負けたがり
レッサリア連合王国は、飛び地を含めて、七つの州からなる国である。
なぜ飛び地があるのかといえば、あのクソアホ兄弟がダフィンを排除するために作った『王国攻略要綱』において必要だと思ったからだ。
まあそこは置いておいて、つまりトラメルが言いたいことは、
「なんで州知事に投票権与えてんの?」
である。
「州知事? なんだそれは?」
ちょっと遠くにいたティアール公爵がちょっと近くに寄ってきて首を傾げる。恋愛小説をがっつり読み進めながら。トラメルは、どこから話して良いものかと、言葉を選びながら話した。
「えーっと、州知事っていうのはですね、元は国家元首なんです。正確に言えば、二、三カ国の中から選ばれた国家元首」
トラメルは、レーテがくれた紙に、大まかなレッサリアの地図を描き、それを七つに区切っていく。
「たとえばここ、この山脈から東の地帯は、もとは三つの国から成り立ってるわけです。この三つの国の国家元首から州知事を選出してるわけなんだけど」
「妙に詳しいな」
「ダフィンから聞きましたから」
トラメルは十八番『ダフィンから聞いた』を発動した。大体そう言っておけばなんとかなる。
「あくまでも選出されたのは州知事。お、ダフィンがいた頃は、連合内において、州知事に投票権は与えられていなかった」
「ということは、新連合になってから、投票権が与えられた、ということか?」
「そうなりますね」
トラメルは、顎に手を当て考え込んだ。
「州知事に投票権を与えるメリットがない。ましてや、行われたのは匿名投票……」
「反抗してくれと言わんばかりだな」
「そうなんです。これが記名式の投票だったなら、絶対にこの結果にはならなかったはず。カドリィとの戦争をちらつかせることで、反抗的な国を炙り出したかった……?」
なんだかモヤモヤする。あいつらが、自分達が負ける目を少しでも残して投票に臨んだことが。
「結果的に、カドリィが勝機ありと攻め込んでくるデメリットがあるのに?」
たまたま数が合っていただけ。そうとも考えられるが、それにしてはリスクが高すぎる。他の国々にも、『レッサリアに反抗心を持っている国が存在する』と、知らせているわけだから。
ティアール公爵が、「うーん」と唸る。
「意図的に戦争をしようとしているってことか?」
「そうとしか考えられませんね。この場合だと、カドリィがレッサリアに攻め入るんでしょうけど……」
「今は時期が悪いな、僕でも知っているぞ。レッサリアに攻め入るなら、夏が良い」
ティアール公爵が得意げに言うのに、トラメルは頷く。
「はい、レッサリアはすっごく寒いですからね。なんの準備もせずに進軍したら、戦闘よりも凍死で死者が出ます。夏は涼しいから、攻め入るのが楽なんだけど……それは、レッサリアの王族もわかっているはず」
挑発するなら、春か秋で良かったのだ。
レッサリアには、ナディクが言っていた通り、特定の季節に泥濘地になる場所がある。そこで待ち構えて、攻め入った敵をやっつけるやり方があるだろうに。まあ、それは教会側が地図を持っている時点で使えない手なんだけど。
「滞在期間は十一日間」
「あの枢機卿のか」
「そうです。初日、親睦会、次の日、レーテとの交渉、今日……あと、五日」
指折り数えて、トラメルは溜め息を吐いた。あと、五日しかない。当然ながら、それで夏が終わるわけでもなく、むしろ、本格的な夏の到来だ。
もしかしたら、開戦時期の条件にヒントがあるのかも……ナディクが帰ってくるのを、長雨の降る秋と見越しているのかも……と考えてみたのだが、吸血鬼側との十一日間のやり取りを覆せるとは思えないし。
結果的に、トラメルの中では、あのクソアホ兄弟が負けようとしているという考えしか浮かんでこなかった。
「ていうか新聞、連合外にも配ってるってこと? 馬鹿じゃないの」
ていうか、連合新聞作ること自体がどうかと思うトラメルである。
連合っていうのは、いくら吸血鬼という共通の敵がいるとはいえ、各々の国の思惑が絡み合う場だ。各国の利害もあるし、今回みたいな戦争についての記事なんて尚更。下手なことを書こうものなら、記事を書いた人物の首が飛ばされてしまう。そんなリスキーな新聞を発行して得をするのは、人が地面を這いずるところを見たいあの兄弟くらいだ。
ーーそういやこれ、どのくらいまで発行されてるんだろ。
ということで、ナンバリングを見てみたトラメルは、額に青筋を浮かべ、舌打ちした。
「と、トラメル?」
「なにが〇〇〇一号だよなんで四桁発行する気満々なんだよ」
そんでもって、一発目に戦争の記事を持ってくるな。間違いない、これは、あの兄弟の仕業に違いない。なんで発行部数で人の神経を逆撫でできるんだ。
「発行元は中立国のシーズタインか。連合の会議もそこで行われてるのかな。シーズタインか、あそこは、チーズが美味しいんだよなぁ……じゃなかった、はい、ありがとうございますティアール公爵。おかげで、レッサリアが何か企んでいることがわかりました」
ぽん、と新聞をティアール公爵の手元に返すと、公爵はなんだか不安そうだった。
「……さっきから見ていたが、お前、情緒は大丈夫か?」
「……お見苦しいところを」
なんということだ、常に冷静沈着なトラメル君としたことが、舌打ちした気がするし、目を据わらせていた気がする。トラメルは、ぐにぐにと目元をほぐした。
「とにかく、俺がしなきゃいけないことは決まりました」
「そうか、それは良かった」
ほっとしたように言うティアール公爵に、若干のもやもやを抱きつつも。
トラメルは、読み進めていた恋愛小説を手に取った。
ーー早くレーテのクイズを解いて、ナディクさんに伝えなきゃ。
レッサリアとの戦争には、絶対に関わるな、と。
なんだか、すごく嫌な予感がする。
「貴方たちに関わっていたら、我々も裏切り者のレッテルを貼られてしまう。よって、我々があなた方と関わることはありませんのです」
不思議な口調の人間の女は、そう言い放った。それは、レーテにとって都合の良い言葉だった。なにせ、交渉が長引けば長引く程、檻の中に入れたかわいいかわいいペットは、レーテの手元に留まってくれるのだから。
ーーそれにしても、トラちゃんは、何を交渉する気だったのかしら。
調停席に座りながら、レーテは考える。この交渉、意図が全く見えてこない。
モフェリアという、人間世界から嫌われていそうな国は、連合の中でも四番目に小さな国である。
これまでの使節団には女がいなかったが、むしろモフェリアの使節団におけるリーダーはこの女。アグリ・ザディと名乗る背の小さな女は、とても権力を持っているようには見えない。だが、事務次官と外交官は彼女に付き従っている。お飾りでリーダーに仕立て上げられているわけでもないらしい。
ーーモフェリアは謎の国なのよね。旧エール共和国と同じように、資源が取れる国ではあるみたいなんだけど。
それ以外がさっぱりわからない。この交渉で、謎に包まれたこの国のことを知れたら良いのだけれど。
ーーそれに。あの人間のことも。
レーテは、モフェリアとは反対側、トラメルのいない『なかよし同盟』側の席に座る面々を見た。
きゃんきゃん吠えるアグリに威嚇しようとするシア。それに同調する爆弾魔の犯罪者。何を考えているかわからない、およそカレーのことしか口にしない男。苦笑いしながらも、シアを止める気がないシザー。そして。
「だが、こうして来ているということは、自分達の国の立場をわかっているんだろう?」
ルーラーの言葉に、アグリの吠え声がおさまった。代わりに、彼女の瞳には、冷たい炎が灯る。
「ええ、そうなのです。とっとと、私たちの裏切り者がどこにいるか、吐きやがれなのです。あの裏切り者、見つけ次第殺してやる」




