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トラメルくんは、忘却の河を渡らない

ーーいやこれ長いな!?


紙切れには、びっしりとスピーチが認められていて、それを開いたティアールは目を剥いた。最後まで読む気になれずに一度閉じようとするが、将来の同族もとい友人がレーテに送った言葉である。


これを読むことで人の好意を“要らないツンデレ”扱いしたトラメルも、感涙に咽んで自分から友達になりたいと言ってくるだろう。


なんて、浅はかすぎる計画を心の中で立てながら、ティアールは息を吸い、


「レーテ結婚おめでとう。お兄ちゃんはとっても嬉しいと共に、昔俺と結婚すると言ってくれたレーテを思い出しては涙ぐんでいます。俺はいけすかないイケメン野郎ですが、本当はシスコンなのです。でもドタコンつまり父上とキャラ被りするのでそれを押し隠して、頑張って理想の兄を演じているわけです」


宴もたけなわ、披露宴の会場に波紋が広がる。読みながらティアールは思った。これ、ナザル様視点じゃね? しかもやたらとシスコンの変態に仕立て上げられている。この場に本人がいなくてよかった。いやいや、なんでいないんだよあの腹黒王子。


「ふふ、トラちゃんたら」


純白のドレスを着たレーテが、クスクス笑う。彼女の笑いのツボはどこにあるのだろうか。気を取り直して、ティアールは手紙を読んでいく。


「と、ナザルお義兄様の気持ちを代弁してあげたところで、俺のお祝いの言葉に移ろうと思います。家畜風情なんで、直接レーテに言ってあげられないのが残念です。レーテ、結婚おめでとう。ぜひともティアール公爵と励んで可愛い女の子を産んでください……ってなんだこれは!?」


べしーん!


床に紙切れを叩きつけるティアール。会場の人たちも眉を顰めている。


「なんだこれは!? と手紙を叩きつけられた頃かと思います。ジョークだから続きを読んでください?」


渋々拾い上げた手紙には、ティアールの行動を予測したであろう文章が書かれていた。


「とにかく言いたいのは、レーテはとっても良い娘ってところです。それは二年間専属家畜を務めた俺が保証します。ちょっと怖いところがあるし、お仕置きがまじで命を失うレベルだけれど、良いところは褒めてくれるし、悪いところはちゃんと叱ってくれる。とっても良い奥さんになると思います。まじでティアール公爵にはもったいないレベル。と言いたいけど、美女とイケメン同士お似合いなんじゃないでしょうか。ティアール公爵はゲスで嫌味なやつだけど、こんな俺と友達になろうとしたりとちょろい部分があるのでそれなりに好きです。まあ良い夫婦になるんじゃないでしょうか? ティアール、俺のレーテを頼んだぜ。へへっ、なんてことを言ったりして〜? だから、ドタコンに言っとくけどティアール公爵を勢い余って殺すんじゃないぞ。ゲスだけどそれなりに良い奴だからティアール公爵は」


誰かの舌打ちが聞こえた。その方向を見ると、吸血王が真顔で座っていた。ティアールは、聞こえないふりと見ないふりをした。


「婿にするならこれ以上ないんじゃないかな。ゲス発言しててもレーテに惚れてる姿は童貞丸出しのピュアボーイだし、浮気の心配はないと思います。誰が童貞丸出しだコラ。だから唇噛んで惨めに娘の結婚を祝福するんだなあっは、っは……」


ちらっ。


新婦の席に座る吸血王が、えもいわれぬオーラを漂わせている。これ、僕を貶めるための手紙だったりするのか?


「ま、まあ、レーテの周りは恵まれてるから良いんじゃないでしょうか。良かったねレーテ。だから。俺がいなくても、たぶん大丈夫だよね?」


その時。


ばぁん!! と式場の扉が開き、息せき切った一人の吸血鬼が飛び込んできた。


「ほ、報告します!! シア・ノウゼンが脱獄しました!!」


ざわつく式場。吸血王が冷静に問う。


「誰が出した?」

「と、トラメル・ヴィエスタです……」


その名前を出すと同時、レーテが「見せて」と言って、ティアールが持っていた手紙を奪い取った。手紙の下あたりに目をやり……レーテの唇に、凄絶な笑みが浮かんでいく。


「あはは……そっかぁ、トラちゃんは、やっぱりうそつきなんだね〜」


その笑みは、恐怖を抱かせると共に、ひどく綺麗なものに見えた。


ティアールは、恐る恐る手紙の続きを読んだ。


『だから、俺はこの国を出るよ。レーテは俺をうそつきって言ったけど、俺は違うと思う。うそつきは吸血鬼の方だよね。だって、外の世界は吸血鬼に支配されてないんだから』






図鑑の発行日は一ヶ月前だった。隣の国にある出版社が発行したと書いてあった。


「机もそう。図鑑もそう……」


馬車に揺られながら、トラメルは呟いた。吸血王が壊した机も、レーテの部下が持ってきた図鑑も、王国じゃないところで、吸血鬼じゃなくて人間の手で作られている。


だから、吸血王は王城を壊したくなかった。修理する人間を、王国外から呼ぶわけにはいかないから。


「トラメル! 見えてきたわよ!」


隙間から覗くと、そこには、王都の外に通じる門が、二年前とそっくりそのまま鎮座していた。


「どうする? 突っ切る?」

「門番は?」

「いるわ、二人」

「じゃあ、引き返して」

「……え?」


シアが、ぽかんとしている。門の手前で止まった馬車は、二人の門番に訝しがられた。


「あ、そうか。これしといた方がいいか」


言って、トラメルはゴミと草の間から顔を出した。それに「うげっ」と言ったのは門番たちだ。


「裏切り者のトラメルじゃねえか!?」

「うわっ、うわーっ!!」

「珍獣でも見たかのような態度やめてくれない?」


トラメルはぷんすか怒った。シアが眉根を寄せて、「ばかなの?」と言ってくる。だが、その「ばかなの?」と言ったシアも。


「よく見たらこいつ、“偏食家”じゃねえか!? 脱獄してきたのか!?」

「うわっ、うわぁ……」


トラメル以上にどん引かれているシア。彼女はいったい何をしたんだろうか。なんてことを思っていると。


「たしかにこいつは強敵だが、トラメルの方を狙えば勝てる!」

「足手まといの人間の方を狙うわけだな!」


作戦が丸わかりだが、二人のコンビネーションはばっちりで、あわやトラメルに門番の手が届く……その瞬間。


「んぎゃっ!?」


トラメルを捕まえようとしていた門番の頭を踏んだのは、馬の蹄。


「馬鹿ですか、貴方は!?」


巧みに馬を乗りこなした図鑑君が、そこにいた。図鑑君は、緑の目を剥いて、顔を真っ赤にしていた。


「なんで姿を現すんですか!? せっかく上手くいきそうだったのに!! 王子の遺志を無碍にするつもりですかッ!?」


それは、泣きそうな表情でもあった。図鑑君は、なおも執拗に門番の一人の頭を馬に踏みつけさせる。


「この、ガキっ……」


だが、吸血鬼もさるもの。その長い爪を馬の脚に食い込ませ、あまりの痛みに馬が暴れる。図鑑君は必死に馬にしがみつき、声を張り上げる。


「行って!! 僕は弱いけど、囮ぐらいにならなります!! 王子が貴方にッ、トラメルさんに望んだのは、自由ですッ!! 仮初の平和から目を覚まして、悲しい世界から抜け出してッ!! 全部忘れて、それで!!」

「……幸せになんてなれないよ」


トラメルは、ぽつりと言った。


「図鑑君、君は、ダフィンの()()の言葉を覚えてる? ああ、俺たちの方に言った言葉ね」

「なにをっ……」


息を吸う。


「『俺は必ず戻ってくるぞ国民ども! なにせ俺様は、不滅だからな!』」

「でも、王子は不滅じゃなかった!! だから……ッ」

「ううん、不滅だよ」


静かに否定して、トラメルは思い浮かべる。沈丁花のページの赤を。彼が今際の際に残したであろう、力強いメッセージを。


「だって、約束通り、(国民)の元に戻って来たんだから」


そう。わざわざダフィンが、あいつが自分の花に血を押し付けたのは、逃げて欲しかったからじゃない。目を覚ましてほしかったからじゃない。


「図鑑君、俺はね」


トラメルは、少しだけ傲慢に見える笑みで言い放つ。






あいつの不滅を、証明しなくちゃならないんだ。

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