42,脱出
「毎日私のこと見張ってるけど、お兄さんたち休みないんですか?」
「あ? 交代してんだろうがよ」
だっていつも同じ二人しか見たことがないと言えば、他の人は忙しいのだと返ってきた。
「あの傷のある強そうな人も最初以来見てませんもんね。私の護衛より強そう。みんな強そうだったけど」
「……」
「お兄さんはここにいる人の中で何番目に強いんですか? 五番目くらい?」
「ビリじゃねぇよ。さっきからうるせぇな、さっさと食え」
「はぁい」
なるほど、最初に感じた通り五人の仲間か。大丈夫だろうかこの人。
言われた通りに黙って完食し、少女が食器を持って部屋を出る。その後に続こうとした見張りに声をかけた。
「そういえば地下で私の腕を掴んだ無礼な人、文句を言いたいんですけど」
廊下からカチャリと食器の擦れる音がした。
暗に会わせろと言えば男は煩わしそうな感情を隠しもせず、今夜会えるからその時にしろと吐き捨てドアを閉めた。鍵のかかる音が部屋に響く。
今夜会える。
それは彼とどこかで会わせる予定があるということか、私がふたたび地下へ行くということか。
だいぶ慣れてきた感覚で部屋の外の音を探る。しばらくは会話がないようで、物音以外なにも聞こえなかった。
出払っているのか、休んでいるのか。常に一人がこの部屋の前にいるのは知っている。それ以外の所在をできるだけ掴んでおきたいのに。
焦る気持ちを抑えて探る距離を伸ばす。
辛抱強く続けていれば昼食が運ばれてくる直前、それは聞こえた。
『夕方に到着する。いつも通り地下へ運びなさい。今度は喰われて人員を失うなんて間抜けなことしないでくださいよ』
「よしっ」
重要な情報を入手した喜びでガッツポーズしたのとドアが開くのは同時だった。
昼食を運んできた少女と見張りの男は目を丸くしていた。
「待ってました~お腹ペコペコ!」
心待ちにしていたという私の流れるような演技に、見張りはとうとう口に出した。この女ヤベェな……。お黙り。
埃っぽい小部屋で過ごすこと五日。
こんな所、とっととお暇して清潔な甘やかされ平和生活に戻ってやりますとも。あばよ!
人員が減ったと言っていたが油断は禁物だ。補充されているかもしれないし増えている可能性だってある。たとえ少なくとも相手は屈強なアウトロー。けして近づかずに無力化する方法を考えねばならない。
食事量が少ないので食後でもすぐ動けそうなことを確認し、実行に踏み切った。
少女と見張りが部屋を出た直後、鍵をかけられる前に私もドアから出る。今まさに鍵をかけようとした男が突然全開になったドアに間抜けな表情をしていた。隙間を縫って背後に回れば、私が立てた足音は男の怒声により掻き消える。
「おい、あの女はどこだ!?」
小部屋はもぬけの殻だった。なにせ聖女はすでに部屋を抜け出したので。姿隠しを施して。
「なんだと!?」
部屋の外で椅子に座っていたもう一人も覗き込もうとしたところで、二人の背後から思いっきり風を送った。吹き飛ばされ、勢いよく部屋に倒れ込んだのは一人。ドアの枠を掴んでいた男は踏ん張っていた。なんてしぶとい。
なんだぁ!? と背後を振り返ったところで急所を蹴り上げ、衝撃を食らった男を今度こそ風魔法で部屋に収める。先に倒れた一人がすでに起き上がっていたのでドアを閉める前に慌てて氷の壁を作り上げた。しまった、これでは内開きのドアが閉めらない!
仕方がないので部屋の奥に向かっていくつも氷の壁を作った。弾かれた男たちからは痛がる声や魔法への怯えが聞こえたが、重症は負っていないだろう。ふたたび騒がしくなるのも時間の問題だ。
「カルマ、待って。私です」
目の前で起こった出来事に混乱し、食器を取り落としてへたり込む少女に話しかける。姿を表せば怯えから一転、驚いた表情になった。
「聖女様……」
「ここから逃げます。立って」
「でも、ケイが、」
「彼は絶対に私が助けます。そのためにはまずあなたをここから逃がすので、言うことを聞いてくれますね?」
強めに言えば、恐る恐る頷く。反対意見など聞く余裕はないのだ。文句なら助かった後で言ってくれ。
すでに元気を取り戻したらしい男たちの怒鳴る声が氷の向こうから聞こえる。分厚すぎて姿は確認できない。
「カルマはあの二人以外の人を見たことがある?」
聞けば、食事を用意するために階下へ降りた際、見かけることがあったという。そしてハッとしたように続けた。
「さっき昼食を運ぶとき、眼鏡をかけた人ともう一人、出て行きました」
少なくともあと一人、この建物に残っていることが分かった。
少女を氷の壁の前に立たせ、この階にあるドアを片っ端から開けていった。待ち構えられる前に突っ込んでいく作戦だ。瞬発力大事。だがどこにも人は見当たらない。上に続く階段を見つけたが、そこにも氷の壁を築いて通れなくした。
騒ぐ男たちに加え、わざと音を立てたのでさすがに階下の人間も気づくだろう。少女を背後に庇いながら階段へ向かえば、異変を感じて上ってきた男と鉢合わせた。
「ぎゃー!!」
驚きのまま風魔法で勢いよく突き飛ばした。転がり落ちた男は階段の中間でピクリとも動かない。気を失ったのだろうか。急に飛び起きたりしないとも言いきれない。
近づく前に氷で男の周りにかまくらを作る。ただし出入り口はない。出られないほどの小さな穴を開けたので窒息はしないだろう、多分。
階段下にカルマを待たせて二階と同じようにすべてのドアを確認する。どこにも誰もいない。彼女の恋人はいまだ地下にいるのだろうか。探索はあとだ。
途中にあった玄関を目指して少女の手を引けば、
「厩舎のある裏口はこっちです!」
男たちの出入りが行われていたそこに案内してくれて、数日ぶりの外へ出た。
少し離れた小屋には馬が二頭繋がれており、馬車はない。だが車輪の跡を辿れば小道に続いていた。
馬を拝借しようとしたところで繋げられた綱を解けずに苦戦した。水や風で切れないかと試すが、どう頑張っても殺傷力の高い魔法にならない。
最終的にカルマがキッチンから持ち出した刃物で切った。
空は飛べないが瞬間的に人を浮かすことはできる。少女の腕を掴み、魔法で馬の背に放り投げた。
「首に捕まって、絶対に離さないで。恋人のことは任せて!」
少女が首にしがみついたことを確認し、馬の尻を力一杯叩けばいななき走り出す。車輪の跡が残る小道に誘導するように土を盛り上げ炎を出して追い立てた。パニックになった馬はそれでも、道なりに走っていくのを見届ける。
どれほどの規模の森かは分からないが、このまま進めば人のいるところへ出るだろう。首都からそう遠くない街であれば兵士だっているはずだ。あとは彼女が無事保護されるのを祈るしかない。
数日ぶりの澄んだ空気に、私もこのまま逃げ出してしまいたくなった。だがそういうわけにはいかない。
地面を踏みしめて建物に戻った。




