表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/58

53,結婚

 誤解を与えないように言葉を尽くしたつもりだが、話が飛び飛びでとても分かりづらい説明だったと思う。なにせ自分でも消化しきれていない話題と感情だ。


 要約すると子供まではまだ考えられない。口止めしたのはうまく伝えられる気がせず時間がほしかっただけなのだと弁明した。


 それに対する青年の返事はあっさりとしたものだった。

「ああ、分かった」

「えっ」

「え」

 驚いた私に驚いていた。

「なんかその、貴族の義務とか、常識とか、そういうのは大丈夫なんでしょうか」

 ご両親の期待とか。

 聖女には当てはまらないだろうという正論が返ってきた。


「期待は両親だけではないだろうが」

 と、言いますと。


「この国に聖女が根付いたことはない。聖女自身の力すら解明されていない現状で、その子供がどう利用されるかも分からない。慎重になるのは悪いことではないと思う。ただ……」

「ただ?」

「……いや、だから両親も納得するんじゃないか? そもそもカナメに直接伝えたわけではないから、あの人たちもそのくらい考えているはずだ」


 大丈夫だと言われて安心した。一人で焦って恥ずかしい。反省していれば、話してくれてありがとうと言われた。


「詮索したり、すべてを把握しようとは思わないが、困ったことがあれば教えてほしい。一緒に考えることくらいできる」


 しどろもどろな説明にも関わらず根気強く聞いてくれた彼に、先程とは違う意味で涙が出そう。優しさが目に見えるならば彼のそれは王国を余裕で包んでいるだろう。ウッ。好き。


「好きです……」

 声に出た。


 嘘偽りのない気持ちではあるが、最近翻弄されっぱなしの聖女はまた余裕そうな表情でこちらを眺めているのだろうなと思いながら顔を向けた。

 そこには想像に反して顔を赤くする青年がいた。言葉も出ないようだった。わぁ可愛い。あんなに色っぽいキスをするくせに不意打ちには弱いのか。


「好きです」

 その顔も最高。今度ははっきりと目を見て言った。

 ああ、うん、と彼らしくない返事に、本当に大好きです特にこんなところやあんなところがと距離を詰めながら羅列していく。止める隙を与えないほどの勢いであった。

 帰宅してそのまま居間へ直行し、すっかり当たり前になったソファに横並びで話をしていた。迫る聖女に段々と青年の体が傾いていき、乗り上げる形になった頃。

「もう十分、分かったから……」

 大きな掌でこちらの視線を遮るなど今まであっただろうか。いや、ない。表情が窺えなくなったことは少々不満だが新たな一面に免じて許そう。

 抑えきれない愛しさを、ぐりぐりと胸元におでこを押し付けることで逃した。制服の装飾が当たって少し痛かった。


 側から見ていればとんでもない光景であったが、青年を押し倒して勝ち誇った聖女は幸いにも気づかなかった。

 さらに幸いなことにこの家の使用人たちは皆優秀であったため、その後羞恥に身悶えることもなかった。





 その月の終わり、聖女の結婚式が執り行われた。穏やかな日差しが降り注ぐ日のことだった。


 教会で厳かに式典が行われ、行列は華やかに王都を巡った。

 美しい青年の横で笑顔を振りまく聖女の心の内など、盛り上がる国民たちには誰も分からないだろう。

 経済効果、期待してますね!




「頬がありえない痛みです」

「まだまだ、これからですよ!」

 王都のパレード中、ずっと微笑んでいた私の弱音は一蹴された。途中から頬がピクピクしていたが無理を押し通した表情筋は今、死んでいる。痛みで頬が微塵も上がらない。


 これから式典用の装飾を解き、王城で行われる夜会へ向けて着飾り直す予定だった。

 夜会へはエリーも王国貴族として参加してもらうため、準備はすべてマーヴィー夫人が指揮を取る。

 化粧を丁寧かつ迅速に落としながらも他の人に指示を飛ばす彼女は力強かった。ついでに聖女の弱音も受けている。一瞬で打ち返されたけど。


「具合でも悪いのか?」

 ラフな服装に着替えたデイヴ様はこちらの様子を見に来たのだという。

 先程まで式典用の典麗な制服に身を包み、薄らと化粧を施された艶美な姿はすでにない。だがすっぴんでこの美しさだ。着飾った彼がどれほどのものか容易にお分かりいただけるだろう。なぜこの世界には録画技術がないのかと嘆いた。


 そんな青年に心配してもらって申し訳ないが、顔が引き攣って笑みが作れないだけなのだ。嘘みたいな話だが本当だった。今はあまり見ないでくださいと付け足した。

 そう伝えた私にあろうことか彼は声を出して笑った。悲しみは目元に険しさを増しただけだった。


「まさかデイヴ様にこんな顔を向けることになるとは……!」

 夜会までにはなんとしても戻しますから!

「不機嫌そうな顔も可愛いから問題ない」

「ヴッ」

「カナメ様! 唇を噛んではなりません、目も開けて!」

 怒られた。ついでにデイヴ様も追い出された。夫人は強かった。頼もしいの極み。


 一度すべての化粧を落としたあと、お風呂に突っ込まれる前に夫人が気づいたように言う。

「回復魔法はかけられないんですか?」

 疲労は思考を鈍らせる。すぐさま施してからちょっとだけ泣いた。




 絢爛豪華な舞踏会場で今度はチカチカする目に弱っていた。

 国王様の挨拶の後、ついに王国貴族へ正式に紹介された私は今、ひっきりなしに挨拶を受けている。

 あの細々とした情報は大いに役立った。デイヴ様が上手く誘導してくれていたのだろう。言葉に詰まることもなく、聖女がやらかすという事態は避けられた。


「聖女様、この度はご結婚おめでとうございます」

 見惚れるような美少女に周りが振り返る。

「エリーも婚約おめでとう」

「ありがとう」

 気安く話す娘たちに付き添いの男性がギョッとした。エリーのお父さんだ。家族に職場の話はしていないのだろうか。いつもお世話になっているお礼と友人としてこれからもお付き合いしたい旨を伝えたら、人の良さそうな彼女の父親は終始恐縮していた。


 以前晩餐会でご一緒したアニスバーン伯爵夫妻には会えなかったことが残念だった。あらましを知ってもその気持ちは消えない。



 挨拶を済ませ、少し休みたいと言葉にする前にすみやかに用意された席へエスコートされ、飲み物まで差し出された。共にいた彼だって疲れているはずなのに隙がない。気遣いに甘えて肩の力を少し抜き、会場へ目を向ける。

 くるくると空間を彩る花々はとても綺麗だと思う反面、重たいドレスでよくこれほどまでに優雅に舞えるものだと感心した。


 挨拶の前にメインである聖女はダンスを披露したが、パートナーであるデイヴ様と、第一、第二王子と共にしたその三度でもう一生分踊った気分であった。体を動かすのは好きだが衆人環視の状況がどうにも苦手だ。屋敷での青年との練習はとても楽しかったのでそちらはぜひまたお願いしたい。賑わう様子を眺めながらそんなことを思った。

 ふと、以前接したことのあるご令嬢と目が合った。本日のドレスも大変上品な肉食系の彼女だ。相変わらず私には厳しい瞳を向けてくるが、ツンと顔を背けるその動作はやはり優雅であり見惚れるものがある。

 その近くにクリスティーナ様を見かけ、寄り添う婚約者と楽しそうになにかを話していた。


 挨拶に必死だった先程までと違い、じっくりと堪能することができた。

 普段を知らない私からすればこれが聖女のお披露目だからなのかは分からないが、穏やかながらも活気のある場は居るだけで気分が高揚する。下町とはまた違った賑わいだった。楽団が奏でるテンポの良い音楽がそれを後押ししている。


「いい国ですね」

「そうだな」

 目の前に広がる光景に意識を向けていた私は見守るようなその視線には気づかなかった。



 こうして異世界から来た聖女は一年と十一ヶ月の時を経て、王国に根付くことになったのだった。

二章はここまでです。今度こそ番外を挟みたい所存

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ