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繋いだ手とお礼

最低から最高へ。

「俺の名前はトラメル・ヴィエスタです。え、聞いてない?」


へらりと笑った少年は、特段良い見た目をしているわけでもなかった。癖のある猫っ毛と、まだ光を失ってない茶色い目は他の人間とは違っていたけど、ただそれだけ。


自暴自棄になった家畜は、私たちに媚びたり、汚い言葉で罵ったり。たぶん少年は前者なのだろうと、私は思った。媚びることで、この先の待遇を良くしようとしている。あの王子とは正反対だ。


だから、私は彼に興味を持っていなかった。


少年とお父様のやりとりを、あくびを噛み殺しながら聞いていた……その時までは。


「まあいい。それならば、お前はこれからどうしたい?」


お父様が少年に質問する。この質問は、危険な家畜とそうでない家畜を見極めるための質問だ。

たぶんあの少年は、そうでない方で、つまらない方だ。無条件に私たちに降伏するつまらない人間。 


少年は、顎に手を当てて、唸った。馬鹿みたいに、真剣に考えていた。


「どうせ血を吸われるなら、男じゃなくて美少女吸血鬼が良いっすね。ほらそこの、おっぱいでかい姉ちゃんみたいな」


何気なく指を向けられた先には私がいた。相変わらず軽すぎる笑みを浮かべる少年の、あまりにも下品で欲望丸出しな回答に、“媚び”の二文字は存在していなかった。


……なぜだかそれを、悔しく感じる自分がいた。


気付けば私は駆け出して、トラちゃんを抱きしめていた。


「へ?」

「良いよ。トラちゃんはぁ、私の専属家畜さんね〜。これからよろしくね、トラちゃん」

「なんか変なあだ名つけられた」


トラちゃんは、私のつけたあだ名に嫌そうな顔をした。てっきり、気に入ったって言うと思ったのに。


「ふふ、面白い」

「なにが?」

「ううん。なんでもない」


トラちゃんをぎゅうぎゅう抱きしめながら、私は決意した。

絶対に、トラちゃんを私に媚びさせてみせる。


そう、これはほんのひとときのお遊びだ。飽きればいつでもやめることのできるお遊び……。






処刑人の鮮血と共にやってきた元お姫様は、顔についた返り血を手のひらで拭って、不敵な笑みをトラメルに向け、そのポーズのまま静止した。


「あーはいはい、カッコいいカッコいい。助けてくれてありがとう」


おざなりに拍手してやると、ようやくポーズを解き、満足げな笑みを浮かべるシア。


「あの時の仕返し、してあげたわよ? どう? まさか私が貴方を助けるなんて思わなかったでしょ?」

「自分で言ってて悲しくならないの?」


シアが門を潜るときに言った言葉は、トラメルを見捨てるという意味ではなく、見捨てたトラメルを救うことで自分が優位に立つことも含めての言葉だったわけである。


だから、トラメルはシアが助けやすいように、死刑を公開の場に持ち込ませ、日にちもわかるようにした。


「シアなら、助けてくれるって信じてたよ」


そう言うと、シアはぷいっとそっぽを向いた。


「ふ、ふんっ。おだてようとしてるんだろうけど、私にその手は効かないわよ」

「だってお前、俺の血に未練ありすぎたもんな。食い意地張ってるお前なら、絶対助けに来ると思った」

「そっち!?」

「他に何があるの?」


驚くシアに、トラメルも驚いた。


「シア様、下等種とコントをしている暇ではありません。ここは一旦、離脱すべきです」

「コントじゃないわよ!」 


さっきから、王族の警護をしている吸血鬼と戦っている少女ーー黒髪の吸血鬼が、こちらをちらりと見ながら言った。


「今、下等種って言った? 下等種って言ったよね?」

「事実を言っただけだゴミが。それ以上シア様と喋るな、殺すぞ」


なるほど、シア様過激派ってわけか。トラメルは瞬時に理解した。この人たぶんめんどくさい。


「私ができるのは、足止めのみ。あの男が出張ってきたら、勝ち目はありません」


シア様過激派少女の目線の先には、吸血王がいた。彼は、鋭くて冷たい眼光で、トラメル達を見据えていた。


「うっわ、もしかしなくてもあのドタコン、怒ってる? すごい怖いんだけど」

「逆にどうして怒ってないと思ったのよ。まあいいわ。お父様の仇を討つチャンスよ!」


果たして、本当にそうだろうか。トラメルの手は、いつの間にかシアの首根っこを引っ掴んでいた。


「なにするのよ!」


当然シアは怒ってくるが、トラメルは「まあまあ」と言って宥めた。


トラメルとしては、王国の人間の怒りを、吸血鬼ではなく同じ人間に向けさせたから、目的はもう達成しているのだ。処刑寸前に、シアに助けられるというパフォーマンスもできたことだし。


「あとは……」


ちらりと眼下に目を向ける。吸血鬼が人間を助ける光景に、人間達は唖然としていたり……敵意を向けていたり。

吸血鬼達の態度は様々だった。シアに憧れの目を向けている一方で、トラメルに疑心のこもった目を向けていたり。旧王族派でも、人間に対する考えは二分されているらしい。


公の場でそれを見れたのもよかった。


「さすがに、三人だけじゃ分が悪いからな」

「さっきから、何を言ってるのよ!」

「いや?」


頭おかしいシアちゃんは、シア様過激派を生み出すほどにはカリスマ性があるんだろうし、トラメルから見れば危なっかしい自信満々な態度も良く映っていたりするのだろう。なにより彼女は、元お姫様である。


トラメルは、全力で、シアの威光を借りることにした。


「よく聞け野郎ども! あ、野郎って、吸血鬼も含めてね! 俺は今日から、このシアちゃんと」

「わっ!?」


首根っこを掴んでいた手を、シアの左肩に置く。黒髪の吸血鬼から「殺したろかお前」という殺気がびしばし飛んできた。


それに構わず、トラメルは、自信満々に宣言した。


「新しい、派閥を創る!!」

「あ、新しい派閥う?」


シアが困惑したような顔で見てくるが、トラメルは絶対に笑みを絶やさないことに決めていた。


「ここにいるシアちゃんは、前王家の娘だ。吸血鬼の世界にも色々あって、彼女は人間に友好だった王様の娘。俺は彼女と一緒に、人間と吸血鬼が仲良く暮らせる世界を創る!」

「トラメル、貴方……」


ちょっと理想的すぎたか。シアがふるふると震えて、


「それ! とっても最高じゃないッ!!」

「へ?」


ぎゅっと両拳を握ったシアは、とってもキラキラした目をしていた。

 

「お父様の遺志を継ぐってわけね! 素敵!」 


担がれたっていうのに、このお姫様、それに気付いてないのだろうか? シアは腕組みをして、眼下の観衆を見下ろした。 


「そういうことよ! 旧王族派は勿論、私の方に着くわよね?」


ちょっとした歓声が上がった。やはりシアのカリスマ性は、利用して正解だ。美少女の言うことは正しいのである。


「俺たちの派閥につきたい奴らは、人間も吸血鬼も問わない。支配される生活が嫌になった人間、他の国に復讐したい人間」

「現王家が大ッ嫌いな吸血鬼は! 私に付き従いなさい!」

「俺は“俺たち”って言ってるのに……」


小声で呟くと、シアがウインク。 


「私の権威を貸したんだから、それくらい当然よ」

「そうだぞ下等種。演説は終わりか? そろそろキツくなってきた」


素直なのは良いことだ。トラメルは観衆から視線を外して、後ろを振り向いた。


少しだけ傷を負ったシア様過激派に、何故だか沈黙を守る吸血王。楽しそうなナザルお義兄様。そして。

ぽたり、雫が床に落ちた。 


「はは、やべぇ」


手の震えが止まらない。どころか全身まで震えている気がする。


さっきのシア様過激派の殺気なんかメじゃない。ありありと向けられるそれに、トラメルの全身の毛穴からは、汗が吹き出ていた。 


「俺、死んだりする?」

「いいえ、死なないわ」


シアがトラメルの手を握ってくれた。そうすると、不思議と震えは収まって、トラメルは、彼女の、レーテの顔をまともに見ることができた。


「眷属なんて糞食らえとか言ったこと、怒ってる?」

「いいえ?」

「ライバルのシアを持ち上げたこと、怒ってる?」

「いいえ?」


そう言いつつも、レーテの視線は、トラメルとシアの手に注がれていた。まるで海が割れるように、警護役の吸血鬼たちが、進み出る彼女に道を開ける。 


「やっとわかったの」

「な、なにが?」

「これは、遊びなんかじゃなかったんだって。ね、トラちゃん」


悲しみでもなく、怒りでもなく。




「気付かせてくれて、ありがとう」




彼女の顔は、喜色に彩られていた。


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