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嘘発見器

シーズタインは、中立国だ。


他国と満遍なく付き合っていて、他国同士の争いに介入しない。自国に踏み入るものには容赦なく制裁を与える。


少なくとも、トラメルの持っている知識ではそんな感じだ。


ーーそんなシーズタインが、今、吸血鬼と接触するのはどう考えてもおかしい。


というか、平時でも接触するのはおかしいのだ。そんなことをすれば、中立国の名が廃れてしまう。


よって、考えられるのは。


ーーシーズタインを騙る何者か。


この場合、考えられることは二つ。


一つ、現王政側が騙されている場合。


人間世界にあんまり詳しくないドタコンだからこそ、それはあり得る。が、これには騙す側のリスクが存在する。吸血鬼側からシーズタインに問い合わせられたらジ・エンドということだ。当然、シーズタインは否定するはず。 


すぐバレる嘘を吐くのは、吸血鬼もシーズタインも敵に回す行為である。


よって、一番ありそうなのが、二つ目。 


ーードタコンがグルになってる場合。


トラメルが「嘘ついてんじゃねえぞ」と言った時、ドタコンは吃っていた。あれが演技な可能性もあるが、二年間の絆(笑)は、あれがガチな反応だと言っている。娘や息子と違って、あのドタコンは直情型なのだ。 


吸血王やレーテが、どうしてグルになってトラメル達を騙そうとしているのかはわからない。ヴァセリンというイレギュラーがいるのになぜ、交渉を始めようとしているのかも。


……そう。


レーテ達にとって、ヴァセリンという男は想定外の男だったはずだ。 


吸血鬼に支配されてからこっち、『なかよし同盟』のメンバーは丸二年、外の世界を知らずに生きてきた。外の世界では勿論人間社会の営みが繰り返されてきて、その一部である政治も例外ではない。


同盟の弱点は、端的にいえば、知識がアップデートされてないことなのだ。だから、情報が嘘か本当か、判断がつかない。どこどこの国の外務大臣など、二年前の知識でストップしているわけである。今はこの人なんですよと言われれば信じるしかない。非常に弱い立場にいるのだ。


ということで、レーテ達にとって、トラメル達は絶好のカモだった。真偽を知る術のない、情報弱者達なのであった。 


それが。


それが、モフロンドから来た無謀男こと、ヴァセリンによって覆されたのである。

 



トラメルの予想では、ヴァセリンは、モフロンドに強制送還される筈だった。レーテ達もすぐにモフロンドに照合して、ヴァセリンの正体が誰であるかもわかる筈。そうやって単純に考えていたのだが。


『と、トラメル・ヴィエスタっ』


ヴァセリンが同盟に入った日のこと。改めてトラメルが名前を名乗ると、ヴァセリンはその場でぶっ倒れてしまったのである。


名前を言っただけで気絶されてしまったトラメルは、これやばいなと思った。自分の名前が復唱されていた。しかも、“ヴィエスタ”の部分まで。  


トラメルでぶっ倒れなかったのに、苗字まで言ったらぶっ倒れた。そこで、トラメルは思った。


ーーこの人、俺のお母さんの苗字まで知ってるんだ。


と。


名前だけでは確信できなかった。だけど、母方の苗字で確信に至ったのだろうと、推測した。 


ぶっ倒れたヴァセリンの柔らかい髪を弄びながら、トラメルは自分の予想が音を立てて崩れていくのを聞いていた。


『この人、たぶんずっとここにいるな』


思ったよりも爆弾だった。それがトラメルの素直な印象。

ソドニアの指導者と直接話ができて、トラメルの正体を知っている。 


ーーモフロンドは、沈黙を選ぶだろうな。


できるならば殺したいだろう。だが、吸血鬼に好きにすれば良いと言えば、土壇場でモフロンドの秘密を喋られてしまう。


無関係だと言って殺させようとしても喋られてしまう。


だからといって、モフロンド側に引き渡すように吸血鬼に言うのは愚の骨頂。ヴァセリンが重要人物ですよと自分で言ってるようなものである。


……よって、選ぶのは沈黙。時間稼ぎである。


今頃、モフロンドではあの手この手でヴァセリンを取り戻そうと画策している頃だろう。




……というのが、トラメルの持っている情報である。


おそらくレーテ達は、ヴァセリンのことを高官か、それに値する人物くらいにしか思っていないはず。


トラメルはちょっと違う。この人はたぶん、レッサリアでいう「草」に値する人物だ。それも、本国に造反した。


トラメルの名前は、おそらく連合に負の意味で知れ渡っている。吸血鬼にも殺された可哀想な王子様という意味で、だ。


だけどそれ以前は、影が薄かった。なぜならば、トラメルは殺される予定だったからだ。この王国への遊学なんて、「殺されてから」知った人間の方が多いだろう。


そんな影が薄い王子の、母方の姓を知っている。怪しいことこの上なく。


そして。


ーー頼り甲斐がありすぎる。


一も二もなく、シーズタインか怪しい連中との交渉を受けた時、トラメルはヴァセリンを連れて行こうと決心した。


いわゆる嘘発見器の役割である。ヴァセリンが真実を教えてくれる保証はどこにもないが、いるだけでレーテへの牽制になる。


の、だが。


立ち返って考えれば、だからこそ、おかしいのである。


ダイレクトに疑問を口にした。レーテには痛いところを探られたが、ヴァセリンの正体に勘づいていることがわかった。これで、ますます、トラメルはわからなくなった。


ーーなんで、レーテは交渉にゴーサインを出したんだ?


変装をしたとして、嘘発見器ことヴァセリンがいれば、いずれ嘘は見破られる。シーズタインの使節団の振りをした何者か達は、モフロンドに対する外交姿勢をトレースしなければいけない。


もちろん、使節団がモフロンドである可能性もあるが、それは限りなく低い。モフロンドと現王政がグルならば、ヴァセリンの正体をモフロンド側が明かしたことになるからだ。


よって、使節団はモフロンド以外の国。一番に考えられるのはクソッタレな母国である。そうでなきゃいいなと、トラメルは思う。レーテとあの性悪兄弟が組んだとなれば、世界は焦土と化してしまう。


「トラちゃん?」


トラメルは、軽く頭を振って、嫌な妄想を打ち消した。扉を開けたレーテが、シーズタインからの使節団とやらを部屋に招き入れる。

  



「ようこそ、シーズタイン連邦の皆さん! 俺の名前はダフネオドラ・スティルラント! この国の王子様です!」


前回、やたらと殿下と呼ぶマンのせいで不発だった挨拶を繰り出す。両手を広げて好意全開で。


すると、シーズタインからやってきた三人のうち、恰幅の良い、立派な髭を伸ばした壮年の男が、穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。


「お初にお目にかかります。ダフネオドラ殿下。私は、外務大臣のリハン・アウディスです。両隣にいるのは、大臣政務官の二人で、殿下からご覧になって右側がスコット・エンドラウス。左側が、ノエル・マクガニーです」


それぞれ、赤毛の男と、金髪の女が頭を下げる。


トラメルは、それぞれと握手をした後、席につき、じーっとヴァセリンを見た。ヴァセリンは、軽く頷いた。


「本物です。アウディス外務大臣の容姿も名前も声も一致します。政務官の方々は、お名前とお姿しか存じ上げませんが、そこまでは合致しています」


すると、席についたリハンが、照れたように笑った。


「いやはや、我が国の腰の重さは、どの国にも知れ渡っているようで……今回、この時期、訪問をさせていただいたのは、他でもありません」


早速、本題に入るようだ。


褐色の瞳が、トラメルを射抜いた。


「我々は、神聖カドリィ帝国と、レッサリア連合王国の戦争を、あなた方の力を借りて、ぜひとも、止めたいと思っているのです」

「うわあ、とっても素敵な話ですね!」


トラメルは、自分には喋りかけてこなかった弟が、他人の前でやっていたぶりっ子の演技をしてみた。


ちょっと高めの声で、両手指を合わせて。


心の中ではもちろん、


ーー嘘吐くにしても、もっとマシな嘘吐けや!


とシャウトしていた。


「嘘吐くにしても、もっとマシな嘘吐けや。あ、声に出しちゃった」

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