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50,贈りもの

「部屋を追い出されました」

 翌日、一通りの荷造りと準備を終えた頃、これから訪ねようと思っていた彼女がやって来た。複雑な表情をしていた。


 聖女様がやることはなにもないので監視付きで大人しくしててください。今日は散歩もなし。

 侍女にそう告げられ、ここまで護衛に連行されてきたと言う。


 気を使われたのだろうが、複雑になる気持ちが分からなくもない。だが自分にとっては喜ばしいだけだった。

「おいで」

 聖女様の滞在する部屋に比べれば手狭だが、質のよいソファに腰掛け隣へ呼ぶ。


 大多数の乙女憧れの……! と息を呑んだカナメに首を傾げれば、フラつくようにこちらへ来たので咄嗟に腕を差し出した。

 まだ調子が悪かったりするのだろうか。口にすれば、心の立ちくらみなのでまったく問題ないと返ってくる。


「今お邪魔じゃないですか?」

「ちょうど済ませたところだ」

「ならよかったです」


 以前から表情豊かだと思っていたが、最近はちょっとしたことでも嬉しそうな顔を向けられて愛しさが溢れそうだ。

 滞在中繰り返したおかげかなんの抵抗もなく隣へ来るようになった。それどころか王国にいた頃はここまでの距離感ではなかったように思う。警戒心が強いのは悲しいが、なさすぎるのも問題だ。今も少し下にある顔はこちらを笑顔で見上げてくる。ーー全幅の信頼を寄せられている。

 これは、少々、だいぶ、耐え難いものがあった。


「……そういえば、聴取をした者の話を人づてに聞いたんだが」

 意識がそちらへ向かいすぎないように話題を出す。

「誘拐犯の話では聖女様は我儘で好色家の上、少々頭が足りないらしい。まったく想像がつかないのだが、心当たりはあるだろうか」

「今すぐ息の根を止めてほしい」

 返事は物騒なものだった。


 違うんですあれは私ではないんです仕方なく演じてただけであってやましいことはなに一つないのだと、ソファから落ちそうになる程に距離を取られて弁明される。

「カルマとは一緒に寝ましたけど本当にただ一緒に寝ただけなんです……」

「それは聞いていなかった。俺でもまだ許されていないのに」

 目を見開いて固まってしまった。


 身を縮めてこちらを伺う挙動は小動物のようであり眺めていたくもあるが、追い詰めたいわけではない。冗談だと手をとり引けば遠慮がちに戻ってくる。


 ここよりも平和な世界で生きていた少女が遭遇するにはあまりに酷な出来事だっただろうに、心配する周りを落ち着かせるよう振る舞う様は痛々しくもあった。俺にくらい我慢せず言ってくれたらいいのに。

 ただなんとなく、彼女は慰めを必要としているわけではないのだろうと感じた。


「頑張ったな」

「……はい」

 手を握ったまま、いっぱい頑張りましたと小さな声がした。


 伏せられた顔が見たくて覗き込めば、目に入った表情に自然と唇を触れ合わせていた。心底安心したように微笑まないでくれ。


 離れると少し驚いたあと照れたように目を伏せる。あまりに愛らしい。もう一度くらい構わないだろうか。

 ふたたび顔を寄せ、抵抗がないのをいいことに苦しいと待てがかかるまで繰り返していた。


 力の抜けた彼女はぐったりとソファに体を預けている。追い縋るあまり押し倒してしまった。さすがにやりすぎたと反省した。

 ふと、仰向けになったことにより座面へ流れた首元の鎖の先が目に入る。


「身につけているのか」

 王都の露店で贈った安物のそれは、あれ以来目にすることはなかった。


 お守りなのでと上機嫌に鎖を持ち上げる彼女はなにかに気付き、起きあがろうとする。細腕が目の前の男を退かそうとするがまったく動く気がしない。

 何度かもがく様を眺めてから身を起こし彼女を引き上げれば、驚いたような、探るような視線を感じたが気付かぬふりをした。

 俺がわざとそのような行動を取るわけがないと結論づけたらしく、自由になった身でポケットからなにかを取り出す。

 大丈夫だろうか。変な輩に騙されはしないだろうか。意地の悪いことをした自身には触れず、心配になった。


「本当はお土産として渡す予定だったんですけど」

 そう言って差し出された小箱の中には、シンプルな細身の指輪が入っていた。守りの加護があるらしい。


「カナメのいた世界では指輪に特別な意味があるのだろうか」

 礼を伝える前にずっと気になっていたことを口にしていた。少しだけ戸惑ったあと、婚約や結婚でよく贈られるものだと教えてくれる。


「別にあちらの文化を踏襲したいわけではないんです。実際私も独り身の学生で馴染みなんてなかったし、ただ、なんとなく欲しくなって贈りたくなっただけで」

 なので身につけなくていいけど受け取ってくれると嬉しい。そんな風に言われたら、大事にしないわけがなかった。


「ありがとう。大切にする」

 受け取ってすぐ身につけようとするが、たしかあの時は自分が嵌めたのだったと思い出す。彼女に渡して手を差し出せば俺の顔と手元を何度か確認し、ややあって恐る恐る嵌め込まれた。


「緩くないですか?」

「ああ、丁度いい」

「よかった。王国でも調整できると聞いたので、もしサイズが変わっても大丈夫です」


 贈ったカナメの方が喜びを露わにしている。彼女は俺も表情豊かだと言うが、これほどまでに歓喜を表すことなど不可能だろう。

 彼女のようには上手く伝えられないもどかしさ。行動に移すなと言う方が無理だ。


「えっ」

「二度と外さないようにする」

「いえ必要なときには外してくださ」

「たとえ公式の場であろうとこれなら問題ない」

「それならいいですけど……っ」

「本当に嬉しい」

「分かりました、分かりましたからっ」


 両手で捉えた顔中に唇で触れていれば落ち着いてと諭された。俺は十分落ち着いている。

 

「あまりに接しすぎているとその、離れたときの反動がつらいので……」

「断り文句になっていない」

 むしろ可愛すぎる理由は逆効果だ。先程反省したためにそこは耐えていたがやはり無理だった。善処した方だと思う。食らうように口付けた。


「ちょ、っと、待って……」

「嫌か?」

「ちが、心臓が」


 限界と言われてもこちらも似たような状態だ、嫌ではないのなら我慢してもらうしかない。

 カナメの言うことはなんでも聞いてやりたいがこれは受け入れられなかった。

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