46,正体
目が覚めて三日、ようやく館内を動き回るお許しが出た。
お目付役として前方にアイザックさん、並ぶマイヤーさんと後方を守るのはシェルビアさんだ。守りが固い。
聖女はのんびり休ませてもらっていたが、なんだか慌ただしい様子の皆さんの仕事の邪魔にならないよう、以前案内してもらったことのある静かな西棟へ向かう。
塔の階段を使ってのトレーニングは一往復でバテた。アイザックさんが。
「ええ……大丈夫ですか」その体力で。
「魔法の研究に……体力は……必要ないで……す……」
「それにしたってもっと鍛えたほうがいいと思いますよ、私も」
マイヤーさんにまで指摘されて黙り込んでしまった。可哀想なので物足りなかったが部屋に戻ることにする。
「あれほどの消耗と寝込んだ後に動ける聖女様の方が異常なんです」
文句を言える元気があるではないか。
「走ったりは多分きついと思いますけど、ゆっくり歩く分にはまだいけますよ」
横に広いこの館は地上三階建てだ。今のところ息切れもなく動けているが、重怠さは感じる。帰路で足手まといにならぬよう体力を戻しておかねばと考えたところで、気になっていたことを尋ねた。
「こちらへの滞在予定はどれほどですか?」
公子の治癒はもう三日もあれば終わる。私の体力回復を待ってもそうかかるものではない。それに、これだけ魔法士の皆さんが長いこと国を空けるのも心配だ。
「我々は宰相が到着するまで待機となります」
「聖女様が早く帰りたいならそうしますが、おそらく現在、迎賓館が一番安全ですよ」
それは分かる。今の私は国王様より手厚い警護がついているし、公国の怪しい魔道具たちは大半を回収したと聞いた。
聞けば、宰相閣下は国同士の話し合いの為にこちらへ向かっているという。
魔法士の精鋭は後援でやってきたが、王国ではカルゴさんを始めとするベテラン勢がいると聞けば、私が急いで戻る必要もないだろう。
「いつ頃到着されますか?」
「魔法士はごっそりこちらと国へ残ってますからね……正規のルートで来るとなればまだ三週間はかかると思います」
「皆さんは正規のルートではなかったんでしょうか」
「我々が国境からランシュアまでどれほどかかったと思いますか?」
聞き返されてしまった。たしか馬車で来た私は二週間かかった。単騎であれば早まるし、魔法士がいたとなれば。
「十日くらい……?」
「四日です」
「えっ」
デイヴ様率いるマイヤーさんたちが国境を越えたのは、聖女失踪の当日朝、知らせが入ってからだという。
すると突然、ぐったりしていたはずのアイザックさんの目が輝きハキハキと喋り出した。
「現在フォーサイス家の三番目の御子息が魔法師団へ出向中なのですが」
あ、だからエドワルド様があの場にいらっしゃったのか。魔力が足りないと言っていたが、夢を叶えられたようでなによりだ。
「彼の魔力によって水路を進みました。聖女様のおかげです」
身に覚えがない言葉をかけられ不思議そうにしていれば、それについては後ほどお話がありますと切り上げられた。廊下を歩きながらする話ではないのだろう。
少し遠回りをして部屋へ戻れば、中から出てきたデイヴ様と鉢合わせた。
「よかった。なかなか戻らないと聞いて探しに行くところだった」
時間はそれほどかけていないはずだ。こちらも心配性が加速している。
グライスさんは相変わらず私が動き回るのに難色を示すし、心労を増やしたいわけではないので公国にいるうちは自室での筋トレに抑えたほうがいいだろうか。
「どうかされましたか?」
「明日、エッカルト公子がこちらへ来ると連絡があった。体調が回復したのなら事情を聞きたいと。……大丈夫だろうか?」
「平気です」
まだ無理だと言えばその通りにしそうな様子だ。誘拐犯から逃げる前は甘やかされ生活に戻るなんて息巻いたが、実際に甘やかされると居た堪れなさが湧くのを思い出した。雑と丁寧の中間がちょうどいいだなんて、贅沢な悩みだ。
誘拐された間のことは一通り報告しているが、私自身、目が覚めた後に公国側との接触はまだない。少女とその恋人も保護されたということだけ教えられた。
連れ去られてからショックなことはあったけれど暴力を振るわれたわけでもないし、魔獣を思い出して気分が沈むくらいだった。そう伝えるのだが、どうやら夜中に魘されているようで、周りの心配を加速させているのはそのせいかもしれない。こればかりは自分でもどうしようもなかった。
メンタルケアには美しいもので癒されたらいいのでは? と、共に室内へ戻った青年を盗み見れば、視線に気づいた彼がこちらを促すように微笑む。
うっ。
少々首をかしげる破壊力よ。まだ和みよりも衝撃の方が大きいようだ。撤収。
翌日、エッカルト公子を迎えるためにホールへ降りれば、なぜか王国の騎士を携えたラスティン様だけがそこにいた。この青年が公子と共にいることにもはや疑問は湧かないが、一人だけ先に到着していたのだろうか。
いつも通り挨拶をすればなぜかなんとも言えない表情を向けられたが、すぐに到着の知らせが響き、護衛を連れた彼が現れた。
「聖女様、ご無事でなによりです」
体調を気遣ってくれる公子に不思議な気分だ。これまでと逆ですねと言えば彼も笑っていた。
「その姿を見るのは久しぶりだな、ルー」
「うるさい。その呼び名はやめろと言っただろう」
私に続き、迎えたラスティン様へかけられた声に疑問符が飛んだ。その姿?
ラスティン様はいつもと変わりない。不思議そうな私に気づいたルーと呼ばれた青年は、半眼になってこちらを睨む。
「薄々そうではないかと思っていたが、あんた、自国の王族の顔も知らないのか」
今度は公子が不思議そうな顔をこちらへ向ける。親指で私を指すという失礼な動作を加えながら続ける青年は、どこか投げやりだ。
「聖女様に擬装の指輪は効かないようだ。彼女にはずっと同じ俺の姿が見えている」
なんと、ラスティン様は姿を変えていたようだ。
だがそれについては別段驚くことでもない。他の魔道具だって私には効き目がないことは確認済みだった。そんなことより。
「自国の王族……?」
後ろに控えていたアルバートさんがこそりと教えてくれた。
目の前のこの青年はアウタイン王国の第二王子殿下であらせられると。
見開いた目と同時に口も少々開いてしまった。




