52,聖女の能力
久しぶりに足を運んだ魔法師団は雑然としていた。
「いらっしゃい聖女様……」
「だ、大丈夫ですか」
留守にしていた間に溜まった仕事、公国の改造魔道具を一部持ち帰り検討と対策それらの報告、国内の魔道具調査強化その他諸々。
書類の山に埋もれた彼らは死屍累々といった様子だ。実地は好きだが報告は嫌いだと言っていた魔法士たちの気持ちは少し分かる。
落ち着いたらまた実験しましょうねと鼓舞して奥の部屋へ進めば、そこには魔法師団代表のコンラルフ様とデイヴ様の弟のエドワルド様が待っていた。
コンラルフ様は本日聖女を呼び出した張本人だ。おじい様と呼んでくれと求められたがそれに応えたことはない。
「ご無沙汰しております」
「楽にしてくれ。元気にしていたか? 攫われて元気もなにもないか」
「ふふ、私の丈夫さはご存知でしょう」
旅の前後によくお世話になっていた彼は、私が新居に越したあたりから顔を合わせることは少なくなっていた。とても気さくな人であるが、貴族であり王国の重要機関の代表でもあるので忙しいのだ。
「紹介はいらんと思うが、王国史管理室から出向中のエドワルド・フォーサイスだ」
彼がここにいる理由が自分に関係あるのだと聞かされていた。今日はその件についてだった。
なんでも、以前うちに遊びに来てくれた日以降、魔力量が増えていったのだという。
「増加は途中で止まり、判定板による測定は変化以前と比べて数十倍になりました」
私が最初に壊したあれだ。予備があってよかった。
「魔力量は生まれ持ったものと聞きましたが」
「我々もそう考えているんだが、こうして現実に変化のある者が現れてしまうとな……」
「本当に私が原因ですか?」
二人揃って胡乱げな瞳を向けられた。愚問だったようだ。
あの日、いつもと違ったことといえば。
「帰り際に加護を祈らせてもらったくらいですよね」
「はい」
魔力によって希望の職場を諦めざるをえなかった話を聞いて、増えますように、なんて軽い気持ちでお祈りしたくらいだ。まさかそれだけで?
「でも聖女が魔力を増やせるってなったらちょっと……」
まずいですよね。
対面の二人も難しい顔だ。そんなに簡単に魔力が変わってしまうのなら国内に留まらずパワーバランスがめちゃくちゃになってしまう。聖女こわ。
「検証するにも慎重に行わねばならん。そこで……」
「自分がまず被験体になり、魔力の増減を検証します。一時的なものか永続的なものかは長期の記録が必要です。別の被験体が用意できるまで可能な限りこの現象を解明していきましょう。よろしくお願いします聖女様」
圧倒され思わず了承してしまった。アイザックさんと同じタイプ確定だ。否はないが、この先が少々不安だった。
「……とまぁ、聖女様にはご協力いただきたい」
すでに慣れているのかコンラルフ様は至極冷静だった。
話がまとまったところで用意されたお茶で一息入れようとして、思い出した。
「あ、私も聞きたいことがあったんでした」
「呼び方か? おじい様で構わんぞ」
違います。
「浄化以外にも防御や生活魔法を教えてもらいましたが、攻撃魔法だけ使えないんです」
基本的に攻撃魔法とは生活魔法の応用であり、その殺傷力を上げたものを指す。だが、公国で使おうとしてまったく上手くいかなかったことを伝えた。
「慣れていないからだと言えなくもないが……」
ロープ一本さえ切れなかったと聞いて考え込むコンラルフ様の横で、エドワルド様が教えてくれる。
「前聖女様は王国の浄化後に国を出られました。カナメ様のように他の魔法を使った記録はないので定かではありませんが、もしかすると聖女様でも向かない魔法はあるのかもしれません」
結論は出ず、こちらも要検証となった。
「魔法師団はどうですか?」
「日々学ぶことばかりで充実しています」
本当に嬉しいのだろう。凛々しいお顔のまま、私を入口まで送ってくれるエドワルド様の足取りが軽い。コンパスが違うのでやや早足なこちらに気づいて合わせてくれた。
「エドでいいですよ」
これから被験体として長いお付き合いになります。あと義弟になるんですから。
理由の優先順が彼らしい。内心で笑っていれば、気を遣ってかお兄さんの話を振ってくれる。先日デイヴ様が所用で実家に帰られたときのこと。
「聖女様はお元気ですかと尋ねたら、そこから長いことあなたの話が止まりませんでした。途中で意識が召喚の儀に飛びあまり内容を覚えてはいないのですが、半刻経っても続いていたのには驚きましたね」
あれほど口を開く兄上は見たことがありません。
それはいわゆる惚気話というやつだろうか……当事者の私は巻き込まれた彼になんと返せばいいのだ。照れたらいいのか喜べばいいのか、それとも謝ればいいのかまったく分からない。微妙な表情になった聖女にも気づかずエドワルド様は続ける。
「両親は孫の顔を見るのが楽しみだと毎日のように言っています」
「えっ」
子供!?
なにを驚いているんだろうという顔をされる。だが結婚の実感も湧かないうちから子供の話をされるとは、いや、貴族だからそう考えるのは当然なのか? いやいやいや。家督が必要な貴族はともかく聖女の義務ではないのでは?
いつかは欲しいとかそういう考えすらなかった。成人したとはいえ自分はまだ子供のつもりでいたからだと気づく。両親の庇護下にあった学生の頃から二年も経っていない。学生結婚なんて縁遠いものだった。孫をせっつかれるなんて大体が三十路を越えた話ではないのか。
ふと想像した。青年の子供ならきっと美人だろう。産むのは誰だ。私か。えー!!
「必要ですかね……?」
焦ってとんでもないことを口走った。は? という顔をされる。声でも届いた。
「すみません、自分には縁遠い話題だったので少々驚きました」
王国貴族令嬢は私くらいの年頃で子供がいてもおかしくない。常識のズレを把握したと同時に消化する時間が必要だった。
「ちょっと今のお話、お兄様には内緒にしてもらえませんか……?」
「どんな話を?」
今は聞きたくなかった大好きな声がした。
話しているうちに辿り着いていた入口には待っているはずのアルバートさんは見当たらず、いつかのように代わりの青年がそこに。
動揺した私のおかしな言動より、今の発言を聞かれる方がまずいだろう。ひぇ……という悲鳴が漏れた。




