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?????共和国

「旧時代に失われたものには、二種類が存在する」


目を閉じれば、こつこつ、研究所の床を歩く音が蘇ってくる。


気難しそうな横顔。所狭しと並ぶ机の間を器用に練り歩く男。それが、()の上司であった。


「一つ、再現不可能なもの。これは、王国で発掘された刀が挙げられる。それを製造する人的資源は勿論、物的資源が失われているからだ……」


実際、気難しかった上司の男は、究極的なロマンチストであった。「人は学ぶ生き物だ」という言葉を標榜し、過去の科学をすべて、甦らそうとしていたのだ。


彼は、男に賛同する振りをしながら、その実冷めていた。

たまたま二回、滅ばなかっただけなのに、三回目を起こした愚かな人類が、その血を確かに受け継いでいるとされる我々が、科学をコントロールできるわけがない、と。


だが、彼にとって、男の……所長の暴走は、実に都合が良かった。


靴音が止まる。


「さて、二つ目は、何かわかるかね? パールトゥス君」

「再現してはいけないものです、所長」


デルフィンがそう答えると、所長は、「うむ」と頷いた。


「その通り。世界を終わりに導いた科学は、再現してはいけないのだ。だがそれは、馬鹿な教会が、我々科学を目の敵にしているに過ぎない!」


デルフィンの机の前で、天を仰ぎ、吠える所長。それをじっと観察するデルフィン。彼は、どうやったら、そう振る舞えるのかを考えていた。


……近く、このモフェリア共和国から、隣国モフロンドへと亡命するにあたって。


所長の演説は、さらに続く。


「大体、再現してはいけないものなどと、お笑いではないか。科学というのは、再現が可能だから科学というのに!?」 


再現の意味が違っている気がするが、デルフィンはそれにうんうんと頷いた。所長は拳を握る。


「この世界にあのような邪悪な宗教が必要以上に蔓延っていることは、非常に嘆かわしいことだ。ああそうだ、教会こそが、科学の発展を遅らせている()()なのだ!」

「ーーその通りです、所長」


心の底から、デルフィンは肯定した。そうだ、教会こそが、神聖カドリィを本拠地とするあの宗教こそが、すべての分野において、人類を停滞させている。


デルフィンは、所長のようなロマンチストにもつきあってはいられないが、過去の罪で臆病になってしまった科学の側にも憤りを感じていた。


……必要以上に、科学は萎縮し過ぎている。


一つのものが良くないだけなのに、功罪ひっくるめて、すべてを封じようとしているのだ。


そのせいで、手のひらから取りこぼされる人間がいたとしても、過ちを犯すよりはましだと、本気で信じているのだ、連中は。


だからこそ、デルフィンは、モフェリア共和国の『エネルギー研究所』に出入りするようになった。萎縮し過ぎた科学ではなし得ない、禁忌に手を伸ばす必要があったからだ。


しかしながら、モフェリア共和国の小さな研究所では、限界があった。そこで、デルフィンは、隣国であるモフロンドに行くことにしたのだ。




小さな娘の頬は、涙で濡れていた。


その娘の髪を撫でる妻は、ドアを開けた少しの音で起きたらしい。あまり、深く眠れていないのだろう。


「こんな夜中に、何か用かしら?」


冷たい態度。妻はそっけなくそう言った。デルフィンにはわかっていた。妻は優しい人間だから、自分が死んでも、デルフィンが悲しまないようにしてくれているのだ。


デルフィンは、そっと、妻の手を握った。


「待っていて。必ず僕が、君を救ってみせるよ」

「……」

「だから、アグリと一緒に、僕を待っていてほしい。必ず、必ず、帰ってくるから」


一方的に言い残して、デルフィンは、自分の家から一歩、足を踏み出した。




目を閉じる。思い描くのは、究極のロマンチスト。科学に取り憑かれた、デルフィンの上司。


ロールプレイ。


これから、デルフィンは演じなくてはならない。彼の目的は、絶対に気取らせてはいけない。そうしなければ、“再現してはいけないもの”を再現しようとする人間たちに、弱みを見せることになるからだ。


デルフィンはわかっていた。自分がこれからしようとすることは、人類の罪の再現だ。それを扱おうとする人間たちは、総じて性格が悪い。だから、食われてはならない。


“太陽”に焦がれた者として振る舞う。だが、翼を焼かれてはならない。正気と狂気の間を揺れ動きながら、目的を達するその日まで。











鏡の前。目を閉じて、開ける。


そこには、研究所の所長が映っている。こつこつ、耳元で音がこだまする。デルフィンにとって、所長は、鑑でなくとも鏡ではあった。科学者として、あの兄弟を騙すための。


歪な笑みで、デルフィンは、自分に言い聞かせた。


「さあっ、今日も、人類の禁忌に挑まねば、ですな!」






「よく来てくれたな、トラメル君」


初手からキモい吸血王に、トラメルは「うげっ」と言い、あまつさえ、床に手をついて吐く真似をした。


「素直に傷つくんだけどその反応」

「だったらやるなよ。精神攻撃かと思ったわ」

「せっかく我が優しくしてやったのになんだその態度は!?」


飛んできた鉄拳をひらりと躱し、トラメルは、その場に並んだ顔を見る。


ドタコンにレーテ、それに。 


「お、レアキャラじゃん」


最近出番のなかったナザルと、リリーがいる。レアキャラ扱いされたナザルは、「久しぶりだね」とトラメルに笑いかけた。リリーは口元を引き攣らせながら、小さく頭を下げる。


トラメルは、部屋を見回した。こうなると、彼も見たいところではあるけれど。


「ティファール公爵は?」

「オリバーなら、一足先に地下に行ってるわぁ」

「地下?」


トラメルは首を傾げた。一足先、という言葉も気になる。護衛役のシアと、撤退役の爆弾魔先輩と互いを見合う。


「いったい、どういうこと?」




ひしゃげた鉄格子は、シアがナザルお義兄様とやり合った時のまんまだ。その悲惨な鉄格子の横の牢屋に、彼は収容されていた。


トラメルは、いそいそと、地上から持ってきた椅子を牢屋の前に設置した。椅子に反対向きに座り、背もたれに腕を置く。


「それで、どこのどちらさまでしょうか?」

「さあ? 当ててみてください」


単身王国に身を運んだ男は、笑顔でそう言った。




「……というような具合でな。この男から、何か情報を引き出してほしいんだ」


疲れた様子のティアール公爵は、トラメルのことを見ながらそう言った。


「別に殺しても良いんだが、このパターンは初めて見たからな。なんとなく生かしてみた」

「なんとなくで生かすなよ」


吸血王の補足に、けっこう残酷なことを言ってしまうトラメル。突然始まった文通編で頭を痛めてるのに、次から次へとどうしてこんなことが起こるのやら。


「どうしよ、クローズドクエスチョンする? あなたは共和国の人間ですか」

「はい」 

「よしっ、絞れたぞ!」

「このご時世共和国じゃない方が珍しいだろが」


爆弾魔先輩のツッコミはごもっともである。そこで、トラメルは、なおもボケてみた。


「連合に入っていますか?」

「このご時世連合に入ってない方が珍しいだろうが」


爆弾魔先輩の期待通りのツッコミ。だが、男は。 


「いいえ」

「……やばい、一気に絞れてしまった」


この前のレモンくらいかすかすに絞れてしまった。爆弾魔先輩も、気まずい顔をしている。


「……貴方は、モフロンド共和国の人間ですか」

「はい」

「目的はなんですか」

「それは言えません」

「ちっ」


流れで言うかと思ったのに。

まるで実家のように、悠然と牢屋の中にいる男は、ニコニコと笑っている。


「ですが、ひとつだけ言えることがあります。我が国が動いたのは、同盟国ソドニアの、()()を継ぐためである、と」

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