トラメルは、逡巡した。


「わかった。アンタの言う通り、ヤボク君を解放します。でも、ひとつだけ訂正ね。俺は飼い犬じゃない」


城にいたときに毎日聞いた、ドタコンの声が蘇る。


「俺は、“ドラ猫”です」

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