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敵である意味

「……そんなに見張らなくても、今は動かないよ」


宥めるように言った言葉を、ヤボクはしかしガン無視した。


なにせ、この人には前科がある。


〇二四三番さん改めルーラー。トラメル不在の折、監獄中を引っ掻き回してくれた張本人。トラメルの心の味方であるヤボクは、お留守番中の重大任務として、ルーラーの監視任務を預かったのである。


ヤボクはそれが嬉しかった。いろいろ紆余曲折あったけれども、まあ、その、友人というものには、なれているのかもしれない。


ーーそういえば、トラメルさんの味方になろうって思ったのもここだったなぁ。


踏みしめた地面を見て、懐かしく思う。


背の高い草が生える裏庭。そこには、トラメルとヤボクが大切に育てている沈丁花がある。


「まあ、ここなら、誰にも聞かれないだろう」


監獄の壁に寄りかかり、腕組みをしながら、ルーラーが言う。彼についていったら、いつの間にかここに辿り着いていたのだ。ルーラーが横目でヤボクを見る。


「俺もお前に聞きたいことがあったんだよ。お前、本当に、アレの味方になる気か?」


ずきりと、治ったはずの足が痛んだ。アレはトラウマだ。筋をズタズタに引き裂かれた、死にたいと願っても死ねなかった……。


だけど。


ヤボクは、頷いた。言葉にしなくてもわかっているだろうという意味で。


「そうか」


聞いたわりには、さして興味もなさそうに、ルーラーは呟いた。


「じゃあ、お前も置いてかれる側になるわけだ」

「トラメルさんは、置いていきませんよ」

「今は、な」


含みのある言い方。ヤボクは眉を顰めた。青嵐と言うには暗すぎる風が、ルーラーと、ヤボクの髪をさらっていく。乱れる髪の隙間から、彼の漆黒が見えた。


「……ここに来た時のお前は、“一泡吹かせてやる”って目をしてた。違うか?」

「……してました」


否定することもできた。むしろ、ルーラーの会話の意図を挫くなら、否定しなければならなかった。それなのに、ヤボクは肯定した。あの時の感情を、忘れてはならないと思ったからだ。


ぎゅっと、拳を握ろうとして……握ったら大惨事なことに苦笑する。


「あの頃のトラメルさんは、吸血鬼と仲良くする変わり者を演じていたんだと思います。俺にも親しげに話しかけてくれて……でも、超えられない一線があったんです」


トラメルとの距離が近かった分、ヤボクにはその一線が明確に見えた。親しげに話しかけてくるのに、その一線だけは跨がせないトラメルのことを、ヤボクは。


「その一線を、俺はとても憎んでいた。どんな手を使ってでも、トラメルさんの引いた線をぐちゃぐちゃにかき消してやろうって、思っていたんです」


だからこそ、スパイに志願した。偽物の仲良しごっこをしてやることで、トラメルのことを否定しようとしていたのだ。


近いのに遠い。置いていかれる感覚。そんな感覚は、あの月夜の晩に、綺麗に霧散したのだ。


「今は、そんなこと思ってないです。だって、トラメルさんは、自分からその一線をなくしてくれたからーー」

「ーーおめでたい頭してるな、吸血鬼って奴は」


ヤボクの希望に満ちた話に、横槍を入れてくるルーラー。


「その一線をなくすのに、どれだけアレが苦悩したかわからないくせにな」


非常に冷めた声。




「お前がまだ“一泡吹かせてやる”って目をしてたなら、救いはあった。お前が(たが)を外したんだよ。ヤボク」

「箍?」

「そうだ。お前が味方になったから、アレはお前を置いていく」

「よく、意味が……」


ヤボクが口ごもったのは、ルーラーの瞳が、意味を理解しないと許さないと語っていたからだ。


「お前が敵のままであったなら。アレはお前を置いていかない」

「敵、なのに?」

「いつでも切り捨てられる楽な存在だからだよ」


おかしい奴だよな、とルーラーは笑う。


「味方が増えれば増えるほど、アレの中で自分の価値は軽くなっていくんだ」


その言葉に、ヤボクは覚えがあった。


モフェリアの使者との交渉。あまりにもあっさりと、レーテに監禁されたトラメル。


「守るものが増えれば増えるほど、トラメルさんは、自分の身を投げ出しやすくなる、って、ことですか?」 


ルーラーは、ゆっくりと、頷いた。

 



だからこそ、ヤボクを味方にする時に、あの金髪の少年は、大切なものをなくしてしまった。自分の身を守るための大切な何かを。


「いざとなったら、自分の身を投げ出せば良い。お前は、アレにそんな意識を抱かせた」


それが、箍を外すという意味。味方になったのに置いていかれると言う意味で、味方になれないという言葉の真意なのだ。


ーーこれは、ルーラーさんの話だ。トラメルさんの話じゃない。


そう思おうとするけれども、あまりにもトラメルの前科がありすぎる。線はぐちゃぐちゃになったけれど、まだ、存在している。


彼の大切な何かを繋ぎ止めるための線は、まだ、存在しているのだ。


……目の前の、“敵”がいるから。 


気付けば、口が動いていた。


「だから貴方は、トラメルさんの敵なんですか?」


答えはなかった。沈黙が二人を包む。


……やがて、がやがやと声がした。聞き慣れた声だ。


「行ってやれよ」


ヤボクの心のうちを見透かしたように、ルーラーがその方向を顎でしゃくる。言われなくてもという気持ちで、ヤボクは歩き出した。


ーートラメルさんの味方になるって決めた。


それは揺るぎないし、変わらない。だけど、味方であることが、良いこととは限らない。


それでもヤボクは縋ってしまう。


「……距離はあったけど、トラメルさんだって、楽しそうだったし」


王城でのトラメルは、レーテや吸血王に囲まれて楽しそうだった。銀髪の彼だって、最初はトラメルのことを邪険にしてた雰囲気だったのに、いつのまにか悪友みたいになっていて……


「俺が目指すのは、そこだったのかな」


なんて呟いてみる。味方のような敵。そうなっていれば、背負わせずに済んだのかも。


悶々と考えながら、灯りの漏れる部屋に行く。シーズタインとの交渉を終えたトラメル達が、そこにはいてーー


「あっ、ヤボク君、ちょうどいいところに! 先輩として、ここの掟を新人に叩きこんでやってよ!」

「先輩? 新人?」


少し怒った様子のトラメルが、「あの新人が態度がデカくて」などと言っている。つられてヤボクはトラメルの指の先を見た。


「ぶーーっ!?」


そして、吹き出した。


「なんで貴方がこっち側にいるんですか!」

「僕が聞きたい」


ヤボクのツッコミに、優雅に血液ボトルをしばいている“敵”ーーティアール公爵は、ふてぶてしくそう言ったのであった。


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