43,再会
「困りますね、勝手をしてもらっては」
最後の扉をくぐれなくしているのは、インテリ反社系の眼鏡の男だった。どちらかといえば貧相な男はどう見てもラスボスの見た目じゃない。自重してほしい。
往生際悪く、内心で悪態をついた。
あの後、引き返した私は真っ先に地下へ繋がる扉へ向かおうとし、気づいた。鍵のかかったそこに無策に突っ込むわけにもいかない。ふたたび片っ端から部屋を探れば、キッチンの隣の部屋で鍵の束を見つけた。
そうして手当たり次第に鍵穴へ突っ込み、開いた扉のすぐ目の前に目的の人物がいたことに悲鳴をあげた。先程のように魔法で突き落とさなかった自分を褒めてやりたい。
「ケイさんですか?」
「なぜ名前を……」
「あなたの恋人に聞きました。カルマはもう逃しました。あなたを助けると彼女と約束したので私についてきてください」
戸惑う様子を見せたが、男たちが現れる気配がないので私の言葉にゆっくりと頷いた。そして細い腕が持ち上がり、指し示すものは鍵の束。
「この鍵を、首輪に」
やっぱり首輪なんだそれ。ネックレスというにはゴツいもんね。
言われた通りに鍵穴へ差し込み回せば、カチャリという音の後、外れたそれを彼は床へ落とした。ついでに私も重たい鍵の束をポイした。
「なんですかこれ?」
「魔力を封じる魔道具です」
「わあ……」
だなんて、呑気に衝撃を受けてる余裕はない。彼を促して裏口へ向かうことにした。
長いこと動いていなかったのだろう、歩き出した足がもつれ、転びそうになったところを咄嗟に支える。私より上背のある男性とは思えぬほど軽かった。
「歩きづらいだろうけど肩に腕を回して」
「すみません……」
倒れないようゆっくり歩を進める。ふと先程のことを聞けば、外が騒がしいので気になって扉の前まで来たそうだ。その足で頑張りましたねと言えば、這って上がったという。暗がりでのその光景を想像してすぐにやめた。
地下へ降りる階段は結構長かったので助かった。
裏口は玄関ポーチを通り過ぎた先のキッチンの奥にある。あと少しだと玄関に差しかかったとき、今一番聞きたくない声が届いた。
「困りますね、勝手をしてもらっては。見張りはどうしたんです?」
咄嗟に飛び退くように動いてしまい、すぐ横から呻きが漏れた。支え直して声の主を見る。眼鏡の男が一人、両開きの扉の前に立っていた。
「街から戻ってみれば森の入り口で侍女とすれ違ったときは驚きましたよ。そちらは部下に追わせましたが、嫌な予感がして引き返してよかった。見す見す逃すところでした」
今頃はもう少女が捕まっているかもしれないと聞いて動揺したのは肩に担ぐ男性だ。
だが森を抜けたのならば人目があるはず。ここは島国の離島のような長閑な田舎ではないのだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせるように、隣の男性に呟いた。
「痛っ」
瞬間、バチっと大きな音がして光が弾けた。
熱くなった頬にぬるりとした感覚が伝う。滴り落ちたそれを目で追えば床に赤黒いシミを作っていた。
それだけではない、今来た道と進む先の廊下に火の手が上がっている。目の前の男を睨んだ。
この男、魔法が使えるのか!
「余計なことはせず、皆ここで消えてくださればすべてが丸く収まるんです」
そう言って男が手を振れば、炎は勢いを増して広がっていく。最初から手下も聖女も魔獣も焼却処分する気か。
このままではまずい。建物が崩壊するよりも、先程の氷が溶けて閉じ込めた男たちが出てくる方が怖かった。
隣の男性にだけ聞こえるように囁く。
「合図したらあの男の左側を抜けて出ます。いいですね?」
訝しむような気配があったが、説明してる暇はない。絶対大丈夫だから信じろと告げタイミングを図る。パチパチと燃える木造が崩れる音が遠くで聞こえる。
私はできる、やればできる子!
一度も成功したことのない複数人の姿隠しだってできるはずだ!
気合を入れるように玄関の扉を魔法で全開にする。奴が一瞬気を取られた隙に担いだ男性ごと姿を隠すよう意識すれば、今ですと声をかけ走り出した。
よろける男性を魔法でも支え、眼鏡の男の表情が対象を見失ったことにより初めて崩れるのを横目に、建物の外へ飛び出す。
すれ違った際にさすがに気づかれたが、頭上から全力で水を被せてやれば水圧に膝をついたのを確認する。ついでとばかりに入口を盛り上げた土で固めた。
あとはもう振り返らなかった。
「走って! 血を吐いても骨が折れても走れ!」
魔法で補助できるとはいえ、自力で足を進めてもらわなければどうにもならない。やつれきった相手に酷なことを言っている自覚はあるが追いつかれたらどのみち終わりだ。
少しでも目立たないよう木々の中を進めば途中で硬いものを蹴り上げ、足の指が折れたかと思った。まだ踏ん張れるので無事だろう。
しばらくもつれるように走ったが、森の出口などまるで見えない。後ろから追ってくる気配はないがあの男が諦めるとも思えない。
多少の危険を伴ってでも馬を使って逃げるべきだったかもしれない。恐怖と疲労で嫌な想像ばかりが膨らむ。
背後と足元に集中するあまり、正面の人影にぶつかるまで気づけなかった。一瞬で恐怖に染まる。
「……っ」
「カナメ!」
すでに懐かしさを感じる声に顔を上げれば、ここにいるはずのない青年に頭が真っ白になった。
「デイヴ様……?」
今にも泣き出しそうな青年の後ろには見知った魔法士たちと兵を連れたラスティン様がいた。
助かったと思う前に力の抜けた膝から崩れ落ちたが、青年に支えられる。共に倒れそうになった男性はいつの間にか近くにいたアルバートさんが抱えていた。
ハッとして来た道を振り返れば空に黒煙が上がっている。たいして離れてもいない距離にゾッとした。
「建物が、燃えて、中にまだ誘拐犯が、」
「エド、火を消せ!」
デイヴ様の呼びかけで魔法士の集団から駆け出してきた彼は、煙の上るあたり一帯に向けて腕を振り下ろした。
燃える建物めがけて大量の水が降り注ぐ。
どう見ても弟のエドワルド様だ。微笑ましくなるほどのささやかな魔力とは。というか先程の私のものより規模が大きい。建物はペシャンコになっているのでは……。
すぐさま公国の兵士たちがそちらへ向かうのを呆然と見送った。
脳内処理が追いつかないながらもアルバートさんが抱える男性に目をやれば、ぐったりと動かないが、息はしていますよと教えてくれた。
「先に聖女様が逃した侍女は無事保護されました」
助かったんだ。滲んだ涙をぐっと堪える。
そうしてやっと安心できたところでまず、私がすべきことを確認する。
先ほどから指示を出す以外はずっとこちらを窺っていた青年に、今の私は不衛生なので早急に距離を取りたいとお願いした。
衝撃を受ける周りと青年には本当に申し訳ないが、心からのお願いだった。
乙女心は命の危機に瀕しても元気なものだなぁ。また一つ学びました。
✳︎
男は届いた知らせにほくそ笑んだ。
領地内での火災による全焼失と焼け跡から複数人の遺体。うち二人は小柄な女性だという。
もはやすべてが炎の中だ。
聖女を攫ったという事実は存在しない。少々計画が狂い便利な子飼いまで失ったとはいえ、結果的に隣国の脅威を排除できたことに口角が上がる。
国内で他国の貴賓が失踪したとあれば責任は逃れられないが、すべては一人の異国人とその恋人である侍女、彼らに雇われたならず者によるものだった。それらの証拠はすでに抑えられているだろう。
これで異国人の故国からの問責も逃れられる。
キメラは残していない。たとえ領地内の出来事であっても己の感知するところではない。
言い逃れなどいくらでも用意していた。
勘のいい公子に疑いの目を向けられているのは知っているが、これまでだってなに一つ、決定的な証拠など残さなかった男には絶対的な自信があった。多少の無理は国のためだと見逃されてきたのだ。
自身の執務室で悠然とカップを傾けていたところに突然、複数の足音が割り込んできた。
「ルフレール卿、国家反逆罪で貴様を捕らえる」
数ヶ月前には全身を闇に覆われていたはずの公子が毅然と告げた。




