45,回復
駆け寄ってきたマイヤーさんと他、女性魔法士に心得たとばかりにその場から運び出された私はそれから三日、熱で寝込んでいたらしい。目覚めた時にはすべてが終わっていた。
「魔法の使いすぎです」
普段嬉々として聖女を実験体にしている魔法士の皆さんから苦言を呈された。
あの後、森から連れ出されたところで意識を失った私に現場は騒然となった。なぜ倒れたのか、どこか重大な怪我や毒物でも盛られたのか。
魔法士を中心に行われた診察と議論は、頬と足以外に目立った外傷のない私と、ボコボコに盛り上がった建物周りの地面や炎の中でも残った氷塊によって結論づけられた。
聖女様は魔法を使いすぎて消耗している。
これまでにない、聖女が疲弊しきった状態で治癒をかける訳にもいかず、自然な回復を待つしかないということになった。起き抜けに聞かされたそれに大変申し訳なくなった。
ご迷惑をおかけしました……。
「おかげで犯人たちは全員無事です」
氷の壁に守られたり包まれたりした結果、火傷もなく、建物の崩壊にも関わらず複数の打ち身でお縄についた。やっぱり崩壊してたのか木造家屋。
眼鏡の男は森へ逃げたところを公国の兵士に捕縛され、ラスティン様が追っていた集団も諸共押さえられたと聞き、肩の力が抜けた。
「もう大丈夫ですよ」
後発で救援に駆けつけたマイヤーさんが言う。彼女にはふたたび幼な子と離れさせて申し訳ない。それにしても。
「よかったです……」
本当に。聖女が原因で国際問題に発展せず。ええ。戦争なんてことにならずに。
「いいえ、公国へはそれなりの賠償を求めますよ」
王国に属する聖女を命の危険に晒したという罪状がある。私が消えたままであればあやふやになっていたかもしれないところまで、しっかり突き詰めるのだとグライスさんが息巻いている。
魔獣討伐問題でも結構な損害だっただろうに、大変だ。
「外商で儲けているのだから問題ないでしょう。そのようなことなど聖女様は気にせず療養なさってください」
「ありがとうございます」
今回のことで、王国内でも誘拐の計画があったことは聞いた。だが詳細までは聞かされていないし、すでに対処したと言われたら聖女は知る必要のないことなのだろう。その言葉に甘えて呑気にベッドで休んでいる。
そう、目覚めてから一日経った今もなお、ベッドの住人だった。
「熱も下がったしそろそろ動きたいのですが……」
「なりません。安静に。安全に」
グライスさんの過保護度が格段に上がっている。そういえば極論を言う人だった……。
体調に関しては魔法士の皆さんが確認してくれた結果、魔力の方は通常近くまで回復しているだろうとお墨付きをもらったにも関わらずだ。部屋どころかベッドから動かしてもらえない。鈍ってしまいかえってよくないと思うのだけれど。リハビリはなんと説明すればいいのだろうか。
悶々と悩んでいれば、彼が退室した後に、今ならいいですよとマイヤーさんに許しをもらった私はベッドから飛び出た。やっと自由だ! 部屋の中だけ。扉にべたりとアルバートさんが張りついているが気にしない。
なお、この部屋には現在王国の人間しかいない。公国の侍女たちの代わりに部屋に控えているのは数人の魔法士と護衛だ。
お茶にしましょうかと声をかけてくれたエリーに笑顔でお願いする。
「あ」
部屋に備え付けられた鏡に映る自分が目に入った。頬にあった傷は瘡蓋になっていた。
「聖女様も回復されたことですし、治癒を行いましょうか」
行える人を呼ぼうとする魔法士を止め、これくらい大丈夫ですと、なんとなく痛む足の指と合わせて手早く治せば、コラッと怒られた。コラッとか聞いたのは小学生以来だ。え、私小学生の扱い?
「あと一週間は魔法は禁止です」
嘘でしょ。寒い時はどうすればいいのだ。
それを口にしてしまえば聖女様を温める係なんてものが生まれてしまう予感がしたので黙って頷いた。バレないように使おう。
「カナメ、起きているならこれつける?」
寝室から続く客室のソファに落ち着いた私にエリーが差し出したのは、なくしたはずのものだった。
「私の!」
デイヴ様にもらった指輪!
どこにあったのか尋ねればずっとベッドの横にあったという。
寝てる間に連れ去られたんだから当然だとエリーに不思議そうに言われてやっと、自分の勘違いに気がついた。起きているときは常に身につけていたそれは、たしかに就寝前に自分で外していた。
つまり私はとんだ勘違いで泣き喚いたということ……? 頭がスッキリしたから気分転換結果オーライ! なんて問題ではない。ただただ黒歴史が重みを増した。
記憶を一部消すような魔法は存在しないだろうか。精神系はないって聞いたことあるな……。
墓場まで持っていこう、この歴史。
荒れ狂う内心を落ち着けるように温かいお茶を口に含む。とてもいい香りだ。向かいの席へもう一式準備する彼女に首をかしげた。
「フォーサイス様もそろそろ来る頃だと思うわ」
ドキッと肩が揺れる。森で助けられてからは目が覚めてすぐ顔を合わせたし、その後もちょくちょく会いに来てくれる。だがしかし。再会して以来なんだかおかしいのだ、私の心臓の方が。
以前からそこそこの緊張感と結構な安心感を持って接していたが、今はなぜなのかだいぶ緊張が大きい。
「長いこと会ってないから美人耐性が弱まってきたのかも……」
「それは困るな」
予期せぬ声に手元の器に紅い波ができた。
「もう寝ていなくて大丈夫なのか?」
「はい、体調はすっかりよくなりました」
「よかった、では俺にはまた慣れてもらうしかないな」
そう言って流れるように横に着席した。
エリーに助けを求めればその意識は隣の青年へ向かっており、阿吽の呼吸で茶器が正面から横へ移動された。裏切り者!
不思議なことにこの二人、馬が合わないのにこうしてピッタリと息が合うことがあるのだ。反り合う同族のそれで似た者同士なのかもしれない。
あれ、でも隣り合った方が美しいかんばせを直視せずに済むのでは? と思った私は甘かった。こちらを覗き込むように体を傾ける青年に強制的に目線を合わせられている。
「知ってますかデイヴ様、貴族のマナーでは目を直視してはいけないのですよ」
「カナメとその伴侶は貴族じゃないから大丈夫だ」
うーん。口でも勝てる気がしない。これも美形へのリハビリと思うしかないのだろうか。荒療治がすぎると思う。
ふと、なにかに気づいたように顔に手が添えられた。
「傷は治ったんだな」
安心したようにその跡をなぞる彼は百パーセントの善意なのだろうが、至近距離で見つめられて頬が熱くなるのが分かる。これはもはやキスする距離では。
思い出したせいでさらにじわじわと上がる温度に合わせ、ゆっくりと顔を背けた。強制力などないためにソフトタッチで離れていく青年の手もなんだか居た堪れなかった。
「……」
「…………」
えー! なぜ無言!? なにか言ってください。
恐る恐る顔を戻せば、なぜか青年の頬も色づいている。たしかに慣れるまで必要だなと、思わずといったように呟かれた。
病み上がりにとんでもない色気を浴びてしまった。まったくもって荒療治がすぎる。
厩舎にいた馬は無事です。




