偏食家のシア
ゆっくり進行ですね。
「私の名前はシア。“偏食家のシア”の異名を持つわ」
胸の割には態度がでかい銀髪の吸血鬼はそう名乗った。
「俺の名前はトラメル。“裏切り者のトラメル”という愛称を持つ」
「それって愛称っていうの? あとさっき私、貴方の名前呼んだよね?」
もちろん蔑称であるが、おそらく偏食家も蔑称なので合わせただけである。銀髪の吸血鬼改めシアは、「それで」とトラメルに詰め寄った。
「私の復讐、手伝ってくれるの?」
「訳を聞かなきゃ何とも言えない。あの吸血王を殺すのは簡単だけど、そうしたら俺の寄生先がなくなっちゃうからな」
「ああ、レーテのこと」
トラメルは頷いた。
何を隠そう、トラメルの飼い主、紫の髪を持つおっとりお姉さんのレーテは、この国を支配している吸血王の娘なのである。
二年前。
あのクソ暇な吸血王は、暇すぎて捕らえた人間一人一人を呼び出して、どうしたいかを直接聞いていた。反抗的な人間はどこかに連れて行かれて、従順な人間や、泣き喚く人間は血を吸われた。どっちみち、天国なんてなかったのである。
自分の番が来た時、トラメルはまず自分の名前を名乗り「どうせ吸われるなら、男じゃなくて美少女吸血鬼が良い」と言い放った。そうしたら、吸血王のそばにいたレーテがトラメルのことを「トラちゃん」と呼び、それはそれは熱い吸血をかましてくれたのである。
吸血王はドタコン(親バカ)なので、それはそれは怒り狂ったが、ドタコンなのでレーテのお願いを受け入れた。
つまりトラメルの計算式としては、吸血王を殺す=レーテの地位が危うくなる=自分の立場も危うくなるということなのである。
「それなら大丈夫よ。私が次の王になるから」
なんてことのないように、シアが言った。
「レーテも殺す。貴方は私の庇護下に置かれて、酒池肉林三昧」
「なるほど、それは妙案だな! そんな上手い話があるわけねーだろ頭おかしいんかこいつ」
「心の声が漏れてるわよ」
ぐにーと頬を引っ張られる。手加減しているのだろうか。レーテなら、もうとっくに頬を引きちぎっている。ていうか。
「首輪……?」
「やっと気付いたわね」
シアが手を離す。忌々しそうに、自分の首元を見つめた。
「これは、貴方たち人間がされているのよりも、もっと強力なやつ。私の吸血鬼としての力は、封じられているのよ」
「なるほど、ということは俺でも倒せるってこ、ぐはぁっ」
「人間が吸血鬼に敵う訳ないでしょ」
美少女にジト目で見られるっていいな。トラメルは殴られた腹をさすりながらそう思った。
「で、なんで首輪をされてるわけ?」
「罪人だから」
「もっと具体的に言って」
「前の吸血王の娘だから」
トラメルは首を捻った。
「前の吸血王って、あのバカの父親?」
「それだと私とレーテに同じ血が流れてることになるじゃないの、忌々しい。吸血鬼の世界は世襲制じゃないの。強い者が弱い者を倒して成り上がる世界なの!」
「なにそれ野蛮……」
うわあ、と引いた目のトラメルに、シアが力説する。
「だから、私が今の吸血王を殺せば、私が王になれるの! お父様の遺志を継げるってわけ!」
「それで、復讐?」
「そうよ! お父様は、吸血王に殺された! だから私が殺し返してやるのよ!」
「ちなみに、そのお父様が殺されなければ、バカはどうなってたんだ?」
「お父様に殺されてたわ」
「殺し殺される世界じゃん。超平等じゃん」
それって逆恨みでは? そんなことを思ったが、トラメルは口に出さないでおいた。
「それって逆恨みじゃね?」
あ、しまった。
「私を虐げる現王政なんて、滅んじゃえばいいのよ」
開き直りやがった。シアは黒い笑みで言う。
「今頃私は、ティアール公爵と結婚するはずだったの。超安泰な人生を歩むはずだったの。それなのに、お父様が殺された途端婚約破棄? 二年も地下牢に監禁? ふざけるんじゃないわよ」
私怨たっぷりである。
「吸血鬼の世界にも、貴族って概念はあるんだな」
「たくさん殺せば殺すほど貴族になれるわよ」
「なにそれ野蛮……」
あんまり理解し得ない文化である。
「それに、貴方の復讐にもなるわよ。なんたって、この国への侵攻を決めたのは、あのバカ王なんだから」
「なんだってー!?」
「お父様は超平和主義者だったの。人間たちと取引して、血を高価で買い取ろうとするほどのね!」
「よく王になれたね」
吸血鬼に厳しくて人間に優しい王。人間としてはありがたいが、たぶん吸血鬼としては目の敵にされていただろうなと思う。
「だからお願い! 私の復讐を手伝って!」
「よしわかった!」
言うなりトラメルは部屋から脱出。一目散に王城まで走り。
「わっ、トラちゃん、どうしたの?」
「さっき俺の部屋に頭おかしいシアって吸血鬼が来て、バカ王殺すって言ってましたよ!!」
美少年ばかり侍らせてお夜食の時間のレーテに告げ口したのである。
翌日。
「トラちゃんは偉いね〜、さすが私の家畜さん。トラちゃんのおかげで、シアの企みを潰せたよ。ありがと〜」
レーテに頭を撫で撫でされて、トラメルはご満悦だった。
シアのことを即日密告したトラメルの今日の昼ご飯は魚である。海なし国の王国では、なかなかお目にかかれない。肉の脂身ばかり食べてる身としては、魚の脂も恋しかったりする。もっとも、魚は新鮮ではないけれど。
「いつも思うんですけど、どうして人間用の食糧を吸血鬼の皆さんが調達したり、作ったりするんですか? 人間にやらせれば良いのに」
「トラちゃんはぁ、豚さんや牛さんに、自分の餌を作れって言う?」
「言わないっすね」
「それと同じだよ〜」
「なるほど〜」
よくわからん。
「昨日の“偏食家のシア”(笑)はどうなったんですか?」
「元いたところに逆戻りだよ〜。まったく、シアにも困ったものだよね、せっかく生かしてるのに」
「どうして生かしてるんですか?」
「今日のトラちゃんは質問が多いね? 聞いたと思うけど、シアは前王の娘なの。だから、前王派への人質なんだ〜。余計な反乱起こしたら殺すよって、脅してるの」
「こっわ、吸血鬼こっわ……」
あのドタコン、そんなことしてたのか。こっわ。
「トラちゃんへの恨みつらみを言ってたよ〜。殺してやるって」
嬉しそうに言うレーテ。え? 嬉しいの?
「“お前が美味しい血を独占してるなんて許されない”って。トラちゃんより美味しい血なんて、たくさんあるのにね?」
「偏食家っすからね、彼女は」
トラメルは、なんとなく、昨日の光景を思い浮かべた。レーテに侍る美少年たち。
「あの美少年たち、相当美味しいんですか?」
「トラちゃんも飲んでみる? やっぱり、美少年ともなると美味しいよ〜、トラちゃんとは大違い」
「へえ〜、俺よりも美味しいんだ〜」
俺よりも価値があるってことか〜。と思ったが、トラメルは言わないでおいた。
ーーたしか、地下牢って言ってたな。
「トラちゃん? 何考えてるの?」
「いや、今日の夕飯なにかなって」
「トラちゃんは食べることしか考えてないんだね〜。本当に可愛い」
そりゃ、かわいいトラちゃん演じてるからね、俺は。