なかよしどうめい
舌が慣れきってしまったからね、しょうがないね。
「と、いうことで、第一回。人間と吸血鬼が協力して暮らすための作戦会議をはじめまーす!! 議長はこの俺、トラメル・ヴィエスタが務めさせていただきます」
「あの、なんですかこれ」
「ちょっと待ちなさいトラメル。ここは、人間と吸血鬼じゃなくて、吸血鬼と人間にするべきではないかしら!?」
「シア様のおっしゃる通りだ、変更しろ。殺すぞ下等種」
「あはは、雲行きが怪しすぎるぞ議長、がんばれー」
雪崩れ込むようにやってきたのは、最下層の家畜小屋。王国の時からここに収監されていて、なおかつ吸血鬼の皆さんに「あんまり関わりたくねえ」という太鼓判を押された猛者たちがいる場所である。
収監という言葉からもお察しの通り、元は監獄で、生活環境は最悪。だが、そんなのはここの住人に関係ない。なにせ、王国陥落の時も祝杯をあげていた、頭のネジがぶっ飛んだ奴らだからだ。
拠点にするのなら、絶対にここだとトラメルは決めていた。ここだったら、吸血鬼に協力するような人間はいないし、よっぽど覚悟を決めた人間しか近づいてこない。
あの公開処刑の場で、トラメルに扇動された観衆の何人かが、監視役の吸血鬼から逃げるのをトラメルは見た。じきに、逃走に成功した彼らが、新派閥に加わりにやってきてくれるだろう。
ーー俺たちの復讐はここからだ!
うんうん、と頷くトラメルに、この部屋の主である図鑑君は、ひたすらに困惑した顔をしていた。
「やめたほうがいいですよトラメルさん。ここの人たちは、人としてどうかしている人たちです。吸血鬼にさえ匙を投げられたんですよ、僕達がどうにかできる相手じゃありません」
「でも、図鑑君だって、ここに収監されてたじゃん」
「それは嫌がらせですよ! 吸血鬼でさえ嫌悪する彼らの中に放り込んで、僕の反応を楽しんでいたんです」
心外だとばかりに怒る図鑑君。いや、ちょっと待て。トラメルは、違和感に気付いた。
「図鑑君、図鑑ないじゃん! これじゃ、ただの“君”じゃん」
「僕のアイデンティティ、図鑑だけなんですか」
緑の瞳をジト目にする図鑑君は、「とにかく」とトラメルの襟首を掴んで揺すった。
「拠点にするなら、他をあたるべきです! こんな空気の澱んだところ、絶対にやめるべきです!!」
と、説得しようとしてくれるのはありがたいが。
トラメルは、ちらりとお向かいさんの檻を見た。首輪をつけられたお向かいさんは、ひらりと手を振ってきた。トラメルも一応手を振りかえしてみた。
プライバシーなどあってなきようなもののこの監獄。元・図鑑君が“人としてどうにかしている”だの、“空気の澱んだところ”だのと大声で言っていることは、ここに囚われている彼らには筒抜けなのである。
ここがやばいことはわかるが、やばい奴らの前で堂々とディスる元・図鑑君も、やはりやばい奴らの一員なのである。
朱に交わればなんとやら……腕を組んで頷くトラメルに、ちょいちょいと優しく肩を叩く指。
「議長、とりあえず作戦会議に戻ろうぜ」
「お、そうだな」
「それで、わざわざここへ来る途中に拾ってきたそいつは何者なの、トラメル?」
放置されたシアが、ぷくっと頬を膨らませながら、同僚を指さす。
「いや、お前こいつの血吸ってたじゃん。俺と初めて会った時さ、覚えてない?」
「覚えてないわ」
ばっさり。傍若無人なお姫様は、冷めた瞳でそう言った。そんな失礼なお姫様にも、穏やかな同僚はにこやかに笑って返す。
「んじゃあ、お初にお目にかかりますお姫様。俺の名前はシザー。ただのシザーです」
「シア・ノウゼンよ。で、この子がニノン。私の侍女ね」
どうやら、穏やかな同僚の名前はシザーというらしい。
「で、図鑑君だっけ? 君は?」
「……ラクタです。ラクタ・プロトン」
元・図鑑君改めラクタは、トラメルの襟首を掴んでいた手を離して、渋々というように名乗った。そもそも、ラクタは、ダフィンを死に追いやった吸血鬼と仲良くすること自体反対のようで、シアに懐疑の目を向けている。
「で、俺がトラメル・ヴィエスタ。そんでシア、“人間と吸血鬼”じゃなくて、“吸血鬼と人間”にしようって?」
「そうよ! 主が誰なのかは、はっきりさせておく必要があるわ!」
ナチュラルボーンお姫様なシアちゃんは、吸血鬼優位主義を取りたいらしい。これは困った。
「でも、名称っていうのは大事だから、シアの言うこともわかる」
ここは、人間にも吸血鬼にも関係ない、中立的な名称が必要だ。
「はあ、まったく、しょうがないですね」
狭い牢屋。車座になってあーでもないこーでもないと議論をする中、ラクタが溜め息をつく。
「僕が良案を出しましょう。“沈丁花同盟”とかどうですか?」
「ものすごく私情丸出しだけど、その心は?」
「もちろん、ダフネオドラ王子を讃えるための同盟です。王子の高潔さの前には、人間も吸血鬼も関係ない。王子の威光によってもたらされる平等を象徴しています」
「なるほど」
やっぱりラクタ君やばい子じゃん。
緑の瞳を、見たことのないほど輝かせるラクタから目を逸らしてお向かいさんを見ると、ぐっと親指を立てられた。
ラクタにボロクソ言われてもなお、沈黙を守る監獄メンバーズは、ラクタのことをお仲間認定しているらしい。
ーーそういえばダフィン、変な奴らに好かれやすかったしなぁ。
ラクタ少年のことは、まともな奴だと思っていたが、訂正しなければならないかもしれない。
「それなら、シア様の威光でも良いだろう。寝起きのシア様は最高だぞ」
「こら、ニノン! も〜っ!!」
「いちゃつかないでくれます?」
すかぽかニノンを殴る仕草をするシア。その顔は真っ赤で、シアの弱味を握りたいトラメルとしては是非とも聞いておきたいところである。が、
「シアの威光も、もちろんダフィンの威光もなし。特定の個人を神格化すると、ろくな目に遭わないからな」
「そんな経験があるのか議長?」
「歴史がそう言っている」
格好つけて言うと、「ふうん」とシザーは訳知り顔。
「シザーはなんか案ある?」
「ラクタが言った、同盟というのは良いと思ったぞ。あとはそれに何かくっつけたら良いんじゃないか?」
「うーん、同盟かあ」
人間と吸血鬼、吸血鬼と人間。仲良く暮らす世界……。
「仲良し同盟は?」
「なんだ、その子供っぽいネーミングは。殺されたいのか」
「現王政に対してそれを名乗らなければならないんですか僕たちは」
ジト目のニノンとラクタは息ぴったりである。まさに、“仲良し”。
「シアは現王族に、俺らは外の世界の人間に復讐する目的を達成する上で必要なことだと思うよ。それに、堅苦しい名前よりも単純な名前の方が、入りたい人とか吸血鬼がいると思う」
「たしかに、お高くとまってる名前だと、反感を買いかねないものね。わかったわ、それにしましょう!」
シアが、公開処刑の場で見せた笑みと同じ笑みではしゃぐ。
「そうだろそうだろ、トラメル君のネーミングセンスに震え上がるがいい」
トラメルはドヤ顔で腰に手を当て、つけ上がりながら思う。
ーーなんでシアは、こんなに俺を持ち上げてくるんだ?
「シア様、ほんとうに、あのふざけた下等種と同盟を結ぶおつもりですか? 私には我慢なりません」
「ふざけた下等種ではなく、トラメルよ、ニノン」
「男といっしょの部屋で寝たくない」と言ったシアに、「お前はそんなにかよわくないだろ」と言ったトラメルを気絶させ、別の棟の牢屋に移動してきたシアとニノンは、顔を突き合わせて、話し込んでいた。
外はもう真っ暗で、銀の月が出ている。牢屋に入ってくる月明かりが、シアの顔を怪しく照らした。
「これが、最短距離なの。レーテの邪魔も、もちろん、白百合姫の邪魔も入らない場所。そこで私は、アイツを手に入れる」
「そ、それでは!」
「ええ……“仲良し”なんて笑っちゃうわ。手を組むのは一時的。復讐を果たしたら、私は真っ先にトラメルにありつけるってわけ」
それまでの辛抱よ。そう言って笑うシアに、ニノンは、元祖の吸血鬼の面影を見た。
一方。
占拠した監獄の厨房にて、ラクタはジャガイモの皮を剥きながら、鍋をかき混ぜているトラメルを見た。
「それで、本気で吸血鬼と手を組むつもりですか? 今頃彼女たちは、どうやって貴方を嵌めるのかを話していますよ」
「まあ、そうだろうね」
乙女な理由をつけていたが、実際は作戦会議をするつもりなのだろうことは、トラメルもわかっているはず。
「でも、シア達は貴重な戦力だし、野郎どもだけでは華がないからさあ」
シアにくっついてくる、旧王族派も欲しいところだし、と彼は呟いた。
「俺で釣れるんなら万々歳ってところかな」
「そのまま食べられてしまっても?」
「そのために、ここを選んだんだよな」
取り皿を用意しているシザーに言われて、トラメルは「バレたか」と舌を出す。
「そうそう。さ、話はこれくらいにして、夕ご飯を食べようか」
他国の人間が、犠牲になりたくない一心で育ててくれた食材。ラクタたちは元気よく「いただきます!」と言って、久しぶりに自分の手で作ったご飯を食べた。
「……うん、普通だな」
「普通ですね」
「そうか? 美味しいと思うけど」
無の表情をするトラメルとラクタに、シザーは首を傾げた。




