嫌われ者と銀髪の少女
お気楽主人公が書きたくて書きました。
それが来てから、世界は悪い方へと変化した。少なくとも、俺たち人間にとっては。
それまで俺たちは、人間以外の命をほしいままにしてきた。ぜんぶがぜんぶ手のひらの上。猫とか犬を飼って、牛とか豚を殺して食べた。
それまでは“する側”だったから、いざ“される側”になると、どうしていいかわからなくなる。今はそんな状況。
“家畜”であり“ペット”。奴らにとって、人間はそんな扱いだった。
吸血鬼に支配された王城。一人の少年が、貫禄のある男に食ってかかっている。
「どうして俺は“繁殖係”になれないんですか!」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ……自分の胸だっつったろうが」
少年は、右隣に立つ少女の大きな胸をごく自然な動作で触った。少女の名前はレーテ。少年専属の吸血鬼である。レーテは「だめですよー」と言って少年にデコピン。少年は壁まで吹っ飛んだ。
それを哀れに見るでもなく、貫禄のある男……吸血鬼の王はため息を吐く。
「レーテよ、教育が足りないのではないか? 我吸血鬼の王なるぞ? どうしてこんな羽虫如きが毎回毎回王の部屋に侵入できるんだ?」
「トラちゃんはぁ、たくさんの女の子をたぶらかしてますからぁ。メイド達が、“どうぞどうぞ”って通しちゃうんですう」
壁に激突して伸びていた少年が、「そういうことだ」とドヤ顔する。吸血鬼の王は少年のメンタルに呆れた。
少年は、脇に手を入れられてレーテに抱き抱えられていた。
吸血鬼の王は、猫が抱き抱えられてにょーんと伸びる姿を幻視した。
額に手を当てる。
「とにかく、“繁殖係”は却下。お前は今まで通り“食糧係”だ」
「このケチ! ドタコン! ばーかばーか!」
低レベルの煽りをしてくる少年に、吸血鬼の王は再びため息をつき。
「上っ等だ! 殺してやらぁ人間風情がァァァァァァッ!!」
「お前、よく懲りないよなあ」
おっとりとした同僚が話しかけてくる。
吸血部屋は情報交換の場。レーテに血を吸われながら、傷だらけの少年は首を傾げた。
「何がだ?」
同じく銀髪の吸血鬼(見ない顔だ)の少女に血を吸われている同僚は、「なにがって」と呆れた顔。
「お前、さっきどこからきた?」
「王城」
「それだよ。なにをどうすれば、俺たちを支配している男とガチ喧嘩することになるんだよ」
銀髪の吸血鬼がその言葉に顔を上げて、少年を見た。少年がへらりと笑うと、ぷいとそっぽを向く。
「こーら、よそ見しないのっ」
レーテが頬を膨らませて、少年のほっぺたを手で固定する。
「浮気は駄目だよお、トラちゃんなんてこうだっ、えい、えいっ」
「いたたたた」
先程吸血鬼の王と喧嘩した時の傷を、長い爪でつんつんされる。つんつんされながら、少年は同僚に言った。
「でもさ、“食糧係”よりも、女とくんずほつれつできる“繁殖係”の方がよくね?」
この国が支配されて二年の月日が経つ。
人間は、血を吸われる食糧係と、ひたすら子供を作る繁殖係とに別れていた。
少年が王城に直談判に行ったのは、それが理由である。多感な年頃の十七歳。性に興味があるのはごく普通のこと。
同僚は引きつった顔のまま返事をしてくれなかった。
「浮気はダメって言ってるのにぃ」
ぎゅうと抱きしめられて、肋骨が折れそうになる。少年はなんとなく、レーテを抱きしめ返した。
「トラちゃん、ぜーったい、他の女なんか見ちゃダメだよ。トラちゃんの美味しくもない普通の血、吸ってあげれるのは私だけなんだからね」
「はーい」
間延びした返事だったが、レーテは満足したらしい。最後に吸血箇所をぺろぺろと舐めて、にっこり笑った。
「今日の吸血はここでおしまい! 夜ご飯は六時からね。それまでは自由にしてていいよ」
吸血奴隷の証である首輪をはめられて、少年は廊下をぶらぶら歩いた。
「とっとと歩け!」
「ふええええん怖いよママぁ」
泣いてる幼女を引きずっていく吸血鬼の男に、「お仕事お疲れ様っす!」と敬礼してみたりする。男は「お、おう」とうかない返事をした。
少年は屈んで、泣いている幼女の涙を指で拭った。
「吸血ははじめて?」
泣いていた幼女は、びっくりした顔をしたが、頷いた。
「う、うん。おにーちゃんは、きゅーけつされたばっかなの? 痛くなかった?」
少年の首筋を見ながら言う。少年は自分の首筋に手を当てた。にっと笑う。
「めっちゃ痛いぞ! 俺も初めての時は泣くかと思った! だからお前も泣けばーか!」
「ふえええええん!!」
「脅すなバカ!」
ごちん、と拳骨が降ってくる。少年は吸血鬼の男を見上げた。
「先輩として、心構えを授けようと……」
「お前は悪影響しか与えないから……なんでって顔をするな。ほら、行くぞ。大丈夫、吸血は怖くない。あのお兄ちゃんがヘタレなだけだ」
「ふええ」
「お前が言うのかよ」
幼女の真似をしたら、ゴミを見るような目で見られた。幼女の涙は引っ込んでいて、男吸血鬼と同じ目をしている。今日もまた、幼女の涙をとめられたことに少年は満足した。
「お前、まじでレーテ様のお気に入りじゃなきゃぶち殺してるからな」
去り際に男吸血鬼がなんか言ってたが、その言葉は、少年の耳をすり抜けて出て行った。
すれ違う人間は、たいてい吸血鬼とセットだ。それは逃げ出す恐れがあるからで、少年のように緩い首輪で、単独行動な方がおかしい。
「くそっ、裏切り者! 人類の恥!」
「やめろ、それだとこいつが俺らの味方みたいになっちまうだろうが」
吠える人間に嫌そうな顔をする吸血鬼。有力吸血鬼であるレーテの専属で、ことあるごとに煽り倒す少年は、どちらからも嫌われている。
「お、綺麗な吸血鬼さん、俺と一晩どうですか?」
「寝言は寝て言え家畜」
「家畜じゃねえ、あなたと呼びなハニー」
「え、怖い……」
そんなこんなで、少年は自分の部屋へとたどり着いた。
家畜または奴隷であるところの人間には、個室が与えられている。だから、他の人間に会う機会といえば、吸血部屋の時だけ。反乱を企てられると困るからというのが表向きな理由。
実際は、人間を従順にするためである。従順度と貢献度でランク付けして、部屋を与える。反抗的な人間は劣悪な環境におかれ、少年のような従順な人間はふかふかのベッドにジャグジー付きの風呂、そして。
ぴんぽーん。六時、インターホンが鳴る。少年は玄関の扉を開けた。
「はーいはいはい」
「毎度ーお仕事ご苦労様っス! レーテ様からステーキのお届けものっす!」
「やったー!!」
お届け係の吸血鬼が、ワゴンに乗せたほかほかのステーキを届けてくれる。最高ランクの少年は、食べ物にも気を使ってもらえるのである。
ちなみに、さっき吸血部屋で一緒したおっとりした同僚は、麦パンに干し肉、野菜のクズを煮込んだスープが基本の食事らしい。というかそれが平均だと、少年はなんとなく理解していた。
「うんうん、トラちゃん殿は喜んでくれるから、届け甲斐があるっスね! 他の人間だと、どうも悲壮な顔をするからやりにくいっス」
お届け係の吸血鬼も嬉しそうに頷いた。彼女は吸血鬼だが、レーテと同様、少年に好意的だ。だから、たぶん変人なのかもしれない。
「じゃ、いつものように、食べたら玄関に置いといてくださいっス!」
「了解した!」
びっ、と敬礼をすると、お届け係も敬礼を返してくれた。
そんなこんなで、少年の日常は回っていた。
「う、うーん?」
夜。妙な息遣いを感じるまでは。
「はふっ、はふっ、おいひい、おいひいよぉ、なんでこんなに美味しいの、下等な人間のくせにぃ」
誰かが少年の上に跨って、少年の肩を噛んでいる。
「こんな美味しい子を独占してるなんて。死ね、レーテ死ね、ほんとしね」
レーテへの熱い殺意を語る少女は、暗くてもわかる銀色の髪をしていた。
「あ」
少年は、目を見開いた。昼間のおっとりした同僚を噛んでいた、新米吸血鬼(仮)だ。少年が声を上げると、銀髪の少女は後ずさった。
「こんばんは?」
「さすが頭のおかしい人間の代表格。部屋に侵入してきた吸血鬼に挨拶とは。こんばんは」
お前に言われたくねえよ、とは言わないでおいた。言ってたらたぶん肉片になってた。
「それで、俺に何の用ですか?」
「もちろん美味しい血を飲みに……じゃなくて、密談にきたのよ! 密談!」
「静かにしてもらっていーすか」
おかしいと少年は思った。自分はツッコミを入れられる側なのに。銀髪の少女は、びっと少年を指さした。
「トラメル・ヴィエスタ、貴方、この状況を変えたくない?」
「いや、別に」
今のままでいいので、少年……トラメルは首を横に振った。少女はこほんと咳払い。赤い目を見開いた。
「言い直すわ、トラメル。貴方、吸血鬼を奴隷にしたくない?」
「ちょっとくわしく」
「従順な綺麗どころの吸血鬼と、人間の女と、毎日酒池肉林に溺れてみたくない?」
「溺れてみたいです!」
「それなら」
衣ずれの音がした。銀髪の少女が妖しく笑う。トラメルの腹の上に乗っかり、彼の耳元で囁いた。
「吸血王を殺すのを……私の復讐を、手伝って?」