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番外,初夜(後)

 こちらに判断を委ねるのか、いや、先に聞いたのは私だった。奇声が漏れないように慎重に答えた。

「今日はお互いとても疲れたと思うので、ゆっくり休むのはどうでしょうか」

「うん」

 そうしようと言って私に布団をかけ、彼自身も隣へ入ってくる。


 拍子抜けするほどすんなりと提案通りになったが、彼は本当にそれでいいのだろうか。すべて私の意思に従うつもりでは。それは困る。確認しようと体ごと顔を向ければ、同じようにこちらを向いたデイヴ様はとても嬉しそうな様子だった。

 まさかとは思うが、そのつもりは全然なく安心したとでもいうのだろうか。


「カナメがちゃんと考えてくれて嬉しい」

「それはどういう……」

「まったく意識していない可能性も想定していた」

 それは無いのではないだろうか、子供の話までしておいて。……だからか?

 まさか子供を作らないイコールなにもしないという考えに至ると思われていたとか。

 えっ貴族でも愛情目的で


「致します……よね……?」


 肯定された。よかった。はしたない聖女になるところだった。いやもう十分はしたないわ。

「雰囲気ぶち壊してごめんなさい……」

 なんというかもう、直接的で。ご令嬢は絶対こんなこと口にしないはずだ。初心な女性が好みだったらどうしよう、ドン引きどころではない。今更ながら後悔する。

 昔から思ったことは口にしてしまう方だった。正直が美徳とは限らないと言ったのはバイト先の先輩だったか。


「カナメのいいところだと思う」

「奥ゆかしい方が好みとかではないですか?」

「……意思の疎通ができる者であれば特になかった」

 これまでの苦労が偲ばれる。


「むしろ俺はカナメに甘えすぎている気がする。情けないだろう」

 こちらへ伸ばされた手が髪を掬うのを黙って受け入れる。顔にかかっていたそれを後ろへ流しながら、上手くできなくて悪いと謝られた。

 私からしてみれば十分すぎるほど頼りにしているのだが、そうは思えないのだろうか。

「つまり私たちの相性が抜群ということですね」

 調子に乗って出た言葉は微笑みと共に受け入れられ、頭を撫でる手に引き寄せられて腕に収まった。めちゃくちゃいい匂いがする。あまりに幸せすぎるなこれ。天国かもしれない。

 最弱の防御だと思った首元がさらに緩んで逞しい胸元を覗いてしまったが、必死に煩悩を追いやった。

 あ、そうだ。


「今日はお疲れ様でした」

 腕を広い背に回し、その体勢のままで回復魔法をかけた。

 鍛えている騎士様とはいえ体力的な問題はもちろん、気疲れもあっただろう。そういうこともいつか進んで話してくれるようになるといいな。


 少し間が開いてお礼を言われたが、声と見上げた顔は若干元気がないように見える。おかしい、なにか失敗しただろうか。


「今あまり元気になってしまっても」


 困るというその理由に思い至りなんだか申し訳なくなった。ついでに頭は一瞬で茹だった。

 表情を隠すように抱き込まれてしまったけれど、髪に顔を埋めて擦り寄るのは控えていただけないだろうか。若干汗が気になってきた。

 なんて心配はどんどん下がる動きにそれどころではなくなる。薄く息を吐く唇が耳から輪郭を辿って、首元で止まった。


「や、やっぱりしますか?」

「…………いや」

 大事なことだから軽々しく扱いたくない。


 十分丁寧に扱われているのだが。そういえば男性の方がロマンチストだと耳にしたことがある。知識だけある聖女は納得した。


 自身も帰宅してから回復魔法をかけていたのでまだ眠気は来なかったが、この温かい腕に包まれていれば自然と最高の眠りにつける気がする。

 目を閉じすっかり力の抜けた状態になってやっと、違和を自覚した。いやいや、これはまずい。

 ぐ、と力を込めてみたが虚しい抵抗だった。静かな空間にグゥと間の抜けた音が響く。なかなかに短くない主張であった。


「カナ「気のせいですね」

 気のせいじゃないよと私の空腹が返事をした。ふたたび鳴ったお腹に諦めの境地だ。


「……いつもより運動量が多すぎたせいです」

 居た堪れなさすぎて到底顔など合わせられない。今度は埋もれるように自分からしがみつき、苦しい言い訳をすると目の前の体から震えが伝わってくる。盛大に笑ってくれていいんですよ。

 忙しい合間に軽く食べてはいたが、増えた食事量に慣れた胃袋は満足しなかったようだ。収まる様子のない腹の虫にもはや初夜の空気など皆無である。我ながらひどい。


 眠れる様子もないし、収まる様子もない。このまま横でグゥグゥもぞもぞされたら安眠などできないだろう。温かいものでも飲んで落ち着くしかない。

 しかし現在ここに家の人たちを呼ぶことは憚られた。時間的な意味でも羞恥的な意味でも。


「ちょっとキッチンに行ってきます」

 名残惜しく腕から抜け出し、先に寝ててくださいと伝える前に遮られる。

「俺も行く」

 なぜか乗り気のデイヴ様だった。




 騎士団と違い近衛の寮は厳しい。伯爵家ではもちろん、食堂につまみ食いに行くことなどなかった。

 初めての経験に青年は楽しそうだ。その様子に自分のちっぽけな羞恥心を飲み込んだ。


 手を引かれて忍ぶように食堂まで向かう途中、揃ってどこへ行くのかと驚いた様子の警備員たちを、静かにするようにとの手振りで納得させていた。たったそれだけの動作でも見惚れてしまう自分にちょっと呆れた。


 最初は温かい飲み物くらいで済ませようと思っていたが、当然とばかりに食料庫に踏み入れた青年について行けばバゲットと野菜を見つけた。魔道具式の貯蔵庫にはお肉もある。つまみ食いを楽しみにしているようだし軽食でも作ろうかな。

 薄めに切ったバゲットにバターを塗り具を挟んでいると、それを見ていた青年のお腹もぐぅと鳴り、顔を見合わせて笑った。

 二人分のサンドイッチを用意する間に彼が入れてくれた紅茶を並べ、キッチンの簡素な椅子に腰掛けて揃ってかぶりつく。いつもの上品な食事とは違うその光景は馬で遠出をしたとき以来だ。なにをしていても様になるし好きが積もる。


 食べ終わってもしばらく小声で話をしていたが、段々と落ちてきたまぶたに逆らえず休むことにした。


 ふたたび同じ布団に入れば、お互いの温もりを求めるように眠りについた。

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