王子フリークと抑止力
「それでは第三問ッ! 王子が懇意にしていた王都の菓子店を三つ答えよ! これはサービス問題ですよ。ねえトラメルさん?」
「そうだねえラクタ君。君が最初考えていた、ダフィンが十歳の時までに演説で俺様と言った回数を答えよ、よりかは、遙かに良心的な問題だよねえ」
「ですよねー」
「ねー」と、とある牢屋の前で顔を見合わせる二人。
そんな二人を、物陰から死んだ目で見守っていたシアは、手に力を込め……監獄の壁に、ぴしりとヒビが入ったのであった。
「カルトクイズじゃないのよ?」
意気揚々と帰ってきたトラメル達に、シアが頰を膨らませながら、そんなことを言う。トラメルは、しばらく考えた後、「ああ!」と手を打った。
「なんだ、尾けてきてたんだ」
「それで通じるあたり、貴方、わざとやってたんでしょ?」
トラメルは、親指をぐっと立てた。そんなトラメルの様子に、シアが大きな溜息を吐いて、ズルズルと床に座り込む。
「カルトクイズじゃなきゃ、検定よ。あの王子検定で、何がわかるっていうの?」
「もちろん、その人が善良であるかどうかだよ。な、ラクタ君。ダフィン好きに、悪い奴はいないもんね?」
ラクタに振ると、ラクタが拳を握って力説。
「そうですよ!! ダフネオドラ王子フリークの人なら信用できる! そう思っています!」
「ダメだわこれ」
シアが死んだ魚のような目になって、額に手を当てた。気持ちはわからなくもない。犯罪者を恐れるまともな感覚を持っていたラクタ君が、いちばん暴走するなんて、トラメルも思わなかった。いや、少しは思っていたけど。
まあ、その暴走もまた、ラクタが舐められないために必要なので、野放しにしておいたのだが……。
ーー問題は、アレなんだよなぁ。
どうするかと考えていると、とうとう涙目になったシアがトラメルに詰め寄ってきて、
「どっせい!」
投げた。ていうか、投げられた。
逆さまになった視界で、あまりにも綺麗に自分に決まった背負い投げに感心する。
「前提が違うのよ!! どうして監獄で“善い人”探しなんてしてるのよ!?」
なんやかんやで手加減してくれたらしく、脳震盪は起こらなかった。トラメルは冷静にシアを下から見る。シアがジト目でスカートを押さえた。どうやら、リリーのように上手くはいかないらしい。
「吸血鬼の力ってのは、すごいんだなぁ〜」
向かいの牢屋。看守室から鍵を使って釈放した〇二四三番さん(本名を教えてくれないところとか、仲間になっても自分の牢屋に引きこもってるところが曲者っぽい)が、感心したような声を出す。こんなバイオレンスな現場を目撃してもそう言えるあたり、きっと彼の心臓は鋼でできているに違いない。
シアは、ちら、と〇二四三番さんを見て、トラメルをひっくり返して座らせた。
「この監獄にいるのは、ラクタ曰く、頭おかしい連中なんでしょ? だったら基準は、善性じゃなくて、頭が良いか、それと、御し易いかでしょ」
シアがトラメルの体を服の上から軽く叩き、ついでに瞼を開かせてじっと見てくる。軽く頷く。
「うん、異常なし。よかった!」
これで美味しい血が飲めるわ、と幻聴が聞こえた。シアがちょっと離れたところに座り直す。
「だいたい、王子が懇意にしていた製菓店を答えられたところで何になるのよ。ていうか、仮に貴方達の王子好きに悪い人はいない理論があったとして、それを答えられる人間がいなきゃーー」
そう、問題は、そこなのである。
「それが、いたんだよなぁ」
ラクタが考えたカルトクイズに答えられる人間が、一人、いた。
「ラクタ君」
「はい!」
ラクタが意気揚々と、トラメルに紙切れを渡す。それをトラメルがシアに渡す。
「え、直接シアさんに渡せば良くないか?」
と、シザーが引き気味に言ったが、こういうのは雰囲気が大事なのである。ちょこんと座ったシアが、目を瞠る。
「なに、これ」
「ふふん、驚いたろ?」
ちなみにトラメルも驚いている。
なにせ、これは、旧王国の、ダフネオドラ・スティルラント王子に関するカルトクイズ、それに全問正解している解答用紙なのである。
解答の他に、流れるような筆致で書かれた捕捉情報は、そりゃもう王子信者と言うほかあるまい。
「別の候補者を試験してた時に、近くの牢屋から声が掛かってな。試しに解かせてみたら、こんな結果になったってわけだ」
「まさか、王子の愛馬の父方の祖父の名前を答えよ、まで答えられるとは……!」
「それって、もはや王子関係ある?」
悔しそうなラクタに突っ込むシア。正解はビクトリー号である。
「それで、なんで悩んでるんだ、議長?」
先程紙の渡し方に突っ込んでいたシザーが、今度は的確に、トラメルの様子を察して質問してきた。さすが、トラメルと共に吸血部屋でご一緒していた男である。
「それがさあ、その問題を解いたのが」
「私は、合格でして?」
可憐な少女が微笑めば、辺り一帯には花が咲いたような気がした。
囚人番号一五二二番、シャーロット・フレン、犯罪者階級は、S。つまり、〇二四三番さんと同じ。
「ふふ、私、この監獄で暮らすのに飽きてしまいましたの。殿方の熱い声援を浴びるのもそれは気持ちの良いものですが、私はもっと、刺激的で、血液が沸騰するような、過激な体験がしたいのですわ」
「それは、殺しとか?」
「ええ、ええ、そうですわね。何も知らずに死ぬ人間の、“どうして”という顔が、私にとってなによりもの快楽なのですわ」
なぜか頬を紅潮させる少女は、碧い瞳を潤ませた。ちなみに、殿方の熱い声援とは、シャーロットに掛けられる下卑た声のことである。シャーロットは、たまらないというように、自らの体を抱きしめた。
なるほど、歳のわりには豊かな曲線を描いている体で、男を誘惑して殺してきただけのことはある。
シアは、冷めた瞳でそんなことを思った。実の父さえも殺す存在は、到底理解できそうにない。
「トラメル、こんな変態なんて絶対野に解き放っちゃダメよ。こんな奴ーー」
「採用」
「はぇ?」
シアの口からは、間抜けな声が出てしまった。トラメルは、かちゃりと、シャーロットの牢屋の鍵を開けた。
「約束するよ。『仲良し同盟』に入ったら、君に、とっておきの快楽を与えてあげる」
「ええ、期待していますわ」
「……」
手を差し出す凡人の少年とそれを取る美少女。そのアンバランスさ以外にも、シアはどこかモヤモヤするものを感じてしまった。
ーーなによ、トラメルのやつ。
あんなにデレデレしちゃって。だいたい、シャーロットは王子信者だし。私の方が、美少女なのに。
シャーロットの碧色の瞳と目が合う。
ざわっ、と肌が粟立った。明確に向けられた殺意。それを、鼻で笑ってやる。
トラメルは、それに気付いているのかいないのか、いや、やっぱり。
「それにしても、シャーロットちゃんは可愛いなぁ」
だめだ、気付いてなかった。
呼び出された監獄の屋上。大きな月を見ながらそんなことを言うトラメルは、ちっとも笑っていなかった。
「良い感じに、シアに殺気を向けてたよなぁ」
いや、気付いていたのか?
シアは、トラメルの横に座った。本当に大きな月だ。シアは、月が大好きだ。父の最期を、優しく彩ってくれたから。
「どういうつもりなのよ」
「どうって、頭が良くて、御し易い人間を選んだつもりだけど?」
それは、シアがトラメルに言った、採用する人物の基準である。
「男を手玉に取る頭の良さ、それに加えて、快楽という本能的なもので動いている単純さ。実に御し易そうだ」
「……S級を舐めるなって言ったのは、貴方の方よ?」
「……ダフィンって、変人に好かれるタイプでさ。そいつらを手足みたいに使ってた。シャーロットちゃんは、そいつらに似てる」
トラメルは、すくっと立った。彼の瞳は、月ではなく、遠く、遠くを見ていた。
「ダフィンの遺志を継ぐんなら、S級一人手玉にとれないでどうするってんだ。俺は決めたぞ、シア」
「なにを?」
「残る三人を解放して、抑止力を作るんだ」
「ふふ、ふふふ」
シャーロットは、幼な子のように無邪気に笑った。
「どうしたんですか?」
「いえ、久しぶりに外に出ることができて、嬉しくなってしまったのです」
「そうですか……良かったですね」
同志のようで同志じゃない少年の誤解は、解かずにおいた方が良いだろう。そうした方が、懐に潜り込めるというもの。
「それにしても、すごいですねシャーロットさん。王子のことなら、なんでも答えられてしまうんですから!」
緑の瞳をきらきらさせて、少年が興奮したように言う。シャーロットはお淑やかに微笑んだ。
「ええ、あの方のことなら、細部まで存じ上げておりますわ」
なにせ、シャーロットの最大の障害だったのだから。どうやって殺すか、いつもいつも、考えていたのだから。
『アイツは俺の妹と結婚するから、お前はブタ箱行きな』
不遜な声が蘇る。なんとでも言え。お前はもう、あの人の隣にいないんだから!




