お客様一名ご案内(強制)
知らねえ女の子の気持ちを答えよ。
まるで文章問題だ。それにしたって、情報が足りない。十年前の初秋の夜、教会にやってきた、シーツを被った女の子というだけでは。せめてその前にも文章が欲しい。誰かと喧嘩したとか、危害を加えられた、とか。
教会って、祈りに行くところじゃないんだろうか。その他にあるとすれば……
「あ、わかった。肝試しだ」
「きもだめし、ですか」
トラメルの答えに、真顔になるナディク。
「教会の裏に、共同墓地があるでしょ。死んだ人はそこにいないけど、なんとなく怖い雰囲気があるし。そこに肝試しに来て、幽霊に会ったんじゃないですか? それで怖くて泣いちゃったとか」
「墓、ですか。なぜそのようなお考えに? 墓地のない教会もたくさんあるのに」
しまった、墓穴を掘った。墓だけに。
トラメルは、苦い思い出を紐解かざるを得なくなってしまった。
「えーと、俺の母親も、教会の共同墓地にお墓があるんですよ」
重い話にならないように、トラメルは普通のペースで喋り続けた。
「だから、そんなことを思いついただけです」
「……成程。神に赦しを乞いに来たのではなく、ご自分のお母様に、赦しを得に来たと。私がいくら神様の話をしても、響かないわけですね」
ーーなんか納得してる雰囲気。
血のついたシーツとか、泣いていたわけとかは良いんだろうか。ていうか、肝試しって言ってんのに墓参りになってるけど。ま、いっか。丸くおさまったことだし!
「納得してもらったところで、交渉をさっさとまとめましょっか!」
「この質問に答えていただいたことで、はっきりしました。貴方は、神の赦しを得るべきです」
「人の話を聞けよこの枢機卿がよぉ」
トラメルのあんまりに失礼な言葉遣いに、大司教がはっと肩を揺らし、ちらっとナディクを見て、胸を撫で下ろす。おい、なんで安心した。
「おそれながら私も発言させていただきますと、貴方にはぜひ、神聖カドリィ帝国に来ていただきたく……」
それから、トラメルのことを縋るように見て、そんなことを言った。
さっきの反対はどこへやら。お目付役だったはずの彼は、ナディクという暴走馬の手綱をぱっと放し、あまつさえ並走するというわけわかんない行動に出たのである。
これで頼みは、泡吹いてる司教だけである。え、これ頼りになんの?
「どういうおつもりですか?」
これに警戒したのはナディクである。鋭い声で大司教に問うが、大司教は、まるで孫を見る目でナディクを見た。
「つもりもなにも。私は、貴方の手綱を握ることができる存在を、逃がすまいとしているだけですよ」
「……」
「一つ忠告させていただきましょう。私はまだ、教皇猊下と、皇帝陛下により賜りし命を実行しています。この少年をカドリィに招くことができれば、貴方のことを御せるのではないかと、」
「ーー成程」
血とか、戦いに縁がない、キンキラキンの建物に住んでるはずの枢機卿は、凄絶に笑った。まるで、トラメルの親族みたいに。
「では、トラちゃん様をカドリィに連れて行くことは諦めましょう」
その場の皆が、ほっとした息を吐いた。泡を吹いていた司教が「んがっ」と言って覚醒し、目を擦りながら、ナディクの方を見る。
「そのかわり」
「?」
にっこり笑って、ナディクは自身を指さした。
「あ、えーと。神聖カドリィ帝国の枢機卿であらせられる、ナディク・ノルカルトさんです。はい、今日から十一日間、『なかよし同盟』に体験入会? することになりました。拍手〜」
ぱち、ぱち。トラメルのドン引いた説明に対して、まばらな拍手(ヤボクとラクタ、あとルーラーさん)が室内に響く。そんな雰囲気をものともせずに、ナディクは優雅に一礼。
「若輩者ですが、よろしくお願いします」
きらっきらな笑みで、皆に挨拶したのである。
……そう。
ナディクが交渉の場で提案したことは、『なかよし同盟』への一時的な加入。その理屈は、トラメルたちを悪魔の手先かどうかを見極めるため。あと、表向きの理由としては、人道を謳うものが現場に行かずして何が聖職者か! っていう理由。
ちなみに、ナディクがそんなことを言った直後、目覚めたはずの司教は泡吹いて、頭打って医務室に運ばれてしまった。かわいそう。
大司教はというと、思わぬ放牧チャンスに喜んだのか、「それならば仕方ないですな」と満足顔。なにが仕方ないの?
かくして、人間と吸血鬼の混合グループである『なかよし同盟』は、吸血鬼のことを悪魔呼ばわりするやべえ人を迎え入れてしまったのである。
「あの」
「はい」
「近いです」
あとこの人、距離が近い。別に発光はしてないのだが、なんか眩しい気がする。
「ぐるるるるる……!」
シアが吸血鬼をやめて犬になっている。なんで? ニノンは、そんなシアを見て、表情を暗くしている。S級犯罪者ズを見ると、ルーラーさんは値踏みするような視線、シャーロットちゃんは好みではないのかそっぽを向き、男に興味ないドクター・恋愛脳は小難しい本を読んでいる。そして爆弾魔先輩は、「爆ぜろ……」とか呟いている。態度悪ッ!
そんな最悪な雰囲気の中、「あ、忘れてました」とナディクがトラメルを見て言う。堂に入ったウインクするのやめてほしい。
「アディムス殿下に、今どんなお気持ちか書簡を送らなければ」
「死ね、死ね死ね」
報告を受け取ったアディムスは、憂いなんか通り越して鬼の形相になっていた。
申し訳なさそうな文体だが、問題児を手放せた上に始末とかいう面倒臭いことしなくてよくなってよかったやったー! という気持ちが十二分に受け取れる悪文である。
しかもその悪文を書いてるのが、全世界に広まっている教えの総本山にいる人たちなのだから手に負えない。まあ要は、教皇と皇帝なのであるが。
彼らと裏で繋がっていたアディムスは、周到にナディク殺害計画を立てていた。交渉に行った先で初恋に会ったとなれば、できるだけ滞在時間を長くするはず。彼が国を空けている間に、彼の罪状をでっちあげて処分するつもりだったのに。
そのために、教皇と皇帝を抱き込んでおいたのに、腰抜けどもが。
「まさか、あっちに滞在しちゃうとはなー」
アディムスの背後から手紙を覗き込みながら、兄が感心したように言う。
「あの枢機卿、ちゃんと自分が疎まれてること理解してたんだな。そんで、お前とお偉いさんたちの利害関係も理解して、自分から王国に降ったと」
「丁寧に解説してもらわなくてもわかります」
吸血鬼も吸血鬼だ。何が人道を理解云々だ、そんなことなら、吸血奴隷のところにぶち込めばいいものを、反乱軍に送り込んでしまうなんて。
「そんな露骨なお客さま待遇をして、何かメリットがあるのでしょうか」
「んー……」
しばらく考えるふりをして(たぶんもう答えは出ている。悔しいことに)、兄はなんとはなしに言う。
「そのお客様が殺されたら、『なかよし同盟』の株は大暴落だよな!」
だから、ひっついてもらえることは有り難いのだ。護衛をする側としては。
十一日間、ナディクを守ること。それが、トラメルがしなければならないことである。十一日間、この不思議な枢機卿に傷一つ負わせないで、元の人間世界に返してやらなければならない。それができたらトラメルの勝ちで、それができなかったら、吸血鬼っていうか、現王政派の勝ち。非常にシンプルでわかりやすい勝利条件、なのだが。
「俺が見てる本、あまり楽しくないですよ」
「トラメル君が見ているものは全てにおいて楽しいです」
まるで神様になった気分だ。めちゃくちゃ全肯定してくるこの枢機卿。
「S級犯罪者の犯罪履歴ですか?」
トラメルは頷いた。基本に立ち返って調べてみようと思ったのだ。
分厚いファイルを何冊も引っ張り出して開く。それを床に並べると、なんかこう雰囲気が出てくるというものだ。
浸っているトラメルの横で、ナディクは、「おや」と声を出した。
「え、なんですか?」
「ふふ、教えてほしいですか? 教えて欲しいなら」
「やっぱいいです」
「残念」
ナディクは肩をすくめて……ぽつりと言った。
「ところでこの監獄に、地図はありますか?」




