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大麦の騎士、教祖と教師

「んで? 俺に話があるってのは?」


耳をほじりながら、“飲んだくれさん”という不名誉なあだ名で呼ばれる男は、目の前の男に問うた。


恐れ多くもバラバラ殺人のスペシャリストである飲んだくれさんに話を持ちかけてきたのは、かつて王国で暗躍しまくっていた、ルーラーという男である。

黒髪に黒目。烏はよく見ると真っ黒じゃないから、この表現は適当じゃない。まるで闇を閉じ込めたような色合いのこの男は、相変わらず読めない笑みを浮かべていた。


「一人、殺したい奴がいる。お前にはそれを手伝って欲しいんだ」

「いや無理。俺、アル中で手が震えてるから」

「……」


もちろん、そんなこと嘘である。飲んだくれさんは酒を愛し酒に愛された男。アル中なんてものにはなったことがない。なのに嘘をついたのは、単に面倒臭かったからだ。飲んだくれさんのS級犯罪者としての勘が告げている。この男、絶対に加担したらやばい奴。


飲んだくれさんは知っている。男は確かに、吸血鬼が来る前に、犯罪組織の首領をやっていた。


S級犯罪者はみーんな、未だに生き死にのわからない性悪王子様であるダフネオドラ・スティルラントに捕まえられて、監獄にぶち込まれた。


一番最初に捕まえられたのが、爆弾魔先輩ことグルー・エルトで、最後がシャーロット・フレン。


捕まえられた順を強さ議論に持ってくと、爆弾魔先輩が一番の雑魚で、シャーロットちゃんが一番の強者となるのだが、はたして、異性を殺す()()の少女を強者と見做して良いものだろうか。

もしかしたら舐めプかもしれないが、飲んだくれさんを捕まえた時のあの覚悟の決まりようを見ると、そうではない気がする。


まあそれはともかく、そんな強さ議論に則って言うと、飲んだくれさんはルーラーに勝っている。なにせ、最後から二番目に捕まえられたので。  


だからこの男は恐るるに足らず、なんて言ってみたいのだが、そうもいかない。


この男、あまりに経歴が不気味すぎるからだ。飲んだくれさんは社会派であるので、ていうか、爆弾魔先輩が逮捕された時からなんとなーく嫌な予感はしてたので、新聞で逐一情報を仕入れていた。


この男が監獄にぶち込まれたのは、首領をやっていた犯罪組織が壊滅した後だ。


前兆は何週間か前からあって、当時、不審死が相次いでいたのだ。この男の仲間の不審死が。 


当時、新聞各紙は組織の分裂だと囃し立てたが、飲んだくれさんが独自のルートで入手した情報と付き合わせると、真実が見えてくる。この男の仲間は、組織が壊滅する少し前、何かから逃げようとしていた。


まあ、それが何であるかはお察しである。


ぶっちゃけ、この男の組織は壊滅したのではなく、この男が自ら壊滅させたのだ。誰一人残さずして、殺して、殺し合わせちゃったのである。


そんなふうに準備を万端にして、多分何かの証拠を消したかったのだろう。この男は、ダフネオドラ王子に捕まったのだ。


仲間になったら絶対に殺されることを知っていて、どうして仲間になることができようか(いやできない)。


でもそんなこと言ったら「お前も殺す」判定をされるので、飲んだくれさんは口を噤むか、アル中の演技をするしかなくなるのである。悲しきかな、飲んだくれさんの特技は不意打ちであるが、格の違いというやつは、十分にわかっている。


「わかったら、他をあたりな。さっきのは、黙っててやるから」


手を振って追い払おうとするが。


「……俺の知り合いに、大麦畑の持ち主がいてな」

「な、なんだよ。やめろよ、そんな話……」


吸血鬼に支配されてからこっち、ワインは飲めど、そっち系の物は飲んでいない。たぶん、外の連中がそうやって命令されているからだ。大麦じゃなくて、パンや麺の原料になる小麦を育てるようにと。


だから、嗜好品なんてのは二の次。この二年間、ワインは飲めど、ビールなんてのは、お目にかかったことがない……。


「そ、そうだ。お前の知り合いの畑だって小麦に変えられてるに決まってる……俺は認めないぞ、ビールなんてのは空想上の飲み物だ!」

「そうか……それは残念だ。お前とは、美味い酒が飲めそうだと思ったんだが」


あっさりと踵を返すルーラー。それを見送ろうとして、飲んだくれさんは、「待てよ」と言った。 


「お前の知り合いって、よく考えたら王国内だよな? なんで俺にその話をした? まるで、手に入れる算段があるみたいなこと……」


王国に知り合いがいるのなら、とっくの昔に吸血奴隷にされているはず。だったらそんな話はしないはずである。


「算段があるからに決まっているだろう。幸い、この同盟は、外交権を持っている」


つまり。 


飲んだくれさんは、普段はしょぼくれてる目を見開いた。


「お前の知り合いは、外にいるってことか……!」

「そうだ。俺に協力してもらえれば、浴びるほどビールを飲ませてやるが、どうする?」

「謹んで、お受けいたします」


飲んだくれさんは、ルーラーの前で屈んで、剣を捧げ持つ騎士のように、ワインボトルを捧げ持った。


「すべてはビールの為に」

「……」






「前回までのあらすじ。ルーラーさんの仲間は、なんと同じS級犯罪者の爆弾魔先輩で、神聖カドリィ帝国の教会の皆さんは、俺の故郷レッサリアを戦争で粛清する気満々だったのであった」

「あっ、戦争って言ってしまいましたね」


現実から逃避する為にトラメルがまとめたあらすじに、嬉々として突っ込んでくるナディク。長い人差し指をぴんと立てて「一つ補足です」と言ってくる。


「教会といっても、()()()、教皇派と私の派閥に分かれます。教皇猊下はレッサリアに尻尾を振ることを目的として、私の派閥は、レッサリアを滅ぼすことを目的としています」

「で、枢機卿が夜の教会にいたのは、レッサリアに潜む裏切り者と打ち合わせするため?」

「はい、その通りです」 


トラメルは、うーんと唸った。レッサリアって、いろんな国の寄せ集めだから、そういうことがあるのもわかるが……その裏切り者とやらは、国内での粛清が怖くないのだろうか。


「確かに滅ぼしたくなるのはわかるけど、あの二人に目をつけられたら、家族とか近所の人まで死んじゃうのに」


よっぽど度胸がある人に違いない。もしくは、命知らず。


だが、この枢機卿と打ち合わせするほどの裏切り者となると、命知らずの線は消える。若くして大司教となったナディクに一目置かれるような存在が、あの国にいただろうか。


……いや、いるな。あの国には、腐るほどに人材がいる。レッサリアは才能偏重主義であるからして、時折、本国から追い出されたやべえ奴の流れ着くところなのである。たとえば、あの研究者なんかもそう。二年後王国に落とされる予定の爆弾を作っているあの人も、元は科学の国から追放された流れ者である。


「そういえば、裏切り者さんとは会えたんですか?」

「いいえ、会えませんでした。さきほども申しました通り、私は素敵な方に会ったので」


隙あらば惚気である。


「ですが、どこかで会わなければなりませんね。あの時約束をすっぽかしてしまい、先方もお怒りでしょうから」

「でも、枢機卿の事情はわかっているんじゃないですか? その人も約束の場所に行って、枢機卿と、シーツを被った女の子が会ってるところを見てたんだろうし」

「そうだと良いのですが、だとしたらおかしいのです。私がその子に逃げられた後に、声をかけてくだされば良いものを、声をかけずに帰ってしまったことになるので。なにか、怒りに触れたと考える方が、妥当でしょうね」


てことは、裏切り者さんとナディクは、非常にびみょーな関係ということか。


「ちなみにその裏切り者さんの名前を教えてもらうことは」

「残念ながら、教えることはできないのです」


そりゃそうだ。


「お互い偽名でやり取りしていたので。ちなみに私の偽名は“教祖”です」

「何か別のものに聞こえますね」


教えを広める意味ではそうだけど。


「じゃあ、あっちの名前は?」


なんか、職業縛りなんだろうか。トラメルがそんなことを考えていると、ナディクは、顎に手を当てて。


「そうですね、たしか、“教師”、と手紙には書いてありましたが……」











「そういえば君さ、ここに来る前は何をしてたの?」


新生北エール共和国大統領は、書類に判子を押すだけ押して暇だった。ぐでんと座り心地の悪い椅子にもたれて、部屋の中にいる人物に話しかける。


「どうされたんですか、急に? 詮索をするのは、死を意味しますよ」

「いや怖っ。世間話をしてるだけなんだけど。やっぱり、草ともなればエリートなことやってたりとか? あ、教育係だったんだっけ?」

「その通りです。あのちゃらんぽらん共が前任の教育係を殺してしまい、私が就いた次第です」

「そこらへんは世間話の域を外れてるからノーコメントにしとくよ。ふーん、じゃあ、教育係をやった後に、ここに来たってわけか」

「少し違います。私はトラメル様が留学すると同時に教育係を辞めましたから」

「へー」

「王城も辞して、しばらく地下に潜っていました」

「へー……?」


なんだか、雲行きが怪しくなってきた。


「レッサリアの政治区画になった国の、いわゆるパルチザンを扇動したりしてましたね」

「何やってんの、君?」


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