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カレー好きの人と枢機卿とルーラーさん

が、ある意味主役

私が捕まったのは、道端に置かれていたトラメル様の寝起き写真を救出するためでした。ご存知の通り、王国には、写真技術がありません。あの邪魔者が、どのような手段でトラメル様の寝起き写真を手に入れたかは存じ上げませんが、きっと、違法な手段で手に入れたのでしょう。え? 王国に写真技術が伝わっていないのは何故か? さあ、どうしてでしょう。王国が嫌われていることは確かなのですが、私も深くは存じておりません。それはともかく、トラメル様のお写真は、レッサリア連合王国時代のものではなく、この国に来られてから撮られたものであったことを記憶しています。あちこち飛び跳ねているやわらかそうな金色の髪の毛に、重そうな瞼、両手を挙げて大きなお口を開けて欠伸をしているとても可愛らしい写真は、たしかに、十五歳のトラメル様であったのです。ということは、あの王子は、密かに写真技術を手に入れていたのかもしれませんね。それをどうして秘匿していたのかはわかりませんが。その写真ですか? ……勿論、救出できませんでした。動けない私の前で、したり顔を浮かべて写真をひらひらとさせていたあの王子は、悪魔以外の何者でもありませんでした。悪魔……ああ、そういえば、そのようなお話もありましたね。いえ、こちらの話です。そんなに簡単な方法でよく捕まった。きっと最初に捕まったんだろう、と? いえいえ、これでも私、S級犯罪者の皆様の中では、一番最後に捕まったのですよ。それはどうしてか。簡単です。私は常に、トラメル様のお近くに潜んでおりましたから。トラメル様を見つめ続けていれば、自然と、トラメル様のお近くにいるあの王子にも詳しくなります。故に、思考が読みやすい……ふふ、納得できないという顔をされていますね。ええ、これは偽物の理由です。本当は、私が、トラメル様のお近くにいたこと、それ自身が理由なのです。つまりダフネオドラ王子は、トラメル様に、私たちの捕縛劇を知られたくなかったということですね。私を捕らえた時点で、願いが叶うと言っていましたが、そのことに関係があるのではないでしょうか。そのすぐ後に吸血鬼の皆様が来て、人間を奴隷にしてしまったので、彼の願いが叶ったのかどうかはわかりませんが。きっと、叶っていることでしょう。そうでないと、彼らが浮かばれませんからね。彼らとは誰か? ご想像にお任せします。











カレーの話題と共に現れたのは、ご存知カレー好きの人だった。神聖カドリィ帝国の枢機卿を前にしても臆することなく、真顔でカレーの話を仕掛けてくる。実に通常運転。実に頼もしい。


そんなカレー好きの人の演技を知らないナディクは、「ああそういう部類の人か」と納得したらしい。お得意の枢機卿スマイルで、「カレーですか」と友好そうに応じた。


「そうですね、カドリィは訳あって、香辛料をあまり求めすぎないようにしているので、香辛料が控えめのカレーですね。少し甘口なところが特徴的です」

「ふむ、甘口か……トラメル」

「はい」

「カレーを学びに、カドリィに行く気はないか?」

「ないです」


この人、カレー好きを演じるあまり、脳がカレーに支配されちゃったのだろうか。ていうか、交渉の時も思っていたけど。


「俺を、カドリィに行かせようとしてます……?」

「なんのことかな」


初めて会った時とは違うーーたぶんコレがこの人の素なのだろう、表情を一切崩さずに、カレー好きの人は無表情に言った。この人のことは味方だと思っているが、殊この話題に至っては、カレー好きの人の意図は読めなかった。


「駄目だからね! トラメルは、私のものだから、カドリィになんか行かせないもん!」

「別にシアのものじゃないけどね」


トラメルを後ろからぎゅっと抱きしめるシアといったら、獲物を前足で押さえつける野生動物みたいだ。


「だが、考えてもみろ」


そんなシアに生温かーい視線を送って、カレー好きの人は、次いでトラメルを見た。


「お前がカドリィに行けば、この枢機卿もついてくる。あとはこの枢機卿を手綱役の大司教に押しつけて、お前だけ帰って来ればいい。そうすれば、お前が悩んでいることも解消するだろう?」

「それは、解消しますけど……」


一瞬でも『なかよし同盟』を離れることは、またルーラーさんに好き勝手やられそうなので避けたいのである。それは留守番してたカレー好きの人が一番わかっているだろうに。


この度のカレー好きの人は、謎が多すぎる。どうしてトラメルを他国にやろうとするんだろう。


トラメルが困惑していると、カレー好きの人は目を見開いて、「言いすぎたな」と呟いた。


「お前がカドリィに行くのも、選択肢の一つと考えておいてくれ」

「……わかりました」


マイペースを突き進んでいたカレー好きの人が、ちょっとトーンを落として言うので、トラメルも真剣に受け止めた。この人は、ダフィンの協力者だ。信用できる。




それにしても、シアちゃんがいる前で、どうやってナディクが命を狙われていて、ニノンと爆弾魔先輩がルーラーの協力者だってことを伝えようか。


「うーん」


トラメルはちょっと悩んで、()()()を取ることにした。




「……」


この人が驚いている顔は貴重だなと、トラメルは思った。


「ということで! ルーラーさんにも、ナディクさんと仲良くなってもらいたいなって思って、親睦会を開催することになりました!」

「さっきのが、そうじゃないのか?」

「やだなぁ。親睦会っていうのは、敬虔な枢機卿を酒とご馳走で堕落させる会のことを言うんですよ?」

「俺と枢機卿の利害が一致するということは、考えなかったのか?」


親睦会という名の腹の探り合いをすぐに読み取って、揺さぶってくるルーラー。だが、トラメルは首を横に振った。トラメルのことが大好きすぎるナディクと、トラメルをぶち殺したいルーラーでは、前提が違うのだ。


だから、トラメルは自信を持って答えた。


「もちろん、考えもしませんでしたよ!」




と、高らかに宣言したトラメル達は、そのことをシザーに報告(親睦会へのお誘いという体)しに言って。


「表でろや」

「って言いながら殴るの、ひどくない?」


演技をお忘れになったシザーに頬をぶん殴られて、トラメルは目を白黒させて。そんなトラメルをため息と共に見つめて、シザーは口をむぐむぐさせた。何かを言いたいけど言えないって顔だ。


「あのな、トラメル」


一転。長身を屈ませて、トラメルと目を合わせたシザーは、トラメルの頬っぺたをさすってくれた。情緒がやばいな、とトラメルは思ったが、どうやらトラメルに近付く口実だったらしい。


「背中、打ってないか」


トラメルの耳元で、シザーはトラメルのことを心配するふりをしながら、


「…………枢機卿と、ルーラーさんの利害は、一致するんですよ」


そう、囁いたのである。

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